―斎藤義龍、小谷城を包囲―

北近江からもたらされた一報に、三好家当主w三好筑前守長慶mは床机を払いとばし立ちあがった。

「動いたか、一色左京大夫。待ちわびたぞ!」

1556年、美濃の蝮と呼ばれた父・w斎藤左近大夫道三mを討ち果たし、美濃の支配権を奪取し手以来、近江侵攻を繰り返してきた斎藤義龍は、先年ついに南近江の六角氏を屈服させ、北近江を支配する浅井氏に対しても頻繁に兵を送り、その国力を削り取っていた。
そして60年12月。三万を超える大軍を擁して、浅井氏の居城である小谷城の本格的攻略を開始したのだ。
この斎藤家の侵攻がもたらす意味を噛み締めながら、長慶は脇に控える弟に訪ねた。

「神太郎、浅井備前は此度も凌げると思うか?」
「難しいでしょうなあ」

安宅摂津守冬康は、庭の柿の木の今年の実の生りようを評するようなおっとりとした口ぶりでは応じた。この男、長慶と同じ血を引いているのかと疑うほど温和で心優しい人柄の持ち主である。もっとも、温和だからと言って武篇としての資質に欠けているわけではない。それどころか、次兄の三好義賢が四国を任されている今、一門衆の筆頭として三好家の大黒柱として要を為しているのは、この日向でまどろむような顔をして髭を触っている朴訥とした男であった。

「されど兄上。問題は浅井の存亡ではござらぬでしょう?」
「うむ。その通りだ」

長慶はどっかと腰を下ろし、その場に胡坐をかくと膝をパンと叩いた。

「雪姫、此度の小谷攻めで公方殿はどう動く? 存念を申せ」

どこか憂い顔の似合う儚げな美女が小首を傾ける。w朝倉雪姫m。近年、三好家の主席外交官を務め、松永弾正が四国侵攻軍の指揮官として手元を離れた今、三好長慶が一番信頼する側近である。
彼女は迷う素振りもなく、即答した。

「南北近江が斎藤の手に落ちれば、足元に火がつくのは足利将軍家。座視は出来ますまい。既に陣触れも出ている様子」

ほう、と長慶は僅かに目を見開いた。

「して、数は?」
「二万。公方様自ら一勢を率いて援軍に立つ所存のようです」
「くくっ、さすがは剣豪将軍。血気盛んな事よ。しかし、と、なると。室町御所には5000余ほどの兵しか残っておりませんなあ」

日当たりのよい縁側でまどろむ猫のような温厚な表情のまま、安宅冬康はぞっとするほど乾いた声で告げた。いかに温厚篤実と言えど、この男もまた戦国乱世の武将であった。

「兄上、そろそろ公方様には此方の軍門に下っていただいても良い頃合いかと」
「……ふん。雪姫、すぐに動かせる兵はどれほどだ?」
「荒木摂津守殿、中川瀬兵衛殿、日根野備中ら摂津衆9000。ご一門衆1万3000。私の朝倉勢1500、井戸若狭の800が五日のうちに」
「2万5000か。十分だ。神太郎、ワシが出る故、後は任せるぞ」
「兄上自らですか?」
「公方殿に引導を渡すのに、ワシ自ら出馬せねば失礼にあたるだろう。それに、しばらくいくさ場の匂いを嗅いでおらんからな。まだまだ孫次郎に負けてはおれん」

目をしばたいた冬康は、兄が珍しく血気にはやっている理由をようやく理解し、呵呵と冬康は笑った。なるほど、元服以来、各地の合戦で目覚ましい武功をあげている息子の義興に触発されたということか。

「いい歳をして若君と張り合うおつもりですか」
「む、うるさいぞ、神太郎。たわけたことを申している暇があれば、又四郎を宥める算段でもしておけ」
「おや? 又四郎めは連れて行かないので?」

三好四兄弟の末弟、十河左衛門尉一存といえば、三好家中の中でも比類のない猛将として知られている。

「摂津を空にするわけにはいくまい」
「ふむ、私も浦上遠州の出方次第では海に出なければならない身でございますからなあ。兄上御自ら出陣なさるとなると、この石山御坊を任せられるのは、又四郎かそこな雪姫殿しかおりませんか」
「雪姫は連れて行くぞ。御所を押さえたあとには公家どもを黙らせねばならんからな」
「承知承知。それは、雪姫殿の手管が必要ですな。やれやれ仕方ない、又四郎の機嫌を取る算段を捻りださないと」
「皮算用も結構ですけど、まずは戦に勝つことを考えませ、殿」

