魔法使いの夜 初回版 (Amazon.co.jpオリジナル特典ポストカード付)


まだ細かい番外編などは残っているものの、本筋は終了。
色々と語りたい事はありますが、まず最初にこれだけは言いたい。

惚れた。

好きとか通り越して、もうね、ベタ惚れですよ。完全に自分の中のストライクゾーンのど真ん中を貫いていってくれました。なんて言うんだろう、エンターテインメントやアクション巨編として楽しかった、面白かった、というのとは少し違うんですよ。そういう「面白さ」では「Fate」シリーズや「月姫」などの方が上でしたでしょう。でもね、物凄くシンプルに「好き」という意味では、この「魔法使いの夜」は完膚なきまでに好きになりました。惚れた。胸がキュンキュンとして、愛が溢れそうでした。それも、キャラクターが好き、というのとはやっぱり少し違うんですね。勿論、青子や草十郎、アリスの三人の主人公はとても魅力的で、好きなんですよ。すごく好きです。色々とややこしい偏向を抱いているキャラと比べても、彼らはその内実が素晴らしくスッキリしていて、珍しく一切ストレスを感じない気持ちのよいキャラクターでしたから、そりゃもう好きです。でも、それ以上にね、ベタ惚れに惚れてしまったのは、その三人が一緒に暮らす空間と時間、そのものでした。

実の所、プレイを初めて終盤に入った頃にようやく気がついたのですが、この「魔法使いの夜」という作品、いわゆる「日常系」なんですよ。偶々、青子やアリスが魔術師という特殊な人種であることから、一般的には遭遇し得ないエピソードにまみえはするのですが、魔術師という種族の観点からすると、今回の「魔法使いの夜」で起こった出来事って特別なことってなにもないんですよ。アリスと青子の命をかけた意地の張り合いも、外の魔術師による領土侵犯も、魔術師としての日常の中の一風景にすぎないわけです。敢えて、特別なことがあったというのなら、それは草十郎という異分子が、青子とアリスの生活空間に入り込んできた、という一点だけ。そして、この作品とはつまるところ、草十郎の存在が青子とアリスの日常の風景の中に居て当然の存在として馴染むまでの、三人が家族になるまでの過程を描いた、ただそれだけのお話だったのです。

そして、そのただそれだけの話こそが、未だに思い返すだけで動悸が収まらないような美しい物語だったのです。タイトルこそ、「魔法使いの夜」ですが、私がこの作品をプレイして感じた光景は、常に「朝」でした。それも、透き通るような空気に満たされた静寂と冷たさが広がる、靄けぶる冬の夜明けの時間でした。清涼感と静けさと、吸い込む空気の胸のすくような冷たさが、ただただ心地よく、心を洗っていく。
そう、心洗われるようだったのです。

改めて思うと、あの草十郎という少年のキャラは凄かった。自然体の究極だよね。本来なら、青子やアリスのような完全に自立し、自分の生き方というものに誇りを抱いて、それを侵犯するものに対して一切妥協しないような人間に対して、考え方そのものに影響を及ぼすような関係を築ける人って居るわけがないんですよ。所が、彼はそこにただあるだけで、決して自分の意見を押し付けるわけでも、存在を認めさせるような何かを強烈に示しているわけでもないのに、接する人に自問を促すんですよね。その上で、意志や生き方をねじ曲げるのではなく、妥協や変節を抱かせるのでもなく、ただ少しだけ視野を広げるような、落着いで自分の心の中に何かを落とし込めるだけの余裕を生むような、そんな拡張を生じさせる。
言い方は間違っているかもしれないけれど、彼と接することで自分の中の何かを許せるようになる、とでも言えばいいのか。
草十郎という少年自体は、その人柄や考え方を語ろうとしても、素朴で純朴な少年としか言えないのにね。決してそこまで浮世離れしているわけでもないし、年頃の少年らしい浮ついた気持ちや、内心の葛藤、迷いといったものも抱えている、本当に普通の少年なのに、他者と関連付けられた時には無抵抗で相手のパーソナルスペースへと滑りこんで居る。面白いな、振り返ってみるとこの作品に登場したキャラって、青子やアリス以外の学校関係の人間も、みんな他者を自分のうちに立ち入らせない事を命題としているような人たちばかりである事に気付かされる。その皆と、この少年は誼を通じていたわけだ。
実に、不思議な主人公だった。
彼の素性というか、正体については結局明かされないままでしたが、正直わりとどうでもいい気分である。想像の余地は沢山あるし、これから以降の続編なんかで触れられるかもしれませんけどね。その時にわかればいいや、という気分で。今はただ、丘の上の幽霊屋敷の、三人目の住人、というだけで十分ある。
そんな気分でいるとね、最後のエピソードがまた胸にじんわりと染み渡り、なんだかくすくすと笑いながら暖かい気持ちになれるのです。新たな家族と、ホームを手に入れたアリスと青子のささやかな共犯行為と、そこに隠した可愛らしい想いを感じると、ね。

ともかく、よく立ち絵はよく動き、飽きさせない演出目白押しの、この手のドラマスタイルのゲームとしてはホント、行き着くところ行き着きましたよね。紙芝居を見ている、とか文章を読んでいる、という感じじゃなかったです。その上での背景からイベント絵に至るまでの美麗さ。あれらには息を呑みましたよ。音楽も幻想的で、とても世界観作ってましたし、見目から耳から、完全に引き込まれていました。ただ、文章のみならず、総合的な演出として、この作品には魅入られた気がします。惚れた惚れた。
プレイ時間が短いのには、やっぱり意表は突かれましたけどね。実際、自分6月か7月くらいまでプレイし終わるまで掛かると覚悟して始めましたから。だから、まさか半月どころか10日も経たずに終わるとは思わんかった。
でも、わりと5章終わったくらいで、あ、これ短そう、って予感は感じていたんで、自分でも意外なことに不満はあんまり感じなかったんですよね。なんかこう、終わるべくして終わったなあ、という満足感が湧いてきたのには自分でも不思議でした。
続編があるのなら、まあじっくりと待ちたいです。あれば、嬉しい、ただそれだけ。まあぶっちゃけ、本作って序破急の序ですもんねえ。
今はもう過ぎ去った過去の、でも今も続いていると思いたくなるような、そんな日常の風景に思いを馳せ、プレイを終えた今、私は幸せをかみしめています。
今なら、旅する青の魔法使いにも、ちゃんと帰る場所と待っている人たちが居るのだと信じられるから。


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青子と橙子さんの関係が、思ってた以上に普通に姉妹だったことには、ちょっと安心した。確かに本気で殺し合ってたし、憎しみが行き合う関係でしたけれど、それってあくまで魔術師として、であって、最後の掛け合いを見てたら、なんかもう普通に気心の知れた姉妹同士の喧嘩というか、じゃれ合いでしたもの。
まあ、普通の姉妹としても、青子曰く、ワタシの持ち物を片っ端から奪って壊してたのよ、あの姉貴、みたいな話を聞いてると、仲がいいとは口が裂けても言えないですけど。ともあれ、血も涙もない冷たく無関心が常態の関係、というわけではないのは、なんだかホッとしました。