建築士・音無薫子の設計ノート 謎(ワケ)あり物件、リノベーションします。 (宝島社文庫)

【建築士・音無薫子の設計ノート 謎(ワケ)あり物件、リノベーションします。】 逢上央士 宝島社文庫

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「――つべこべ言わず、アナタはこの部屋にしなさい」
建築を学ぶ今西中(いまにしあたる)が、風変わりな喫茶店で出会った小柄な女性。
彼女こそ今西がこれからインターンとして働く建築事務所の代表、 音無薫子(おとなしかをるこ)だった。
天才的な観察眼と奇抜な発想で依頼に応える彼女の元には、ちょっとワケありの依頼人ばかりが訪れて……。
イケメン助手に謎多き喫茶店のママ(?)など個性的な面々に囲まれて、 今西のインターンライフがスタートした。
想いの数だけ設計図がある――新感覚“建築"ミステリー開幕!
リフォームは今や知らない人はいない言葉になったけれど、さてリノベーションなんて言葉を知っている人がどれだけいるものか。私は知りませんでした。リフォームが老朽化した建物を元の状態に修復する、という意味合いが強いのに対して、リノベーションは元の建物の機能をより高めたり、付加価値をつけたりとアップデートするみたいな形で建物に手を加えることを言うみたいですね。
というわけで、本作は依頼人が持ち込んできた案件に対して、依頼人たちの事情により深く踏み込み、その建物にまつわるあれこれを調べた上で、依頼人が考えていた以上の付加価値を加えて提案しようとするお話である。
ただし、依頼人の意見は聞かない!
依頼人には口を挟ませず、実際にリノベーションされた建物を見てからカネを払うか決めてくれ、というなかなかに強引な手法である。まあ無理だよね。拒否すればただで元に戻してくれる、という契約があるにせよ、依頼人側の意見を聞かない、というのを受け入れる人はそうは居ないはずだし、実際に満足してもらえなかったらタダ働きどころか、改造から元に戻す修繕費まで全部設計事務所持ちって、一度失敗すればそれで簡単に経営破綻しそうである。幾らなんでもリスクが高すぎる。
とは言え、音無さんの話だと依頼人自身その建物に何を望んでいるかわからない状態で、その人の意見を聞いたところで仕方がない、という話もわからなくはない。結局、建築の素人でしかない普通の人は、建物に対して明確なビジョンというものはなかなか持ち得ないものですからね。でも、それを建築士と話し合いながら叩いていき、解答となるプランを見つけ出していく、というのが順当なやり方なのでしょう。それを、音無さんは敢えて依頼人の意見を介入させず、第三者的視点から依頼人の家庭の事情や過去、周辺情報などを集め、考察することで依頼人が無意識に真に求めている建物の形を導き出していく。それは、地道な情報収集と明智な分析、それに基づく細緻な推測と実に探偵じみているやり方だ。
同時に、それはビジネスライクな設計ではなく、依頼人の心情を深く掘り下げ、彼らの今までの生き方とこれからの未来に寄り添った、功利とは別のやり方とも言える。
建築士として、自分が何を求めているのか。それがわからないまま、これじゃない、という思いばかりが膨らんで建築士を目指す情熱を失いかけていた今西くんが、不動産という財産としての建物ではなく、その人が生活する、毎日を過ごしていく、思い出を貯めこんでいく生きた家としての建物を提供していく音無さんの仕事を手伝っていく上で、自分の中の建築士として描いた夢を、手応えを再発見していく、という流れは派手さはないものの、順当なものだったんじゃないでしょうか。
迷走していた自分をもう一度取り戻していく過程で、不和になって別れていた彼女ともう一度雰囲気良くなっていく、というのはこのやろう、と思わないでもないでしたけれど。この彼女もわりと傍観的というか、自分でなんとかしてやろう、とは思わないのね。厳しいとも言えるし、なかなか突き放した見方をした女性である。お互い自立していないと許容出来ないタイプなんだろうか。
あと、冒頭のシーンの、あらすじにもある「――つべこべ言わず、アナタはこの部屋にしなさい」という音無さんのセリフは、つかみとしてはどんなものだろう、と首を傾げる。いやこれだけ見ると、高圧的で客を客とも思わない傍若無人な人物に思えてしまうし。実際の所、音無さんは感情的にならず丁寧に細部に渡って説明して相手が納得するまで手間を惜しまない信頼の置ける人物で、高圧的とか居丈高とは縁のない人柄なのに。これは誤解を生むと思うんだがなあ。