 窘めるような雪姫の言葉に、長慶は肉食獣のごとき獰猛な笑みで答えた。

「心しよう。だが、負けぬよ。足利公方の息の根、ここで止めてやるわ」


1561年1月。わずか1か月も持たず、小谷城は斎藤勢の猛攻に陥落し、浅井家は滅亡した。
結局、合戦に間に合わず、炎上する小谷城の姿にほぞを噛み、虚しく兵をひき返す足利義輝のもとに飛び込んできたのは、耳を疑うような凶報であった。

「おのれ筑前! ついに牙を剥きおったな!!」

三好家、山城に侵攻ス。
浅井家救援のために北近江に出征したため、手薄となった足利家室町御所に押し寄せた三好軍は、三好筑前守長慶を総大将、朝倉雪姫、井戸若狭守良弘が寄騎する主隊1万6300。荒木摂津守村重を旗頭、中川瀬兵衛清秀、日根野備中守弘就が参陣する摂津衆鉄砲隊9000の総勢2万5300。
室町御所に5000弱の兵を残して、北近江に出兵していた足利義輝は急ぎ山城への帰途についた。彼が率いる軍勢は2万強。室町御所に籠る兵と合わせて三好の軍を迎え撃つには十分な数であったが、如何せんこの時彼らはあまりに北近江の奥にまで軍を進め過ぎていた。幸か不幸か、合戦に参加する前に小谷城が陥落してしまったため、引き連れていた兵は消耗していないが、悠長にしていては山城に戻る前に室町御所が落ちかねない。
激高も冷め、冷静に現状を認識した義輝は、ただ呻くしかなかった。

「見事じゃ、三筑め。してやられたわ。それとも、余がただの間抜けであったか」

主だった武将を集めて急遽開かれた評定は、とにかく足の速い部隊から室町御所の救援に走らせるか、全軍足並みを揃えて山城に戻るかに意見が分かれ、泡をとばしての言い合いとなっている。義輝は苦々しい笑みを貼り付けるしかなかった。
前者の意見に従えば、2万の軍勢を五月雨式に分散させることとなり、三好勢は順繰りに現れる足利勢を各個に撃破していけばいいという形になってしまう。対して後者の意見に従えば、兵力こそ拮抗するかもしれないが、そもそも決戦場に足利勢が辿りつく前に本拠地である室町御所が陥落しかねない。いずれにしても、現段階で足利家の敗北はすでに揺るぎない事実となっている、義輝は認めがたい現実を乾いた感情で受け止めていた。

「戦わずして滅び去るなど、そのような屈辱に余は耐えられようはずもない」
「…上様」

喧喧囂囂の議論を交わしていた将たちは、義輝が口を開いた途端、一斉に沈黙した。諸将の顔をゆっくりと睥睨した義輝の面には、莞爾とした微笑が浮かぶ。

「先手衆は余、自らが率いる」
「そ、それはっ!?」
「許せ。余は、筑前の吠え面をかく様を酒の肴に一献傾けたいのじゃよ」

室町御所が陥落する前に、三好勢に合戦を挑めるのはおそらく足軽が6000程度。この寡兵で長慶の大軍を翻弄できるような巧みな采配をふるえる武将は、この北近江救援軍に参陣している中ではただ一人だけだとこの場にいる誰しもが理解していた。

足利家にチャンスがあるとすれば、この先手衆6000が、三好勢をひっかきまわしている間に北近江の足利勢全軍が山城に帰還し、三好勢に決戦を挑んでこれを打ち破る……これしかない。
だが、それはあまりにも勝算の少ない博打のようなものだ。
その時、重苦しい雰囲気を吹き飛ばすように、涼やかな声が響く。

「上様、存分になさいませ」

一同の注目が、一人の女性に集まる。典雅な所作で彼女は諸将に突然の発言を謝すると、からりとした笑みを浮かべて言い放った。

「これぞ武篇たるの誉れにして晴れ舞台。ならば、思うがままになさいませ。微力ながらこの三嶋鏡花、上様の意地に付き従わせていただきますわ」

義輝は意を得たりと大きくうなずいた。

「はっ、意地か。なるほどその通りじゃ。なればこの意地、この合戦にて咲かせてやろうぞ。礼をいうぞ、鏡花。武家の頭領たる征夷大将軍の戦さ、三好の者どもに見せつけてやらん!」



