――殿は焦っておられる。

美濃・近江を支配する斎藤左京大夫義龍が放った上洛の軍勢3万7000。同盟者であり近日中に兵を挙げる筒井の軍を加えれば4万8000を数える大軍勢、その先陣を任されるという栄誉を戴いた男は、だが晴れがましい心地に浮き立つ様子もなく馬上で己が率いる兵どもの行軍を眺めていた。
男の名を、明智十兵衛光秀という。

「やや、殿。先陣を仰せつかったにも関わらず、見事なまでの不景気な面構えですなぁ」
「弥平次か」

此度の戦で、光秀の軍の副将を務める三宅弥平次が馬首を並べ、快濶そのものといった晴れ晴れとした口振りで話しかけてきた。この武将、のちに光秀の娘を娶り、明智姓を名乗ることとなる、明智弥平次秀満その人である。
秀満は馬を寄せると、表情を普段の怜悧なそれへと変えて、小声で囁いた。

「あまり思い悩む様子を見せますな、殿。兵たちが不安に思いまする」
「そんな顔をしていたか。すまんな」

光秀は顔をしかめると、こびりついた何かを拭うように顔をこすった。

「なんぞ、気がかりでもありますかな」
「気がかりか。弥平次、此度の戦、どう思う?」

正直、光秀にはこの戦いは性急が過ぎるように感じられていた。ひいては、君主斎藤義龍の焦りが透かし見える。

「筒井の勢も含めれば、五万近い兵が集った大合戦。その先鋒をつかさどるのですから、武篇として胸躍りますな」
「……そうだな」

家臣が言外に言い放った叱咤に、光秀は自嘲気味に口端を釣り上げた。秀満が言葉面通りにしか物事を考えていない程度の男なら、光秀も重用などしていない。だが、ことここに至り、ぐずぐずと戦の意味合いについて悩んでもまったく意味がない。戦となった以上、まず戦い、勝たねばならない。それこそが大事であり、話は全てそれからだ。
それに……、と光秀は思いなおす。
義龍が焦りを隠せないのも無理ない状況に斎藤家は置かれている。南北近江を支配下に置いたとはいえ、東からは武田家の圧力が高まり、南では織田家が着実に勢力を伸ばしている。時間が経つほどに周辺各国からの脅威は高まるばかりで、無為に過ごせばそれだけ斎藤家滅亡のカウントダウンは早まっていく。美濃・近江の豊饒な国力を有する二国を支配下におさめながら、斎藤家の置かれた状況はあまりにも過酷だった。東から迫る武田家の侵攻に対抗するには、もっと力が必要なのだ。
とはいえ、南の尾張・織田家と争えば、漁夫の利で織田家ともども武田家に飲み込まれる危険が高い。そうなれば、美濃を防波堤にして、西へ西へと勢力圏を伸ばして武田に対抗できる国力を確保するより他、斎藤家に残された道はないのだ。

秀満は、主君の顔つきに研ぎ澄まされた刃のような覚悟が座っていくのを見て、ひそかに安堵の吐息をついた。人並み外れて頭が回り過ぎるためか、彼の主はいささか物事に対して余計なことまで考え過ぎてしまうきらいがあるのだが、一旦こうして一点に向けて回路が通れば、側近である秀満をして怖気を覚えるほどの才智を走らせ始める。

「十兵衛さまーっ!」

と、背後から水気弾けるような溌剌とした声が飛ぶ。二人が振り返ると、一人の若武者が馬を走らせてくるのが目に飛び込んできた。自然と、二人の表情が緩む。秀満が、無理矢理顔をしかめっ面にして、怖い声を捻りだした。

「こらっ、童女でもあるまいに、騒がしいぞ、真」
「わ、っと。ごめんなさい」
「いや、かまわん。弥平次もあまり叱ってやるな。元気が有り余っているのはこの娘の取り柄だ」
「えへへっ、ありがとうございます、十兵衛さま」

元気が取り柄と言われて、若武者――菊地真は照れたようにはにかみながら頭を掻いた。今回の戦では彼ら明智勢の先手大将を任されるほど、勇猛果敢で鳴らす将であるが、そんな猛々しい武勇とは裏腹に、素直でまっすぐな気性のせいか、気難しい卦のある光秀をはじめ、明智勢諸将からも良く可愛がられている。

