最果てのパラディンI 死者の街の少年 (オーバーラップ文庫)

【最果てのパラディン 1.死者の街の少年】 柳野かなた/輪くすさが オーバーラップ文庫

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かつて滅びた死者の街――人里離れたこの地に一人の生きた子供、ウィルがいた。少年を育てるのは三人の不死者。豪快な骸骨の剣士のブラッド。淑やかな神官ミイラのマリー。偏屈な魔法使いの幽霊のガス。彼ら三人に教えを受け、愛を注がれ少年は育てられる。そしていつしか少年は一つの疑念を抱く。「……この『僕』って、何者なんだ?」ウィルにより解き明かされる最果ての街に秘められた不死者たちの抱える謎。善なる神々の愛と慈悲。悪なる神々の偏執と狂気。「約束だ。ちょいと長いが、語ってやる。多くの英雄と俺たちの死の……、そして、お前がここで育った話でもある」――その全てを知る時、少年は聖騎士への道を歩みだす。
これは大作だなあ。新たな世界に生まれ落ちてから、旅立つまでに丸々一巻費やしてるんですよね。そして、その旅立ちまでの出来事がとてもドラマチックで心を打つものになっている。
それは、一つの家族の成り立ちであり、一人の少年の成長と巣立ち。彼の生涯にまつわる信念を、生き様を決定づけるドラマが、ここに描かれているのである。
スケルトンのブラッド、ミイラのマリー。ゴーストのガス、と赤ん坊だったウィルを育てる三人は、既に生を終えたアンデット、不死者であるのだけれど、その心は在りし日の人間のまま。彼らがなぜアンデットに成り果て、この無人の使者の街で暮らしていたのか。なぜ、生者である赤子のウィルが彼らの元で育てられることになったのか。様々な謎と事情を内包しながら、それでも三人の死者たちはありったけの愛情を赤ん坊に注ぎこみながら育てていく。
技術も家事も戦いの技も魔術の知識も、彼らが持ちえるあらゆる知恵と力をウィルに注ぎこみながら。それは、技や知識を引き継ぐ後継者や彼らの目的を果たすための道具として、ではなく、ひたすらにひたすらに、ウィルが生き抜く力を与えるため。自分たちの息子に、存分に生きてもらうために。

死者であるからこそ、もう生きていない存在であるからこそ、彼らがウィルに望む「生きて」という願いは途方も無く純粋で。いや、生きているだの死んでいるだの関係なく、ただただ家族として、親として、彼らは自分たちの子供である少年に、おそらくただ生きることだけでも過酷であろうこの世界で、心身健やかに生きて欲しかっただけなのだ。
家族の愛情、そのなんと大きく広く温かく勇気をくれるものなのだろう。
前世、落伍者として苦渋を味わい、無為に生き無為に死んでいった後悔から、この新しい生では目一杯生きようと志していたウィルだけれど、何よりも彼らの「生きて」という願いこそが、少年を後押しする。
目一杯の尊敬、目一杯の親愛。自分の存在すべてを与え合い、注ぎ合う家族の関係。それは、最後に明かされることになる三人の死者の真実と、彼らとウィルに与えられることになる試練によってその真価を試されることになるのだけれど……試すことすらおこがましい、神の手管すら跳ね除けるこの死者の街の家族たちの生き様には、ただただ胸が熱くなるばかりだった。目尻が熱くなるばかりだった。
最愛の息子を送り出そうとする家族たちの、そんな死者たちを守ろうとする少年の、互いを守ろうとする姿の、なんと愛に満ちていることか。

この物語に、どこか神聖な雰囲気が漂うのはそんな彼らのひたむきな愛情の深さによるものなんだけれど、それだけではなく、この世界に関わる神々の神秘的な存在感が、この静謐なぬくもりにひと味を加えてるんですよね。
より直接的に現実世界にコミットするこの世界の神々なのだけれど、かと言って卑俗な存在などではなく、とても神秘的で尊さを感じさせる大いなる存在、って感じなんですよね。それでいて、上から威光を投げかけるようなものではなく、どこか身近で寄り添いながら見守ってくれているような愛情を感じさせてくれるのである。人の在り方を無言で尊重しながら、その心映をずっと近くで見守ってくれている、その信念を寄り添いながら支えてくれる。もし、心が弱ったならばそっと傍で支えてくれる。本来あるべき、神の愛を体現しているかのような、この世界の善神たちは、そんな慈しみと愛情に満ちた存在なんですよね。
この作品が、この主人公が、パラディン……聖騎士という神に使え、神に捧げる騎士になっていく行く末に、素直に祝福を送りたくなるのも、彼を導く神様がそれだけ敬愛に足る存在だからなのでしょう。とても神秘的でありながら、深くぬくもりに満ちた愛情を感じさせてくれる存在だからでしょう。
家族からの愛、そして神からの愛。とても素朴で、だからこそ偉大な想いが目一杯に詰まった少年の成り立ち、その旅立ちの物語である。