ちょっともう、きりちゃんすげえわ。まさか、大坂入りを止めるんじゃなくて、むしろ断ろうとしていた源次郎を叱咤して、行け!! と言う方に回るとか、信じられん。すげえわ。大河ドラマの女性登場人物としては異質と言っていいくらいのキャラクターになったんじゃなかろうか。
自分の幸せは此処にあるんだ、という源次郎に、源次郎様の幸せなんかどうでもいい! とまで言い切ってみせたときには、胸の奥から震えが来ましたよ。
そうかー、そうかー。ずっとずっと、真田源次郎を幼いころからずっと側で見続けていたきりが、そう云うのなら。源次郎信繁に助けを求めている人がいるなら、その人のもとへ行くべきだ。この世に、真田源次郎が何かを成し遂げた証を残せ、と言うのなら。それが、かつてきり自身が、人を不幸にすると曰った茶々の元であろうと、きりが源次郎のやりたいようにするべきだ、と言うのなら。
思い残すことは無いよなあ。
源次郎が家族や幸せを捨てたのではない。思い出が、過去に出会った人たちが与えてくれた言葉が、そして今傍らで生きている人たちが、行けと、背中を押してくれたのだから。
行けるのだ。

それに、源次郎を大坂に来てくれ、秀頼様を助けてくれ、茶々様を守ってくれ、と誘いに、懇願しに来たのが、よりにもよって片桐且元さまだったんですよね。徳川との和睦交渉で逆に徳川への内通を疑われ、大坂城を追われることになった片桐さまが、それでも自分の代わりに源次郎に助けてくれ、と頼みに来たのです。
今、大坂城に居て苦境に立たされている面々が源次郎を引き入れるのではなく、大坂から離れざるを得なくなった人が、大坂に行ってくれ、と。

この構図だと、源次郎が大坂入りすることに、恨みや後悔が生じないんですよね。大坂の茶々たちを恨めしく思うこともなく、家族を捨てたと源次郎自身が後悔することもない。
何より、きりの叱咤に心打たれた源次郎が、縁側で回想するこれまでの人生、そこで出会った人たちの言葉が、なんかねー、納得を与えてくれた。
今年の1月からおおよそ10ヶ月。長い長い時間かけて描かれてきた真田源次郎の人生が、その生き様の中で得た多くのものが、この回想の中で思い返されて、なんだか胸いっぱいになってしまった。
どのシーンも忘れられない感慨の中にある。これだけ濃密で、これほどまでに充実した、こんなにも素晴らしいドラマが、今集大成へと至ろうとしているのだ、という事実が実感として押し寄せてくるかのようだった。

タイトルにある「幸村」。決断した源次郎が、大助に命じて作らせたクジ。それは、新たな自分の名前を決めるクジ。そんなとこ、昌幸パッパに習わんでも、と思わないでもないのだけれど、大坂に行くか行かないかをクジで決めようとするよりはマシな話か。そして、大助がツボの中から引いたのは「九度山村」の村の字。
そうか、九度山村の村なのか。それだけ、源次郎にとってこの村の生活が掛け替えのないものだった、という意味を込めたのかどうかは定かではないけれど……。

真田左衛門佐幸村の、誕生である。

それにしても、今回のきりちゃんには本当に震えた。大河史上に残る女性登場人物になったんじゃなかろうか、というくらいにはすごかった。