「それで、なにかあったのか?」
「あ、はい。総大将城戸芳晴様からの使者が、十兵衛さまにお目通りしたいといらっしゃってます。なので、えっと」
「ん、わかった。真、その使者殿のもとに案内せよ。弥平次、ここは任せる」
「御意に」

走り去っていく二騎を見送り、秀満は厳しい目で行軍を見渡した。

「大戦さになるな。それも……」

殿が杞憂しているとおりの、厳しい戦に。






1562年(永禄5年)9月。斎藤義龍は、三好家の支配する山城国制圧のため、三本の矢を放つ。南伊予・観音寺城より美濃衆が主体となる城戸芳晴(DR2ナイト雀鬼)を総大将とする中央軍2万4500。北近江小谷城より旧浅井家家臣団が主力となる北近勢1万2500。そして、南方大和国より筒井家の援軍1万1000。総勢4万8000の大軍が、一斉に室町御所に向け進軍を開始した。

詳細は以下の通り。

中央軍・本隊 総大将・城戸芳晴(DR2ナイト雀鬼) 寄騎・赤尾美作守清綱(旧浅井家臣)、大館義実(旧足利家臣) 足軽8000
中央軍・弓勢 旗頭・稲葉伊予守良通(一鉄・美濃衆)、斎藤内蔵助利三(稲葉家家老)、赤羽くれは(ナイトウィザード) 弓8500
中央軍・先鋒 大将・明智十兵衛光秀(美濃衆)、明智弥平次秀満(明智家家老)、菊地真(アイドルマスター) 騎馬8000

北近勢・本隊 大将・浅井下野守久政(浅井家先代当主)、吉田出雲守重政(旧六角家臣)、前田孫十郎基勝(玄以・美濃衆) 弓6000
       旗頭・磯野丹波守員昌(旧浅井家家臣)、海北善右衛門綱親(旧浅井家臣)、一色式部少輔藤長(旧足利家臣) 弓6500

筒井勢・本隊 総大将・柊蓮司(ナイトウィザード)、軍監・南光坊天海 寄騎・椎名繭(ONE〜輝く季節へ) 足軽 6000
    鉄砲隊 旗頭・柚原柚美(戦国ランス)、森志摩守好之(筒井家家老)、加藤段蔵(飛び加藤、乱破) 鉄砲 5000


武田家の侵攻に備えて斎藤家本拠である美濃・稲葉山城にとどまった戦力を除けば、これは斎藤家の全力出撃といえる。



「愚図愚図してても仕方ないじゃろうが、弥介殿よ。討って出るより他なしとなれば、急ぐべし。なに、武田などより我らを組み易しと舐めてくれた斎藤ずれに、俺が先陣で蹴散らしてくれるわい!」
「おい、瀬兵衛、貴様勝手に先陣を取るんじゃねえ」
「うるせえ、すっこんでろ備中」
「ああ、お前ら少し黙ってろ」

長年、寄騎として下についてた気安さから、口汚く言い争う中川瀬兵衛清秀と日根野備中守弘就らを乱暴に嗜め、荒木村重は苛立たしげに頬杖をついた。
評定の場は、ピリピリとひりついた空気に包まれている。明らかに機嫌が悪そうな村重のみならず、集った諸将も黙りこくった姿勢とは裏腹に神経を高ぶらせているようだった。
評定の場に、君主である三好修理大夫長慶の姿はない。彼は、馬廻衆総監の足利三位中将義輝、讃岐から呼び寄せたエビルらとともに新たな足軽技術の開発のために半年以上城を不在にしているのだ。自然、今回の斎藤家の侵攻に対して迎撃の指揮を執るのは、室町御所の城代を務める荒木村重となっている。
が、その彼には、今とてつもない難題が突きつけられていた。

