「久しいな、公方殿。壮健であられたか」

武装の一切は解かれたものの、縄を打たれるでもなく御所の一室で待つように言われた足利義輝は、意気揚々と入室してきた三好長慶を仰ぎみて、僅かに表情を変えた。
この男、以前とは少し顔つきが変わったな。傲岸不遜なところはそのままだが、陰惨さやドロっとした粘性の暗さがすっかり鳴りをひそめている。なにより目の光だ。いつも人の暗部を覗き込むような暗い情念に揺れていたそれが、今はギラギラと貪欲に、狡猾だがそれよりまず獰猛であることを志した肉食獣のように輝いている。
三好筑前守長慶、これほど覇気にあふれていた男だったか。

「御蔭さまでな。筑前、そなたは少々……」
「ん? なんですかな?」
「いや。益体もないことよ。して、筑前、余の処遇は決まったのか?」

城が落ちた際、問答無用で討ち取られなかったことを思えば、今更首を打たれることはないだろう。権威も失せた征夷大将軍とはいえ、戦のさなかでの勢いで討たれるのならともかく、捕らえた上で晒すように処刑してみせるのは、足利将軍家の失墜を全国に見せつける効果はあるだろうが、三好家の評判が悪くなりすぎる。
長慶はすぐに答えず、真っ向からじっと義輝を見据えた。やはり、変わったと思う。同じ、人を値踏みするような視線でも、以前はもっとねめつけるようなそれで、はした金で人買いに売られた端女のような気分にさせられたものだが、今はどこか自分の器量を鋭く見極められているようで、身は引き締まるものの決して心地は悪くない。

「公方殿、そろそろ征夷大将軍などというしがらみ、忌々しいと思っていたのではござらんか?」
「……どういう意味じゃ?」
「くくっ、義輝公。これでも儂は、貴君のことはよく理解しておると思っている。貴君は、刀に例えればただ飾って楽しむだけという用途に押し込めるには、惜しすぎる豪刀よ」
「…筑前、そなたもしや」
「征夷大将軍の座は捨ててもらう、当然な。じゃが、足利家はこのまま存続させてもかまわん。義輝公、そなた一人の武篇として生きる気はないか? 儂に頭を垂れる存念があるのなら、儂はそなたを一振りの刀として、飾り立てるのではなく、刃こぼれ折れ朽ちるまで遣い果たしてしんぜようぞ」
「……」

 あまりにも傲岸なものいいだった。仮にも征夷大将軍にある義輝に対して、恭順し、一臣下に収まれというだけでなく、雑兵の刀のように使い潰してやると面前で言い放たれたのだ。義輝は限界まで目を剥いた。体が芯からブルブルと震えだすのを感じる。火が噴きあがりそうに、身体が熱い。

「筑前、貴様、吠えおったな。よくぞ、吠えた!!」
「答えや、いかに!?」

義輝は、今の自分がどんな顔をしているのか。どんな目をしているのか。無性に鏡を覗き込みたくなった。多分、今の自分の眼は、ギラギラと輝いているだろう。そう、この眼前で獣のように笑う男と、まったく同じように。義輝は自然と自分の口端がつりあがっていくのを感じた。芯にともった炎は、今や口から吹き出んばかりに燃え上がり、義輝の魂を熱く滾らせていた。
剣豪将軍と呼ばれた男は、やがて身を正すと、ゆっくりと答えを口にした。



1561年3月。室町御所の陥落とともに足利幕府は名実ともに終焉を迎えた。室町幕府第十三代足利従三位左近衛権中将義輝は、征夷大将軍を辞し、一武将として三好家に仕えることになる。義輝の恭順により、旧足利家幕臣の半数近くは三好家に吸収され、京の都を含む山城国は三好家の支配下に置かれることとなった。
この後、三好長慶は摂津石山御坊を弟の十河一存に任せ山城・室町御所に居を移し、戦火に荒れ果てた京の都の再建に全力を注ぎはじめる。
この間に、浦上家による宇多津への第四次侵攻。筒井家による堺侵攻などが起こったものの、長慶自らが手を下すまでもなく、前者は讃岐方面軍司令官のエビル、後者は嫡子三好孫次郎義興の活躍もあり、苦戦しながらもこれらの撃退に成功している。

一方、四国伊予地方。4月に松永弾正久秀によって行われた残敵掃討作戦により、西園寺家最後の拠点である板島港が陥落。西園寺家は滅亡し、南伊予は完全に松永弾正率いる西四国方面軍の支配下に収まっていた。
松永弾正は、ここで一旦揮下に入っていた寄騎の指揮権を手放すことにする。南伊予の領内の再整備を行いながら、新たに登用した地元豪族、新参の武将をまとめ、新たな直卒軍団を再編成することにしたのだ。
これは、西土佐の一条家攻略、並びに海峡を隔て九州を視野に入れた新たな侵攻軍団の新編作業であった。
そして、旧西四国方面軍の将兵はそのまま北伊予攻略軍として小坂由起子を司令官とする軍団に移行し、河野家を攻略し北伊予地方を支配下におさめた長宗我部家との対決に向かうこととなる。


