「定め」。自らの死の原因となった人形について源次郎に問われた時に利休がこぼした一言。その意味を、源次郎も視聴者もその時は理解できなかったのだけれど、あとに真相が明らかになり背筋が薄ら寒くなる。

その「定め」は、真田源次郎信繁の「定め」でもあるじゃないか。


今回は今までにない構成だった。まずは北条征伐から時間が飛び、お捨こと秀吉の嫡男鶴松がわずか三歳にて危篤に陥る場面からはじまり、そこから遡るようにして利休切腹の話が回想として語られることになる。
それだけ、この豊臣の後継者の喪失という大事件を重たく描きたかったのだろう。利休の死を先に描いてしまうと、その分鶴松の死が後ろに追いやられてしまうことになるし。利休の死、そして大和宰相秀長の死という豊臣政権の屋台骨である二人の死を、内包という形で一つにひっくるめたかったのか。

秀吉が寵愛する利休を追い落とすために、大谷刑部と石田治部が助けを求めたのは既に死相濃くなられていた秀吉の弟、秀長公。自分の死を悟っていた秀長は、最期の御奉公として豊臣政権内部で絶大な発言権を有し始めていた利休を、自らの道連れとすることを選択する。
自分の死したあと、秀吉自身が亡くなったあとの鶴松が継ぐ豊臣政権をどうやって支えるか。それは絶大な権力者一人が支えるのではなく、有力大名が協力して支える体制こそが最適であり、だからこそ政権内に一人の突出した権力者を作るべきではない、と諫言するのである。
弟の最期の言葉に、感情少なく考えこむ秀吉。この時点で、ふたりとも鶴松の先が長くないなんてこと思いもよらなかったんだろうなあ。
そして、秀長の構想の中に甥・秀次の名前は出てこない。秀長の中でも秀次の評価とは、その程度だったのだろうか。この甥は、健気に秀長の役割を引き継ごうと覚悟を固めていたというのに。
この後、図らずもこの秀次がまさにその突出した立場の持ち主になってしまっていくのである。
少なからず、秀次の行く末にこの秀長の言葉が影響合ったのかと思うと複雑極まる。

鶴松危篤の際に、豊臣一族として集められた五人。秀吉の猶子となり一門扱いされた宇喜多秀家、北政所さまの甥にあたり、のちに小早川家に養子に行くことになる秀秋、そして秀吉の姉の子となる長兄秀次、次兄秀勝、三男秀保。
秀次の最後とはまた別に、彼の弟であり美濃を与えられた秀勝、秀長の後を継いで大和宰相となった秀保、この一門衆の若者二人も、文禄の役のあたりで若くして病没してしまうのである。

しかし、利休切腹の立役者を石田治部ではなく、大谷刑部の方にしてしまうんだな。先頃からの、大坂城の良心と思われていた刑部殿の暗黒具合が凄まじくなってきた。利休を嵌める形で秀吉に対して事実と嘘を織り交ぜるかたちで讒言して蟄居という罰を引き出すと、今度は利休に対して秀吉が口にしなかった切腹の沙汰をしれっと織り交ぜて命じることで、利休宗匠の運命を決定づけてしまう。
また鶴松危篤の夜、既に鶴松が死ぬことを前提にして明日以降の予定を立てて準備を進めようとするところなど、情無く冷徹にして冷淡、というのは石田治部よりもむしろ大谷刑部の方と言って過言ではない様相である。
鶴松の病は、利休の呪い、という世間の噂に対しても、呪われるなら自分のほうよ、と一笑に付す刑部殿であるが……それフラグだよ!!
しかし、この徹底して情を排して倫理に背を向け、豊臣政権を支えるための理に徹する姿は、天下を運営する政治家であり官僚としての覚悟みたいなものが透けて見えてくるんですよね。狂気とか闇とか、そういう情緒的なものではない、恐ろしくシステマチックな姿勢なのである。

一方で、大陸伝来の薬草を見舞いの品として持ってきた真田昌幸パパと薫ママ。それを渡されて、薫と一緒に薬作るべさー、とクッキングをはじめる片桐且元。前の裁定の時の沼田問題プレゼンといい、この人は、こんなんばっかりかー!!

北条征伐で戻ってきた沼田城。でも、城主は矢沢の大叔父ではなく信幸が引き継いだのね。でも、信幸の下でも城主気分で勝手に城の拡張とかやっちゃう大叔父さまに、信幸の怒りが爆発。しかし拗ねる、知らんもんワシー、とばかりにそっぽを向くYAZAWAw この人はー。
そんな金と人と暇があるなら、領民のために使いたかった、と良いこと言おうとしてたら、隠し扉を作動させてしまって外に放り出されるお兄ちゃん。お兄ちゃんwww
このへん、未だに戦乱に備える大叔父と、既に平安の世の中で領地経営を進めていこうとする信幸の意識の差、世代格差が見えてくるなあ。