「繰り返すが、籠城はまかりならん。よいな」
「つまり、左馬頭どのは、洛外にて斎藤勢を迎え撃て、と仰るのですね」

ややも声が震えている井戸若狭守良弘の発言に、意を得たりとばかりに頷くのはこの京で政務官・渉外官として辣腕を振るう足利左馬頭義秋であった。

「公卿方は、今再び洛中が戦火に塗れることを許さんと仰っている。先年、三好の戦で洛中の東が灰燼に帰したのは記憶に新しいところであろう?」

皮肉げに言い放つ義秋に対して、三好方としてその戦に参陣した面々は渋面に顔をゆがめ、足利方として戦った植田、森田といった諸将は困ったように視線を逸らす。

「とはいえ、敵は今、三方から迫っている次第。これを洛外で迎え撃つとなると、我が方も軍勢を三つに分けねばならん」
「分ければよろしい」
「簡単に言ってくれるな」

冷やかながらも、尋常でない怒気の込められた一言に、義秋は僅かに腰を浮かした。

「さ、さりとて、この京で公家を敵に回していかんとするか!? 宮様の勘気を賜ってしまえばどうなると思う!? 我らは、朝敵ぞ!?」
「く……」

城代として相応の権限を預けられている村重であったが、さすがに朝廷相手となればその意向を勝手な判断で無視するのは憚られてしまう。かと言って、不在の長慶にお伺いを立てている時間の余裕はない。

「どうする、摂津守殿。討って出るのなら、軍勢を三つに分けるは愚行。各個に撃破するより他ないと思うが」

家中の争いから主家を離れ、先年から三好家に身を寄せている安田治部少輔長秀が、客将という立場上控えめな態度ながら意見を述べる。困惑した表情で、井戸若狭守良弘が反論した。

「それは無理な話だ。どれほど迅速に一方を討ち破ったとしても、残った軍勢が洛中を制圧するまでに取って返して迎え撃つのは、どうやっても不可能だぞ」
「無論、もう片方も何の対処もせぬわけではござらん。摂津守殿、もし、拙者に3000も預けてくださるのなら、主力が南路を来る南近江・筒井の勢を打ち破るまでの間、北近衆を食い止めてしんぜよう」

諸将が一斉に息をのむ音が、御所の一室に響いた。
村重が、唸るように言う。

「それは死ぬぞ、治部少輔殿」

呵呵と笑い、長秀は晴れ晴れとうそぶいた。

「死ねば後の世まで名の残る武の誉れ。運よく生き残れば、この三好家にてこの余所者が重用される契機となりましょう。いずれにしても損はない」
「ずるいぜ、おい。先陣なんぞより、よっぽど美味しい武功じゃねえか」

中川瀬兵衛清秀が羨ましそうに唇を尖らせる。
惜しいな、と村重は口をへの字に曲げた。安田治部少輔長秀、元は越後の虎・上杉景虎の側近として数々の武功をあげた将、ここで散らすには少々質が良すぎる品物だ。それに、たとえ長秀が北からの敵を押し留めたとしても、南方から迫る敵は合流すれば3万5500を数える。対して、此方は精々3万弱。もちろん負けるつもりはないが、数で劣勢な以上必勝とは言い難い。それに、南方軍を打ち破っても連戦で長秀が押し留める軍を迎え撃たなければならない。無論、岸和田・石山から援軍は送ってくれるだろうが、時間的にどうしても合戦には間に合わないだろう。

「……仕方無い、ここは腹を据えるか」
「では、拙者に兵を――――」
「いや、申し訳ないが治部少輔殿、お主に勝手は認めん」
「なんですと、それは拙者では力不足という意味か摂津守殿!」

顔を赤らめ、膝立ちになる長秀を手で制し、村重は砕けた調子で全員に告げた。

「誤解するな、治部少輔殿。儂は確実に勝つ戦さをしたいだけよ。皆、聞け。南北近江に大和から迫る敵勢、すべて洛中に引き込み、迎え撃つ」
「なっ、なにを申すか荒木摂津守!」

激高して立ち上がる足利義秋をじろりとねめつけ、村重は平坦な口調で言う。

「今の三好にとって、都を奪われることの意味、わからんとは言わせませんぞ」
「それでも、このような暴挙、許されると――」
「勝てばどうとでもなる! その上で責を取らねばならんとなれば、腹を召すまで!」
「おのれ、摂津! ほざいたな、ならば――――」
「そこまで。双方、おひきください」