1561年2月 南伊予

未だ火種が燻ぶる、陥落したばかりの南伊予・黒瀬城の曲輪を、見るからに凶悪な人相の男が検分して回っていた。

「チッ。西園寺ぐらいの家格なら、相応の名物を溜め込んでると思っていたのに、ろくなものがありやがらん。つまらんな」
「なに押し込みの盗賊みたいなこと言ってんですか、弾正様」
「なんだ折原か。どうした。貴様、小坂殿のところで捕らえた連中の首実験をやってたんじゃなかったのか?」

その奇謀とともに厚顔さでも家中に知れ渡っている折原浩平であったが、久秀の悪相で集ってくる蠅でも見るような眼でねめつけられては、思わず愛想笑いを浮かべてしまう。

「嗣子の左衛門太郎公広と、問田大蔵少輔は捕らえたんすが、御当主の黒瀬殿は、やっぱり落ちのびたみたいっすね。それから、家老の土居清宗殿ですけど……病で伏せっていたみたいですよ。いい歳だし、もう長くないですね」
「ふん、道理で城攻めの時に随分と歯ごたえがないと思ったわ。で、話はそれだけか?」
「いやね、畿内から早馬が飛んできたんスよ。あっちの方、ずいぶんえらい騒ぎになってるみたいなんで、弾正様の耳に入れとけって由起子さんが」
「小坂が? なにがあった」

それまで最初に一瞥してからこっち、浩平の方には一切顔を向けずに蔵の焼け跡をひっくり返していた松永弾正が、はじめて顔をあげた。

「なんでも、うちの殿様が洛中に攻め入ったらしいっすよ」
「なに!? 公方に戦を仕掛けたのか! くっ、くはは、なんとなんと、ついにやったか! よし、いいぞ、それでいい」

途端、ギラギラと目を輝かせだした久秀に、浩平はうへぇ、と首をすくめた。
このおっさん、またろくでもないこと考えてるな。


古来より、京の都は攻めるに易く守るに難しと言われている。都市の構造上、一度敵の進入を許せば、よほどの大軍を擁していない限り守りきれる土地ではないのだ。
北近江に遠征していた足利勢が、戦力分散の愚を犯すことを承知しながらとにかく帰還を急いだのは、結局のところ京が攻められれば一カ月と持たない拠点であるとほかでもない彼らが誰よりも認識していたことに終始する。
征夷大将軍足利義輝が直卒した足軽6000は、この時代としては驚くべき行軍速度で北近江から京都までの道のりを踏破した。さすがに、三好勢による洛中進入にこそ間に合わなかったものの、室町御所が城塞としての機能を損耗するより以前に、足利二つ引の旗印が西から押し寄せてきたのは、長慶にとってもまったくの慮外の事態であった。

「二五〇〇を預ける。井戸若狭はそのまま御所の兵を押さえておれ。我らは公方の軍勢を迎え撃つぞ!」

直卒の800と長慶が預けた2500を合わせて3300。井戸若狭守良弘ほどの武将であれば、室町御所の兵を抑えておくには十分な手勢であろう。
雪姫が発した物見が既に敵勢を発見しており、敵勢が足利義輝が自ら率いる足軽6000であることは把握している。此方は井戸隊を差し引いても1万2000。およそ倍に相当する兵力差だ。
だが、長慶に油断はなかった。義輝の野戦指揮官としての軍才は、長年宿敵として渡り合ってきた長慶が一番よく知っている。足利将軍家などに生まれたのがそもそも間違っていたとしか思えない男だ。
政務外交にも喰えないしたたかな一面を見せ、いくさ場においては無類の強さを発揮する。もし地方の一大名として生まれていれば、いったいどれほどの勢力を築いていたか。
否や。こうして自分と正面から槍を合わせるまでに、あの将軍家を立て直した事を思えば、あの男に生まれ育ちなど関係なかったのかもしれない。

「義輝公、改めて思うぞ。貴君をただの御輿として利用するのは贅沢の極みよな」

久々の戦場の空気に、長慶は自分が思いのほか高揚していることに気づいた。いや、この血の滾る感覚は、戦場に身を置くが故とはまた違ったものではなかろうか。
その感覚の正体は、視界に足利二つ引の旗印が飛び込んできたことで、自然と長慶に得心を与えた。
おそらくほかのどの敵と干戈を交えようと、この感覚は味わえないだろう。

