クロックワーク・プラネット3 (講談社ラノベ文庫)

【クロックワーク・プラネット 3】 榎宮祐・暇奈椿/茨乃 講談社ラノベ文庫

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―全部、全て、何もかも、壊れた。死んだ地球のすべてが、時計仕掛けで再現・再構築された世界―“巨大兵器”が放った電磁場が、あらゆる時計仕掛けを否定する。自動人形も、全身義体も、区画・秋葉原さえも帯磁し静止する中、ただ人だけは一〇〇〇年前から変わらず、変われず、蠢き続ける。保身、欺瞞、虚偽、理想―空転する閣議と、国家非常事態宣言。“人々の総意”による破滅を前に、ナオトは嘲笑う。「行こうぜマリー、邪魔する奴は全部ブッ潰せばいい―!」現実は空想を超える!今一度、あの奇跡を証明しろ―!榎宮祐×暇奈椿×茨乃が紡ぐオーバーホール・ファンタジー第三弾!
ああ、歯車が噛み合った。
唐突に現出したミッシング・リンクの天才たるナオトと、人類の最果ての限界に到達した天才であるマリー。非連続性の中に浮くナオトと、連続性の到達点であるマリー。二人の天才はその立脚点のあまりの違いから、これまで相容れること無く、協力はしてもそれぞれ独立した歯車として動いていたんですよね。その力学は決して噛み合わず、同じ方向を向いていても、作用しあう事はなかったのだ。規格が合わない、論理が合わない、法則があわない、意味が合わない。その凄まじさをお互い認識し、それ故に憧れ焦がれ嫉妬し憎みすらしながらも、決して届かないもの、相容れないもの、歯車の歯は決して噛み合わないのだと、理解していたのだ。納得していたのだ。受け入れてすらいたのだ。
それが、常識だった。常識的な考えだった。
なんて、バカバカしい。
その常識を超越して、人類の範疇を飛び出してしまったのが彼らだったというのに。自覚なく、人の領域を逸脱してしまっていたのが、彼らだったのに。もはや、神とすら謳われるに至ってしまったハグレモノであったのに。
何故、常識を受け入れてしまっていたのか。
噛み合わないのなら、合うように壊せばいい。理解できないのなら、理解できるように破綻させればいい。連続していないのなら無理矢理に繋げればいい。到達点に至ってしまってそれ以上乗り越えられない壁が現れたのなら、そんな壁ワープしてすり抜けてしまえばいい。飛躍せよ、解釈をひっくり返せ、すべてを否定し受け入れろ。答えはすでにそこにある。天才とは、真理をつかみとる者の事を言う。
ついに、ブレイクスルーを迎えたマリー。そして、足りない欠落を埋めきったナオト。二人が足りないものを伝え合い、すり合わせ、壊し合って埋め合った時、噛み合うはずのない歯車が、完全に合致した。単独で、人外魔境の領域だった二人が完全に噛み合った時、生じた現象はまさに人の御業を遥かに超える、神の領域へと加速する。
これは、マリーが人類の限界を超えたと同時に、人という存在の理解の範疇の外に居たナオトが、人の領域へと降りてきた、とも言えるんですよね。前巻まで、どうしても彼の思考についていけないものを感じていたのだけれど、繋がった、ようやく繋がった。人間の枠内から外れ、人の心からも外れ、非連続性に孤立していた
ナオトの心が、ようやく人間に繋がったのだ。マリーが、届かせてくれた。ふたりとも、明らかにもう人間の領域外へと突破してしまったのだけれど、彼らの到達した地点にはちゃんと道が続いているのである。行こうと思えばいける、という可能性をつなげてみせてくれたのである。彼らだけが特別であるように見えるけれど、続こうと言う思いを失わなければ、そこにたどり着けるのだと、人の限界点をさらに先へと進めただけであるのだと、それを示してくれたのだ。
彼らだけが凄いのではない。もっと純粋に、人の可能性とはここまで凄いのだ、というのを二人の歯車の合致は、証明してみせてくれたのだ。
正しく、マリーは人類の可能性の代表を担い続けている。彼女のブレイクスルーは、人類のブレイクスルーなのだ。それを、どれだけの人が理解しているかわからないが、少なくとも彼女を先生と仰ぐ技術者集団たちは、正しくそのことを理解しているようで、安心できるし頭が順調におかしいと思う。
黒幕みたいなのが出てきたけれど、こういう輩はグチャッと爽快につぶしてほしいなあ。すべてを掌握し、すべてを見下してせせら笑って偉そうにしているやつほど、潰れたカエルのような声で鳴かせてほしいものである。

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