今週も面白かったーっ。史上、これほど面白い伊賀越えが果たしてあっただろうか。

今更なんですけれど、この真田丸の主人公って真田家だけではなく、家康ももう一方の主人公なんですよね。
この家康公、ほんと好きだわ。

伊賀越えは、服部半蔵正成が先導した、というのが定説ですけれど、この服部半蔵自身は別に伊賀出身ではなく(父親の代で三河に仕えた)、槍の半蔵として勇名を馳せた武将であって忍者のたぐいではなかったんですよね。
この伊賀越えでも、先導はするもののそのやり方といえば「突撃!」「罷り通ります!」「私に続いてください!!」と、突貫突貫突貫、という脳筋っぷり。家康以外知波単学園かっ、と言わんばかりの突撃精神。
まさに、この半蔵も立派な三河武士でござった。駿河のシティーボーイなので一人アウェイ感のある家康さま、どんまい。

しかし、今回本当に面白かったのはあの情報伝達のタイムラグでしょう。これほど、情報を先に握った方がイニシアティブ(主導権)を取れるというのを如実に示した話はなく、同時にこの時代の情報の伝わり方の難しさもよくわかったんじゃないでしょうか。
安土という近場に居たにも関わらず、一旦京都まで足を向けて現地で事実を知るまで時間のかかった信繁に対して、一報こそは遅れたもののその後の詳細については把握するに至った真田昌幸。
いち早く情報を手に入れた、という点では家康一行も同様なんですよね。これは、茶屋四郎次郎の功績も大きいのでしょうけれど。
小県群の中で逸早く本能寺の変の情報を握った上で明智からの使者を押さえて他の国衆に対して情報を握りつぶしているあたりにも注目。
滝川一益が致命的に情報の入手に遅れているのは、これは同情スべきところで、まだ現地に入って三ヶ月も経っていなくて、現地の国衆から全然情報が入ってこなかった、というのも大きかったと思うんですよね。実際、昌幸もまったくこの件については対面してすら伝えなかったわけですし。
史実では、五日後には情報を得ていたみたいで、決してそこまで遅かったわけではないみたいですが。

この滝川一益がまた、まだなにも知らないが故の哀切が感じられて、胸を突く思いをさせられてしまいました。この人の運の無さには、本当に同情してしまう。あまりにも現地入りしてから時間なさすぎたんだよなあ。この人の戦上手さは織田家でも屈指だと思うんですよね。このあとの北条戦でも、負けて逃げ帰ってくるとしか大体知られてませんけれど、合戦の内容見ると大軍相手にかなり孤軍奮闘してますし。

この一益と昌幸の会談で、信長の天下平安の思想を聞かされて昌幸が驚くシーン。これは、昌幸が国衆として生き残ることを最優先に考えてきたが故に、これまで天下泰平なんてものを意識もしていなかった、というのがわかるシーンで面白かったですね。これは、多分殆どの戦国武将の考え方だったんでしょう。
ここで、信長の死を惜しみ明智の謀反に憤る姿が、のちに徳川の世に逆らうことになる自分に返ってくるのだから、また面白し。

上杉景勝が、これは初めてのセリフあり登場か。もしかして、一言も喋らないのか、とちと期待したのですが、テンション低めとは言えさすがに喋りましたねw(景勝、超無口で有名)
でも、上杉のあの信濃に兵を出さない理由、義がどうの弱った織田軍を攻めるなど出来ない、とあり得ない建前で断ってたのを、昌幸さんがバッサリと織田に攻められまくってて青息吐息の死に体だったので、こっちに兵出す余裕なかったか、とバッサリ切って捨ててたのには笑ってしまった。いやまったくその通り!