梅雨の東京に伝説の走りを見た。
これほど荒々しく強引で猛々しい追いこみは、見た記憶がない。ナタの切れ味、剃刀の切れ味。様々な表現とともに語られる伝説の名馬たちの直線の疾走。このウォッカのそれは、言うなればドリルの類いの掘削機械だ。
馬群に囲まれ前は塞がり、出るに出られずもがき苦しむウォッカ。前に行きたいのに行けずに激しく身悶えする名牝の姿に、彼女の敗北を確信する。だが、並みの一流馬ならばそこで闘志失せ、ズルズルと後方に下がっていくだろう状況に、彼女はむしろ吠えるように前に突き進む。
辛うじて空いた隙間に首を突っ込み、無理やり空間をこじ開ける。そこをどけとばかりに首を左右に振り、体を捩じって左右の馬を跳ね飛ばす。とてもではないが、まともに走っていない。周りが徒競争をしているさなかに、一頭障害物競争をしているようなものだ。それでも、他の馬より速い。速いのだ。
そして、馬群をこじ開け、抜けた前には先頭をひた走るディープスカイの後ろ脚が。ひらり、と右手にステップ。立ち塞がる馬体を避けたその先には、ようやく何もない、誰もいないまっさらな芝が広がるのみ。残りはすでに100メートルを切っていた。
そこからの走りは、もはや次元が違っていたという言葉も生易しい。
桜花賞も圧巻だった。オークスも圧巻だった。ヴィクトリアマイルも圧巻だった。
今年だけでも数々の度肝を抜かれるようなレースを目の当たりにしてきたが、それでもなおこの安田記念は、こう言い切れる。

もはや常軌を逸している。

牝馬でありながら日本ダービーを制した伝説の女帝。その最強の強さは、今ここに至って絶頂に達しているのかもしれない。