奥の障子がパッと開き、穏やかながらも無視し難い強制力のある声が沸騰しかけた場の空気を沈めた。

「…これは、雪姫殿、山城に戻られていたのか」
「つい今しがた」

どこか儚い微笑みをたたえながら現れたのは、東方で急速に勢力を拡大しつつある上杉家を牽制するため、諸大名と好を結び、援助を送る約定を交わすため奥州から関東までを巡る長い外交行脚から、ようやく帰ってきた朝倉雪姫の姿であった。

「荒木摂津守様、洛中に敵をひきこめば、必ず勝つ自信がおありなのですね?」
「然り」

胸を張り、傲然とすら言える態度で軍略を語った村重に、雪姫は大きくうなずいた。

「わかりました。ならば、お公家の方々は私が……」

居並ぶ歴戦の諸将が思わず見惚れてしまうほどの魅惑的な所作で静かな視線を巡らせ、雪姫はそっと宣告した。

「黙らせましょう」
「雪姫殿、それはっ――――」
「摂津様に腹を召さすわけには参りませんから。左馬頭様、洛中の街並みや民を戦禍から守ろうとなさる貴方様の心積もりは承知しています。されど、我等はまず三好の臣であるのです」

グッと拳を握り、義秋は俯きながらも捻りだすように答える。

「……わかって、おる。わかっておるわ、そのようなこと。くそっ」
「御所は私が。左馬頭様は商家や民への手配りはお任せします。人心を離れるに任せるわけにはいきませんから、金子には糸目をつけなくて結構です」
「くっ、勝手働きをさせてもらうぞ。あとで文句を言われても知らんからな」
「はい。では皆様、あとは存分に鑓働きを」
「ありがたい」

自然と雪姫に感謝の首を垂れ、村重は諸将に向き直る。

「治部少輔殿、斯くのごとくだ。死に花は咲かせてやれんぞ」
「仕方ありませんな」

満更でもなさそうに、長秀は首筋をポンと叩いた。

「では陣触れだ。各々がた、手柄のあげ時だ、気張りあれ」
「「応!」」










間断なく覆いかぶさってくる鉄砲の発砲音。四方から取り囲まれるように聞こえてくるのは、轟音に耳が参っているせいではない。実際に、明智勢は銃声に囲まれているのだ。既に軍勢は隊列の体を為しておらず、もはや壊乱状態と言って過言ではなかった。
明智左馬助秀満は、必死に声を張り上げ、兵どもを叱咤するが既に戦況が限界に達しているのは肌で感じ取っていた。

「洛中でこのような大規模な埋伏をやってのけるとは」

ギリギリとくいしばった歯が悲鳴を上げる。明智勢は、今や三好勢が洛中市街に十重二十重に張り巡らした埋伏の計の奥深くに完全に絡め取られていた。いや、もはや明智勢だけでなく、この洛中に進軍してきた斎藤家の軍団すべてが底なし沼に足を踏み入れ、もがいているような状態だ。街路の脇道や道沿いの建物などから次々に打ち込まれる鉄砲隊の鉛玉、塀や間道をから不意に現れ隊列を散々に掻き乱して逃げ散っていく恐らく旧伊賀国人衆の手の者と思われる乱破の一勢、混乱の極致を見極めたようにスルリと現れ、突撃してくる足軽の兵団。
普段の合戦の条理からはかけ離れた市街地における三好の戦の計は、歴戦の猛者を揃えた斎藤家の軍勢にまともに鑓を合わせることすら許さず、一方的に翻弄し打ち崩していった。こうも足並みを乱され、連絡も分断されれば数の有利など何の意味もなくしてしまう。

「丹波守殿、お討ち死に!」

こりゃあ、いかんわ。
使い番がもたらした報告に、秀満は呻き声を押し殺せなかった。続いて、一色式部少輔藤長の負傷、浅井久政勢潰乱の報が飛び込んでくる。磯野丹波守員昌、洛中の西から攻めよせたはずの北近勢の主力を率いていた将が討ち死にしたとなれば、あちらはほぼ全軍が戦力としての体を為していないあり様なのだろう。
自分たちとともに南方から押し寄せた総大将・城戸芳晴の主隊、稲葉勢、筒井勢となると、北近衆より距離的には近いはずなのにどういう状況に置かれているかまるでわからない。