利休等身大人形は茶々のオーダーで、しかも大徳寺への寄進も茶々が何気なくアドバイスした結果。原因は茶々にあり。きりちゃんが怯えてるけれど、まさに茶々が悪気なく関わったことで、どんどん人を不幸にしてしまう連鎖が続いてるんですよね。
利休切腹を前に、利休の点てたお茶を飲む源次郎。そこには、かつて景勝とともに見様見真似で茶の湯の真似事をしていた少年の姿はない。
金で人を操るは業。しかし、その深い深い俗物の極みとも言うべき業こそが、利休を茶の湯に極めさせたというのだから、それもまた業ではないか。


清正と正則の水垢離祈願のお誘いを、やらん、の一言で断る石田佐吉。
それに対して激高するまでもなく、冷たく誘ったのが間違いだった、と出て行く清正。佐吉に対しての感情が冷めてしまっていて、しかしそれでも未練がましく言葉をかけてしまう清正の思いがなんとも……。
でも、あとから追いかけてって、一緒に水垢離しちゃう石田さん!! 上半身、イイ筋肉ついてガタイいいじゃないですか、石田さん!!
また、バカの相手は疲れる、とか言ってしまうんじゃないかと思ったんだけれど、むしろこの時は大谷刑部の相手をするほうが辛かったのか。むしろ、刑部殿と鶴松の死後のことについて淡々と実務するよりも、清正たちと純粋に鶴松の快癒を願ってなにかしたかったのか。



秀吉に、源次郎が良いことばかり考えましょうとふき込むが、それが唐入りにはじまる秀吉の暴走のトリガーを引いてしまったのだとしたら、この後の混乱、そして豊臣家の衰亡を招いたのはまさに源次郎ということになってしまう。

鶴松が死ねば、豊臣家を引き継ぎ支えていくのは自分の役目となる。秀次、自らが関白を継ぎ、天下を収めていく覚悟を決めるのであった。そこに、かつての気弱に自分では役者不足と嘆いていた男の姿はない。分不相応でもやり遂げようという男の顔がある。
そして、きりちゃんにプロポーズ。それ、死亡フラグが立ちました! ギリギリで死亡フラグを躱しつづけるキリちゃん。
家康や本多佐渡は、秀次を無能ではないが天下を治めるには甘ちゃん、と評しているけれど、ほんとタイミングの問題だったんだよなあ。彼のその甘さこそがタイミングさえ良ければすっぽりとハマるように天下を引き継げた要因になっただろうに。


鶴松、峠を越えることが出来ずに幼くわずか三歳弱にして早世。
フラフラと、寝所を出て行く茶々。悲しむことをやめてしまったこの女性は、自らが腹を痛めた子の死にすら、死んでしまったらそばに居ても仕方ないじゃない、と平坦な顔で源次郎に嘯き、遠くへ遠くへ歩いて去っていく。
ぽつり、とこぼした、みんな死んでしまう、という言葉がその表情と言葉を裏切っているというのに。
誰よりも、自分の死神のようなありかたに怯え、震えていたのは茶々本人なのだ。
そして、そのまま去っていく茶々の前に立つのは北政所お寧さま。一礼して避けて通ろうとする茶々の前を遮り、そして抱きしめるお寧さま。
悲しむことをやめたはずの茶々が、茶々が……泣いたよ。子供みたいに、子供に戻ったみたいに泣きじゃくる。
ああ、お寧さまは茶々相手にすら母であるのか。母を亡くして、涙を捨てて笑って生きてきた茶々が、子を失ったこの時に、お寧の抱擁に母を感じて自らが戻れなかった子供に戻って泣きじゃくる。
なんて、シーンなんだろう。
この真田丸の、今までにないもの、というのがこのお寧さまと茶々の関係なのでしょう。どの作品でも、お寧と茶々の関係って犬猿の仲ばっかりだったんですよね。ところが、この真田丸では茶々はまあ無邪気にザクザクとお寧さまの心をえぐったりするものの、ちゃんと正室として北政所を立てて交流をしており、お寧も時々凄まじい眼で見据えたりするものの、茶々のことを側室として丁重に扱っている。
わりと穏当な関係だったんですよね。
そこにきて、これである。
これから、茶々が秀頼の誕生を経てどうなっていくかはわからないのだけれど、意外とお寧さまとの関係はこのまま行きそうなんだよなあ。


言葉もなく、号泣もなく、身罷った鶴松の亡骸を前に座り込んだ秀吉の手にするでんでん太鼓の寂しい音だけが響いていくラストシーンは、なんかもうすごかった。


そして、最後にこれだけは言いたい。
婆様、元気じゃないか!!
もうサブタイトル的に、前回の予告で床から離れられなくなってたっぽいとり婆様、ついにここでお別れなのか、と悲しい気持ちに陥ってたのに……。途中で、戻ってきた小山田茂誠とお松姉さんに見舞われて笑顔で岩櫃に行くという二人を見送った婆様のシーン見て、ああもうすぐ、と胸を痛めていたのに。
婆様、粘った! ってか、当然のように次回予告で元気にふんばってるんですけど、婆様ww
いやあれが最後の見納め、となるかもしれないと勘ぐってしまうのなんとも言えない気分になってしまうのですけれど。
にしてもこう言ってはなんだけれど……とり様、しぶとい!!