弱キャラ友崎くん Lv.1 (ガガガ文庫)

【弱キャラ友崎くん Lv.1】 屋久ユウキ/フライ ガガガ文庫

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これが人生(クソゲー)攻略の最前線!
人生はクソゲー。このありふれたフレーズは、残念ながら真実だ。
だって、人生には美しくシンプルなルールがない。あるのは理不尽と不平等だけ。自由度が高いなんてのは強者の言い分で、弱者には圧倒的に不利な仕様でしかない。

だから、クソゲー。
あまたのゲームに触れ、それらを極めてきた日本屈指のゲーマーである俺が言うんだから間違いない。
――だけどそいつは、俺と同じくらいゲームを極めてなお、「人生は神ゲー」と言いきった。
生まれついての強キャラ、学園のパーフェクトヒロインこと日南葵。しかも、「この人生(ゲーム)のルールを教えてあげる」だって?

……普通は、そんなの信じない。
だけど日南葵は、普通なんて枠にはまったく嵌まらないやつだったんだ!

第10回小学館ライトノベル大賞優秀賞受賞作。弱キャラが挑む人生攻略論ただし美少女指南つき!
廃ゲーマーの人生ゲームだなあ。
大方のゲームプレイヤーってのは、そこまで必死になってゲームを極めようとはしない。苦しい思いをして、必死になって、脳みそを焼ききれそうなほど加熱させ、丹念にミスを潰していき、可能性を追求しようとはしないのだ。苦行を経て、極みに至ろうとは思わないのだ。緩く、ふんわりと上達して、思うとおりに動かせるようになって、楽しい楽しいとはしゃいで面白がる「楽」を得ようと思ってゲームをやる。プレイする。遊ぶのだ。
でも、この子たちにとってゲームは遊びじゃないんだなあ。そして、そのゲーム感覚を「日常を過ごす」という人生ゲームにまで転写して、極めようとしている。最も、その方向はリア充型一極攻めなのだけれど。
個人的に、人生をクソゲー呼ばわりするこの友崎くんは、リア充人生に元々興味津々であり、幾度も挑んだのだろう。そもそも、興味も関心もなければクソゲー呼ばわりすらしないのだ。無関心であり、無視であり、無知である。なにそれ、そんなゲーム在るの? 知らない、やらない、どうでもいい。これが、関心のないゲームに対する基本対応である。
クソゲーだクソゲーだ、と叫ぶ時点でどれだけ悔しい思いを抱えているのか、その憤りこそが思い入れの深さなんじゃなかろうか。
でなければ、幾ら的確にして適切であったろうと心折れそうな残虐非道な葵の出してきた課題に、一切逃げずに挑めるものか。ってか、あれはボッチにはハードル高すぎます、先生! 無理無理、いやあんま考えんと普通に話しかける分にはともかく、あれだけカッチリとルール決めて課題出されると、意識してやるの辛いわ怖いわしんどいわ。この「意識して」というのが大事なポイントなんだろうけれど、これにビビって逃げ出さずにちゃんとやる友崎くんは、むしろ自然にリア充ポディションに収まっている人たちよりもよほど「ライトスタッフ」なんじゃなかろうか。
そして、それを自力でやり続けている日南葵……この女の尋常じゃないゲーマー魂、尊敬に値する。彼女の言葉は全部彼女自身が身を切るようにして実践し続けてきたものだけに、説得力が全然違うんですよね。一体何が彼女にそれだけの原動力を与えたのか。

いずれにしても、昨今の……必死になること、一生懸命頑張ること、何かに夢中になること、一心不乱に傾倒すること、努力することをバカにする風潮、気持ち悪いと遠ざける空気、それを真っ向から否定し、必死になることの懸命に頑張ることを肯定し、応援し、手助けするこの作品の意気はここちの良いものでした。
いいんだよ、人間頑張っていいんだよ。報われなかろうと、何かに必死になるって、格好悪くたっていいんだよ。

でもまあ……これだけは付け加えておこう。
頑張らなくていい、ってそれはそれで素敵なのよ?
楽しいだけでも、いいんだよ?

その違いは善悪ではなく良し悪しである。場合にもよるし、メリハリも大事である。

日南葵の、必死に頑張る姿の裏に透けて見える、その余裕の無さは気になるところ。どこか、張り詰めた爆弾の気配を感じるのだ。同類にして、同じ方向に全力を傾けることを選んだ友崎くん。彼女のドツボに行き当たり足を突っ込むのが今から楽しみである。