「さて、これから土佐の田舎野郎どもをきりきり舞いさせるとびっきりの大作戦を発表するぞ」

元服したばかりの身の上でありながら、旧西園寺家臣団の代表格として小坂軍団の幕下に入った土居三郎清良は、意気揚々と語りだした折原浩平の不気味な笑みに、戸惑い気味にあたりを見渡した。先の黒瀬城での戦いには加わっていないものの、三郎清良もこの小坂軍団の軍師格にあたる折原という男の奇謀の凄まじさは聞き及んでいる。が、想像を絶する軽佻浮薄な物腰には呆気に取られるしかなかった。
長宗我部家との同盟が失効するまで残りわずかと迫った9月下旬。軍法惣改メ――旧西園寺家臣団を吸収し、小坂由起子を最高指揮官に迎えて再編途上にある軍勢の練度を高めるための軍事演習という名目で出陣した軍勢は、今、北伊予との国境に近い場所で陣を張り、こうして主だった武将を呼び集めて評定を行うことになったのだが……。
上座に腰かけた軍団長・小坂由起子は合戦のさなかにすら手放さないという煙管を咥えたまま、甥の振る舞いにも我関せずといった風情で煙を燻らせている。彼女の側近という立場にある長森瑞佳が、困った顔をして浩平の袂を引っ張っていたが、乗りに乗っている浩平はまったく気が付いている様子がない。同じ阿波衆として長く陣を共にしている小笠原長門守成助はと言えば、もう慣れているのかニヤニヤと笑いながら成り行きを見守っていた。
三郎清良の戸惑いに気がついたのか、伊予攻めから陣営に加わった村上大和守武吉が、無言で肩を叩き、気にする方が負けだぞ、とでも言いたげな視線をよこしてくる。なんだかなあ、と思いながらも清良は感謝の目礼を武吉に送り、とりあえずの疑問を正すことにした。

「折原殿。つまり我らの目的は湯築城の攻略にある、という考えでよろしいのか?」
「そうだぜ。三郎、まさか本当に軍法改メのために出陣したと思ってたわけじゃないだろ?」
「此度が初陣の若輩者とはいえ、そこまで呆けてはおりません」
「三郎殿、此方もそんな馬鹿を陣容に加えようとは思わないよ」

煙管を叩き、灰を落とした小坂由起子が、あまり温度を感じさせない涼しげな声で告げた。もしかしたら、それなりに期待はされているのか? 内心首をかしげながらも、話の先を聞くことにする。

「さて、言わずもがなのことだけど、今回の戦で重要なのは何より川之江城との連携と、俺達の進軍速度が重要になる。長森、状況説明」
「え? わたし? もう、浩平は面倒くさいことは全部わたしに押し付けるんだもん」
「いいからいいから」
「うー。仕方ないなあ。ええっと、現在の北伊予の状況なんですけど、瀬戸内海を渡って毛利勢がたびたび今治港に攻め込んでいるために、北伊予の長宗我部家の戦力はほぼ8割が今治城に集中しています。肝心の湯築城には三千程度の兵しか残っていません」
「うかつだなあ、連中。もうすぐうちらと同盟も切れるってのに」

 呆れたように小笠原成助が呟く。

「いや、そうでもない。今治と湯築は距離も近い。我らの軍勢が湯築城攻めの兵を発したのを待ってから湯築城に兵を戻しても十分間に合うほどにはな」
「うむ、そういうものか」

村上武吉の言葉に、成助は顎髭を撫でながらふむふむと頷く。

「が、折原殿はそれが成り立たない策を企てているのであろう?」
「おうよ」

ニカッと歯を見せ、浩平は立ち上がると広げた地図にバンと手を叩きつけた。

「すでに、北伊予には誤情報を流してある。長宗我部は、俺達が軍法改メのために出陣したことは把握しているが、現在おれたちがいる場所については遥か南方だと思い込んでる。連中、俺達が湯築城攻めを行う可能性はもちろん想定してるだろうが、それも10月を跨ぐと考えているみたいだ。もうすでに、国境近くに集結しているとは思わずにな」
「……本当ですか?」

清良は、背筋に寒気が走るのを感じた。はたして、この三万近い大軍がどこにいるかの情報を完全に封鎖できるものなのだろうか。いや、完全に防ぐことはかなわないだろう。おそらく、折原浩平は真実を織り交ぜた誤情報を巧みに長宗我部内部に送り込み、徐々に現実と相手が把握している情報にズレを生じさせていったのだろう。加えて、西園寺家黒瀬城の攻略の際にも見せた、尋常ならざる軍団の戦略機動。今回も徹底的に兵たちを駆けさせ、旧西園寺家の兵を主体とする土居勢など落伍寸前にまで陥りながら、なんとかここまでついてきたほどの速さで、北伊予との国境まで進軍してきたその速さが、長宗我部にこちらの位置情報を誤認させているのだ。この情報操作と戦略機動、この両者が有機的に作用した結果、未だ長宗我部家は目の前に迫りつつある危機にまったく気が付いていない。