「くくっ、儂ともあろうものが柄にもない」
「御館様?」
「雪姫、貴様はここで指揮をとり、物見を絶やすな。地の利は義輝公の方にある。油断すると、小勢で手玉にとられるはめになるぞ」
「…承知しました」

視界にある軍勢が、足利義輝が引き連れてきた戦力のすべてとは限らない。これは平野で大軍同士が正面からぶつかる野戦とはまた趣の異なる洛中における市街戦だ。どこに埋伏の兵が忍んでいるかわかったものではない。上手く引き摺り回され、思わぬところから痛撃を食らう可能性を、常に考慮しておかなければならなかった。

「駆けよ!」

長慶は号を発し、主隊に前進を命じた。既に先鋒同士は接触し、交戦状態に突入している。
1561年2月。洛中攻防戦は、その冒頭から三好長慶と足利義輝の直卒勢同士による激突から幕を開けた。
およそ倍ほども戦力に差のある軍勢同士の激突にも関わらず、序盤、優勢を勝ち取ったのは足利勢の方であった。
大軍を効果的に展開できない市街地での合戦を徹底的に利用し、鑓が叩きあう接敵正面の戦力差をほぼゼロにしての猛攻に、三好勢は押しまくられた。
すかさず、正面戦闘に加われない手勢を街路から後方に迂回させ、大軍の利を示そうとした長慶であったが、義輝はただ前へ前へと叫ぶだけの猪武者ではなかった。
別動隊の進路にはことごとく伏兵が配されており、これに進軍を阻まれている間に、義輝の本隊はそれまでの猛攻が嘘のような引き際を見せ、釣られて統制を乱しながら追撃しかけた長慶勢の先鋒を、さらなる埋伏の兵をもって強かに蹴散らして見せたのだ。
思わず長慶が舌を巻く鮮やかな手並みであった。よほど足軽の一兵に至るまで統制が行き届いていなければ叶わない差配である。
義輝は、そのまま庭とも言うべき洛中の市街を駆け回り、倍する長慶の軍勢を思うがままに翻弄した。

「よし、このまま後詰の到着まで粘るぞ!」

思う通りに戦を進めることができている手応えに、義輝が騎乗で握りこぶしを握ったその時、くぐもった轟音が風に乗って流れてきた。
ハッと、義輝は音が響いた方に首を向けた。あれは鉄砲の発砲音。それも、相当数が統制され放たれたものだ。そこに、使い番が駆け込んでくる。

「南より、摂津勢、現れたとのよしにございます!」
「なに!? 荒木摂津か!」

その瞬間、戦場の主導権は義輝の手からこぼれおちた。
洛中に南方から侵入した荒木摂津守村重を旗頭とする摂津衆鉄砲隊9000は、横槍の形でがっちりと義輝の軍勢に食いついた。市街地ゆえに遮蔽物なしに鉄砲隊の斉射に晒されることはなかったものの、荒木摂津守は巧みに部隊を展開、弾幕を張ることで、義輝が自由に軍勢を進退させる余地を瞬く間に潰していった。
地の利を生かした機動性という寡兵の武器を摂津衆によって一気に無効化された義輝隊に突きつけられたのは、純粋な数の暴力。
摂津衆が加わり、三倍以上となった敵勢と足を止めてまともに殴り合う羽目に陥った義輝の軍勢は、瞬く間に一五〇〇近い兵を失い、さらに数を討ち減らされていく。

勝った。
義輝勢の隊列が徐々に乱れはじめ、壊乱の兆しを見せ始めたのを目の当たりにした三好家の諸将は、勝利を確信した。
長慶は最後まで使わずに置いていた鑓衆二千と朝倉勢にとどめとなる突撃を命じ、荒木村重は近臣に壊乱した敵勢への追撃の体勢を整えるよう下知を下そうとした、その時。
村重たち摂津衆の頭上へと、雨あられと降り注ぐ弓矢の雨。
不意を突かれた摂津衆は、混乱状態に陥る。
支援の砲火が途絶え、長慶勢の攻勢が戸惑いとともに緩んだ途端、後背より進撃してきた部隊が、ボロボロになった義輝勢と入れ替わりに鑓の殴り合いの正面に飛びこみ、長慶勢を受け止めた。

「くそっ、足利の後詰か!」

降り注ぐ弓矢に動揺を隠せない家臣たちを叱咤して回っていた村重は、新たに戦場に加わった一勢を見て、忌々しげに舌打ちした。
旗印からして、あれは森田浄雲、植田光次らの旧伊賀国人衆。北近江からの帰還が遅れていた軍勢が、ついに義輝に追いついてきたのだ。

