ガンパレード・マーチアナザー・プリンセス 3 (電撃コミックス)

【ガンパレード・マーチアナザー・プリンセス 3】 作画:長田馨/原作脚本:芝村裕吏 電撃コミックス

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熊本近郊へ押し寄せる幻獣群。独断専行で迎え撃つ5121小隊。秋草らは5121小隊の人型戦車の運用法を探るべく最前線へ赴くが…!?
これが、5121小隊の戦争だ!
これまでミリタリー描写……戦争シーンの描き方が緻密かつ誠実だった本作だからこそ、5121小隊という存在の異常性、際立った異常性がこうして見るとよく分かる。外から見た時の、他の普通の戦争をしている面々から比べた時の、彼らの戦う姿はあまりにもおかしい。周りが現代戦を行なっている中で、彼らだけが英雄のいた頃の戦争を行い、そして現実として人類の剣先として一番先端にて幻獣の蹂躙の矛を逆に切り裂いているのだ。
理性と客観性を以て幻獣との戦争を統べようとしている秋草たちにとって、それは許されざる不条理であり、しかし現実として5121小隊こそが人類の希望なのである。
まあなんというか凄い。このように、今回は5121小隊がメインとなって描かれているのだけれど、なまじこれまでがガンパレの世界観をミリタリーの観点から非常に現実に忠実な形で、いっそ生々しいくらいに戦争を戦争として描いてきただけに、5121小隊のとんでもなさというのが余計に浮き彫りになってるんですよね。
面白いのは、そうした5121小隊の異常性について、本作はまず人型戦車の「足回り」から切り込んでいることでしょう。これまで、人型戦車の整備の難しさ……いや、難しいなんてものじゃないな。実戦兵器としては到底成り立たない、並の整備力では稼働率を全く、そう全く維持できない絶望的なまでの整備性の悪さというものは繰り返し語られてきましたけれど、この巻の前半では通常の学生部隊では、人型戦車の運用などまともに出来ようものではない、という事実をこれでもかと叩きつけてくる。人型兵器なんてものは、立って歩くだけでも「破滅的」なのだ。
それを、5121小隊は走らせ跳ばせ、戦場にて舞うように踊らせる。
5121小隊の肝であり根幹は、何よりも整備班、というのを描けているガンパレ作品は、どれも極めて良作だ。そもそも、原作からして5121小隊のメンバーのほぼ半数が整備担当、という人数構成である。人型戦車の戦争が何をベースとしているのか、の考え方が一目でわかる事例だし、本作はあくまでそれに忠実なだけなのだろう。
しかし不条理である。そんな不条理の塊に追いすがろうとする神楽や秋草たち。その目的はいずれ来るだろう幻獣の大攻勢によって訪れる破局の回避。でも、こんな異常の塊を模すことなんて出来るの? 5121小隊の強さに追いすがろうという行為は、どこかイカロスの飛翔を想起させ、いずれ秋草たちは太陽に灼かれて墜ちていくんじゃないかという危うさを感じずにはいられない。彼らが5121小隊に抱く感情は憧れや羨望とは裏腹の憎しみであり怒りであり恨みである事が、果たして吉と回るか凶と出るのか、今はまだ答えは見えない。

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