「俺達は、今治からの援軍が到着する前に湯築城までの道のりを踏破し、一挙にこれを陥落させる!」
「ここから城下までは、無数の櫓が存在するが、これはどうする」

村上武吉の質問に、浩平は即座に返答した。

「南に迂回して避ける」
「距離は広がるぞ?」
「足止めを食らい兵を損なうことを考慮すれば、どうってことないだろう。走れば済む話だ、走れば」
「…ふっ、確かにな」
「走るのは得意だぜ」

なんでもないことのように、成助はガハハと笑った。

「えっと、私たちが国境を越えるのに合わせて、東伊予の川之江城からも軍が進発する運びになっています。こちらの軍勢は、今治からの長宗我部の援軍を足止めする役目も負っているので、豊前守義賢様自らが軍を率いるとのことです」
「なんと、四国勢総大将おんみずから、助け戦に徹しなさるということか。こりゃ負けられんなあ」

成助は俄かに表情を引き締め、ギロリと幕内を見渡した。

「して、先陣はいずれに?」

カツン、と煙管の灰が落とされる音が響く。小坂由起子は、物憂げに煙を吐き出すと、クルリと煙管を指で回し、背筋を伸ばす若武者を指し示した。

「土居三郎清良殿、あなたに任せる」
「は、…ははっ! この三郎清良、全霊をかけて先陣の任、務めてごらんにいれまする」
「気負うなよ、若人。長門、悪いけど」
「ふふ、まあ此度は譲るわ。だが、次は俺にやらせろよ」
「気が向いたらな」
「おいおい」

情けない顔になる成助を無視し、由起子は脇に控えた二人に指で挟んだ煙管を揮った。

「浩平、瑞佳。明朝、三献の式を終えた後、旗揚げとする。準備を急ぎなさい」
「りょーかい」
「わかりました」


1561年10月。三好家と長宗我部家との間に結ばれた同盟が失効。間違っても良好な関係とは言えず、派兵支援どころか技術交換も行われない、不可侵条約程度の意味合いしか持たなかった両家の同盟。それが失われた今、両家の激突はもはや規定事項にすぎなかった。
南伊予・黒瀬城より9月の間に軍事演習を装い出陣していた小坂由起子を総大将とする北伊予侵攻軍は、長宗我部家に気づかれることなく国境沿いに集結、同盟失効と同時に、国境を越え湯築城への電撃侵攻を開始した。
いずれ三好との激突は覚悟していたものの、まさか同盟失効と同時に、しかも国境近辺に軍勢を集結させているなど思いもよらなかった長宗我部家は完全に虚を突かれ対応に後れを取ってしまう。彼らが、今治港から救援の兵を送りだした時、既に伊予路を踏破した小坂軍団は、土居三郎清良を先鋒とし湯築城の攻略に取り掛かっていた。
湯築城を守る兵は僅かに3000。そして、今治から送りだされた救援の軍勢は、川之江城から西進してきた三好豊前守義賢を総大将とする阿波衆によってその進路を阻まれることとなる。
この湯築北での合戦において、奮迅の活躍を見せたのが長宗我部方の武将の一人【たま】(DR2ナイト雀鬼)と、三好方大将豊前守義賢であった。
この戦いの序盤において、たまは最初に接敵した三好方武将【上杉勝子】の軍勢を、文字通り一撃で粉砕してしまう。能力的にそれほど決定的な差のあるわけではない両者であったが、先手を取ったたまの勢いたるや凄まじいもので、槍衾に追いやられた勝子勢は散々に打ち破られ、あっという間に三分の二を超える兵を失い追い散らされてしまったのであった。
そのまま火の玉のように進撃し、湯築城に向かおうとした彼女らを、真っ向から受け止めたのが三好家の筆頭宿老にして四国勢総大将三好義賢であった。戦いは、双方、まさに持ちえる戦術・計略のすべてを駆使し、縦横無尽に兵を操り激突する、戦国の世でもなかなか類をみないであろう凄まじい激闘へと発展する。
結局、戦いは決着がつかず、湯築城への救援に向かえないほど兵力を消耗した長宗我部勢が今治に撤退することで幕を閉じるのだが、戦力を半減させた三好義賢はこの後もさらに今治と湯築城を結ぶ街道に陣を張り、今治からに第二陣、さらには大友からの救援の軍勢をも撃退、大友家豊後三老に列せられている重臣吉弘左近大夫鑑理を捕らえるなど、八面六臂の活躍を見せたのだった。

そして翌11月。小坂軍団は湯築城を攻略。ここに南伊予と讃岐を結ぶ回廊が打通。土佐と今治を除いた四国の大部分が三好家の傘下に収まった瞬間であった。