「ひるむな、連中近江から駆け通しで疲れ切っているはずだ。戦列に加わったところで何ほどのもの――――」

咄嗟に、村重は腰の刀を抜き、風切り音めがけて振りぬく。村重の首筋を撃ち抜くはずだった矢が、真っ二つに払い落された。
村重はジロリと、矢の放たれた方角を睨んだ。半ば廃墟と化した古寺の屋根の上に佇む、最低限の具足のみをまとい弓を携えた女武将と目が合う。

「狙え!」

即座に、近くにいる鉄砲足軽に標的を指し示し、狙い打たせる。が、女武将は素早く身を翻し、十を超える弾丸から間一髪逃れて、建物の向うに消える。

「中川瀬兵衛殿、日根野備中守殿、矢傷を負われ下がられたとの由にございます!」
「今の女か」

村重は眉をしかめた。見れば、指揮官を失った中川勢、日根野勢は混乱の極致にあり、村重の手勢もそれに巻き込まれ統制を失いつつある。

「こりゃしばらくいくさにならん。やられたな。何者だ、あの女」
「おそらく幕臣大館左衛門佐晴光殿が家臣、三嶋鏡花かと」

抜き放ったままだった腰の物を鞘におさめ、村重は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「其の名、覚えておこう。が、所詮は無駄なあがきだな」

三嶋鏡花の活躍で、荒木村重ら摂津衆は一時的にではあるが戦闘力を失い、三好長慶は支援なく単独で足利勢と相対することとなった。
が、摂津衆の混乱を横目に長慶は小揺るぎもしなかった。新たに戦列に加わった旧伊賀国人衆の軍勢は、長慶勢をたった一歩も退かせることも出来ず、たちまち消耗し戦線を支えることが出来なくなった。
一旦退いた義輝勢がなんとか態勢を立て直し統制を取り戻したその時には、既に伊賀国人衆は限界を超えてしまっていた。
義輝勢が戦線に復帰するより前に、長慶は今度こそ総予備の朝倉勢らを投入、旧伊賀国人衆を蹴散らし、そのまま義輝勢へと襲いかかった。
この攻撃で、旧伊賀国人衆は完全に崩壊。義輝勢も善戦したものの衆寡敵せず、ついに壊乱。義輝は辛うじて室町御所に駆け込んだものの、植田光次、森田浄雲の両名は井戸若狭守の手勢によって捕縛された。


「兄上、ここはもう持ちません。どうするんですか!?」
「そうだな、そなたはさっさと逃げたらどうだ、覚慶」
「出来ればそうしたいんですがね」

苦々しげに義輝の弟、足利義秋は吐き捨てた。

「もう蟻の這い出る隙間もありませんよ。せめて兄上がここに逃げ込まずに外で捕まっていてくれれば、包囲も緩んで逃げる余地もあったんでしょうけど」
「ふむ、そこまであからさまに本音を吐かれると怒る気にもなれんな」
「外ではまだ大館左衛門佐の軍勢が戦っているのでしょう? なんとか、包囲を崩させましょう」
「無茶を申すな。二万を超える相手に、弓勢四〇〇〇程度で何ができる。あやつらは、既に存分な武功を示しておる」
「ですが!」
「もう遅いわ。ここに来る前に、左衛門佐には適当にした後は三好に降るか逃げるように伝えてある。鏡花めはごねるであろうが、左衛門佐には言い含めておいた」
「……あにうえぇ」
「そのような情けない顔をするな、たわけ」

絶望にへたり込んでしまった弟の姿に、義輝はやれやれと嘆息した。この弟、自分などよりよほど頭も回り機転も利くのに、いまいち腹が座っていない。これであともう少々肝が太くなれば、大した器だと思うのだが。

「さて、余も腹を括るか」

ありったけ持ってこさせた名刀、豪刀のたぐいを脇に置き、義輝はどこか清々しい気持ちで、館の外にうごめいている三好の旗に目を細めた。

1561年3月初旬。室町御所陥落。鴨川東岸にて孤軍奮闘を続けていた大館勢は脱出に成功したものの、室町御所に拠った足利義輝をはじめとする将軍家幕臣諸将はことごとく三好勢によって捕縛の憂き目にあう。
これにより、大名家としての足利家はここに滅亡したのであった。