竜騎士から始める国造り (ファミ通文庫)

【竜騎士から始める国造り】 いぬぶくろ/ニリツ ファミ通文庫

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転生後の世界で奴隷として生きていた俺は、あるとき死にかけの貴族の少年と出会い看取った後、彼と入れ替わりを果たした。そして、侯爵家の長男として竜騎士育成学校に入学し、強大なドラゴンを手に入れることに成功した俺は、辺境の田舎町を統治実習の場として選び、改革を開始した。農地開拓、衛生概念や教育の普及、道具類の開発と、前世の知識を駆使して次々に実現していく。この過酷な世界で、自分の居場所を作るために―。異世界成り上がり興国記登場!
平民や奴隷階級の人間が、貴族や王族と入れ替わり成り代わって、その新しい立場で成り上がっていく。成り代わりモノ、とでも言えばいいのか。須賀しのぶ【流血女神伝 帝国の娘】や杉原智則【烙印の紋章】なんかが思いつくのだけれど、大抵こういうケースでは入れ替わるための工作を行う協力者やバックにつく権力者なんかがつきものなんだけれど、ここまで完全に偶然と成り行きで、誰一人協力してくれる人もいなくたった一人で入れ替わりをやってしまうのは記憶にないパターンだ。
実のところ、平民以下の階級の人間が貴族以上の階級の人間に成り代わるのって相応の「教育」が必要であるんですよね。貴族的常識のみならず、教養というものがどうしても必要になってくるから。その点においては、主人公は奴隷階級出身だけれど、貴族の生活の様子を直接見聞きできるところにいた事と、前世の知識があるという要素があったからこそ、バックアップ無しでなんとか貴族のフリが出来たのだろう。
それでも、口裏合わせや入れ替わった人物を知る人間との折衝、書類関係の工作や不都合をねじ伏せる権力の行使など、入れ替わった事実を秘密のまま維持するのには大きな力を持った人間による助力が必要になってくるものなんだけれど、それを持たない主人公は面白いことに秘密を守ることに関してはそれほど神経を費やしてないんですよね。奴隷として生きるのは地獄。死んだほうがマシな境遇なのだから、この偶然手に入った立場を汲々として守るのではなく、行けるところまで突っ走ってダメならそれまででいいじゃないか、というある種の投げやりな、保身を考えないダメで元々という心持ちなのである。なので、貴族らしくとか、入れ替わった元の少年の真似をしようなんてさらさら考えずに、やりたいように振舞っている。
この一歩踏み外せば奈落の底に真っ逆さま、という状況に自分の身の安全を図らずにずんずんと進んでいく怖いもの知らずな主人公の姿は、なかなか小気味いいんですよね。わりと計算高い性格をしているはずなのに、その計算高さを保身に費やさない姿勢というのは、危なっかしいんだけれど面白い。
これだけ怖いもの知らずだと無茶やらかしそうなのに、元々生真面目な性格なのか意外とやることに関しては堅実というか、一度決めた目標に対しては黙々と遊びを交えず勤しんでるんですよね。
勤勉で堅実な野心家の怖いもの知らず、ってまた厄介なのか何なのか。
ただ、その仕事に対する勤勉な姿勢で他者の信頼を得ることは叶うものの、あんまり他人と打ち解けるタイプではないんですよね、この主人公。いや、ちゃんと他者に対して信頼を寄せ、信用を置き、その人の良い点を見つけては好意を抱き、親しくなった相手には手を差し伸べ、困ったら助けることを厭わない、とまあ普通に見たら良い人なんだけれど、一番肝心なところでは一線を引いている感じがするんですよね。学友に対しても領地の人間にも、使用人に対しても打ち解けてはいるものの、微妙な距離感がある。もしかしたら、相手の人は感じていない距離感かもしれないけれど。その距離感こそが、成り代わりの秘密の分なのかもしれないけれど。
唯一、乗騎である喋る竜だけが心を許しあった親友同士という距離感で接しているのは、なるほど竜騎士モノらしいのかもしれないけれど。
さて彼のこの境遇を楽しみ全力を尽くしながらも微妙に冷めた、或いは投げやりな感覚を胸に抱えているような改革物語。それは野心か享楽か。