「真! 真は在るか!」
「はい! ここにいます!」

左手の古寺から鉄砲を撃ちかけてきていた一勢を追い散らして戻ってきたところだった菊地真が、馬を走らせてくる。埃に黒くまみれた真の顔を認め、秀満は口早に告げた。

「殿のところに行って、秀満が撤退を進言するとお伝えせよ」
「えっ!? でも」
「でももくそもない。既にこの戦、破綻しておる」
「他の隊はどうするんですか!?」
「小谷の連中はもうとっくに散っておる。総大将や筒井は連絡がつかん。各々で判じるしかないわ!」
「……ッ」

悔しげに顔をゆがめながらも頷いた真の頭を、秀満はニッと笑って軽く叩いた。

「退き陣の先手はお前が務めろ。恐らく、敵は搦め手から足止めにくる。これを払い、切り開け。後続の足を止めさせるな。やれるな?」
「はいッ! やれます、任せてください!」
「ではいけ」

手勢をまとめ、後陣に駆けていく若者を一瞥だけ見送り、秀満はようやく混乱が収まった自分の手勢に采配を振るう。もちろん、撤退する明智勢のしんがりは自分がつとめるつもりである。




洛中における市街戦は、思わぬことに三好家による一方的な蹂躙戦となった。
鉄砲隊を率いて出陣した荒木摂津守村重は、洛中各所に構築していた防御拠点を活用し、地の利を最大限利用した遊撃機動防御戦術を敢行する。中川瀬兵衛清秀、日根野備中守弘就と言った長年摂津衆として共に戦い気心の知れた将らが、洛中全域を縦横無尽に駆け回り、侵入してきた敵を洛中市中深くまで引き込んだうえで埋伏の兵が遮蔽物を利用しつつ鉄砲で攻撃し翻弄、これに森田浄雲、植田光次といった不正規戦を得意とする伊賀国人衆の手勢が加わり、斎藤家の軍勢は終結もままならず、分断されたまま市街各所で混乱状態に陥った。
ここで、滝川益重、井戸若狭守良弘ら馬廻衆と、安田長秀の軍勢が現れ、戦列も整わない斎藤勢に襲いかかり散々に打ち払う、という戦法を繰り返したのだ。

とはいえ、この時御所から出陣していた三好勢は1万4000。斎藤勢が混乱を鎮め、三好の攻勢を耐えきり、集結もしくは破断された連絡網の復旧に成功していれば、戦局の逆転はまだこの時点で可能のはずであった。
天秤が一気に傾いたのは、先代浅井家当主の浅井下野守久政が率いる一勢が、荒木村重の攻撃を我慢しきれず崩れたその瞬間だった。連鎖的に、近郊にいた前田勢、吉田勢も友崩れを起こし潰乱。久政勢と違って粘り強く優先していた磯野丹波守らの軍勢は、この崩壊に巻き込まれて隊列が崩れたところを、三好方・安田長秀が急襲を仕掛け、磯野丹波守員昌の首級をあげるという戦功をたて、一色式部少輔藤長も手傷を負い指揮能力を失い、海北善右衛門綱親も手勢の戦闘能力を維持できず潰乱。ここで、小谷城から出陣した北近江衆は全滅してしまう。
こうなると、もう取り返しは付かない。
北近江衆全滅の報を受け取った総大将・城戸芳晴は即座に全軍に撤退の命令を出すが、既にこの時点で撤退の準備を整え終えていた明智勢以外はもはや手遅れの状況だった。
摂津国・石山御坊から出陣した十河一存率いる一万騎が、洛中になだれ込んできたのだ。
辛うじて明智勢のみ、十河勢を躱して洛中から脱出したものの、他の軍勢は荒木村重らと十河の軍勢に挟まれ、殲滅の憂き目にあう。

五万近い大軍を繰り出した斎藤家であったが、結局洛中市街に多大な損害を与えつつも、室町御所・三好の将兵にはほとんど被害らしい被害を与えることもできず、磯野丹波守という猛将を失ったうえに、9割近い兵が未帰還となるという惨憺たる大敗北をきっしたのであった。