さあ、ついに大坂冬の陣の開幕ですよ。
その開戦の号砲は大坂城西南部に気付かれた木津川口砦から。真田丸でも、丁度そこの守備を任されていた明石全登が不在でしたが、実際主将である彼は会議のために大阪城内に戻っておりそこを蜂須賀勢に攻め込まれてあっさりと砦を落とされてしまっています。

また続いて大坂城の北東に位置する場所でも攻防があり、これが先日ブラタモリでもスポットがあたっていた「今福の戦い」になるわけですね。
この時、大坂方は大和川を挟んで北の今福堤、南の鴨野堤に三重の柵を設置して徳川方の侵攻を防ごうとしていました。ブラタモリの番組内でも語られていましたけれど、当時この付近は水田などの湿地帯となっていて、軍勢を動かせるのは大和川の両岸の自然堤防となる堤の上だけだったんですね。

ここで、南の鴨野堤に侵攻したのが上杉景勝。北の今福堤を攻撃したのが常陸の戦国大名として有名な佐竹義宣率いる1500。この当時は関が原で西軍についたために、秋田20万国に転封となったあとですな。
この時、まだ大坂方は大した軍勢を堤に貼り付けておらず、鴨野堤を守備していた井上頼次(父は斎藤道三の庶子とも弟とも言われる長井道利なので、美濃の蝮の孫にも当たる人物)、今福堤を守っていた矢野正倫(断絶した元豊臣政権三中老の一人である中村一氏の重臣)・飯田家貞が大軍に攻められ討ち死に。

これを見た大坂方も城内から援軍を出して、鴨野堤には大野治長が一勢を率いて押しかかり、一度は上杉勢を後退させるものの、猛烈な逆撃にあって結局堤を維持しきれずに後退。
この時、家康は上杉勢の奮闘を見て、それだけ頑張ったのだからもう十分、疲労もありましょうから別の部隊と交代しなさいな、と促しているのですけれど、これを上杉景勝はここは自分が戦で取った場所であるのだから、他には譲りません、と撥ね付けています。
真田丸では、家康に嫌味を言われながらいびられ、終始消極的な様子だった上杉景勝ですけれど、実際には冬の陣において特に奮闘、活躍したのがこの上杉勢だったりするんですよね。

一方、大和川の北側である今福堤では、潰乱する矢野・飯田勢を見た木村重成が一人で飛び出し、佐竹勢と対峙するのですが、丁度南の鴨野を占拠した上杉勢から、川越しに横合いから銃撃を加えられて二進も三進も行かなくなってしまうのです。
これを城から見ていて、後藤又兵衛に救援に向かうように命じたのは、豊臣秀頼だという話です。真田丸だと、源次郎が木村長門と後藤又兵衛に一緒に出撃を指示していましたけれど、なんか自然と源次郎が総大将みたいな流れになってるなあ、真田丸。
今福堤は、後藤勢が来援したことで一気に形成が逆転。又兵衛は木村勢を対岸の上杉勢に射撃させて頭を抑え、その間に佐竹勢に襲いかかったのであります。この猛攻に佐竹勢は耐えきれずに潰乱。この時、又兵衛は銃弾を左腕に受けているのですが、ここは真田丸でも描写されてましたね。でも、又兵衛は構わず突撃。佐竹勢は藩政改革を主導したほどの重臣である家老・渋江政光が討ち死にして1500いた兵も散々追い散らされるほどの被害を受け、たまらず上杉や堀尾、丹羽勢に助けを求めて、応じた上杉勢などが側面から押し寄せてきたために、数で劣る後藤・木村勢は支えきれないと判断して速やかに撤退するのであります。
真田丸では為す術なく撤退した、みたいな描かれ方をされてましたけれど、今福の戦いでは木村・後藤両勢ともに十分奮闘していました。特に、木村長門守はこれが初陣ですから大したものです。

その後も、大坂方の内情を把握しているかのように、徳川勢は周辺の出城を攻めだしたのを疑問に思った毛利勝永が源次郎に囁くのである。内通者がいるんじゃないのか?
んで、源次郎が目星をつけたのが、実に怪しい振る舞いをしている織田有楽斎。彼を台所に呼び出して、密談という形で試しに情報を流してみたら、案の定教えたそこを狙って徳川勢が砦を落としてしまったんですね。
それで確信を深めた源次郎ですけれど……いやちょっと待って欲しい。源次郎くん、その密談聞いてる人がッもう一人後ろにいるんですけれど!! 源次郎、うしろうしろ!!
まあ実際、冬の陣では織田有楽斎の息子が実に怪しい動きをしていて、織田親子は内通してたんじゃないか、という話が根強く残ってはいるんですけどね。でも今回はやっぱり後ろ、後ろ!!

また、しばらくぶりに源次郎正室の春と、きりちゃんが登場。梅の二の舞いを恐れて絶対に春には城から出ないように、と厳命する源次郎に春ちゃん若干不満そうなんだけれど、源次郎の必死な思いがその春の手に重ねた手から伝わってくるかのようで、お互い手を握り合って見つめ合う二人は良い夫婦してるんですよね。
それを、横から覗くきりちゃんと茶々さま。怖いよっ!! めっちゃ見てるよ!!
拗ねたわけじゃないだろうけれど、茶々さま、きりちゃんを自分の侍女やんなさいよ、と無理やり任命してしまうのである。だが待って欲しい。茶々さまの侍女って、冬の陣では超ウルトラ死亡フラグじゃん!!
ここに来て、関わるものは絶対ハードラックし殺してきた死亡フラグの申し子である茶々さまと、どんな死亡フラグも頭からツッコんで頭から突き破って無効化してきたきりちゃんとの、直接対決である!!

ところでこのシーン、何気に重要なことを源次郎が口走ってるんですよね。春さん相手だからこそ、本音が出たんでしょうけれど。たとえ戦がどうなろうと、徳川の世が覆ることはもうない。良くて、秀頼公はどこか地方の一大名として生き残ることが出来るかもしれない。でも自分は?
死に場所は求めていないのかもしれない。本気で勝つ気でいるのかもしれない。でも、戦い終わったあとのことはもう何も考えられていないんですよね、源次郎。

さて、きりちゃんを従えた茶々さま、秀頼公が自ら督戦して士気をあげようというのを寄ってたかって諌められてしょんぼりしたのを見て、自らが鎧着てみんなを鼓舞してあげますよー♪と張り切りだしてしまうのでありました。
秀頼公が兵士たちの前に出るの、源次郎まで止めるとは思わなかったなあ。これについては、源次郎の経験不足が露骨に出てしまった感もある。
太閤殿下がかつて来ていたあのフリル付きの派手派手鎧を着込んで、ノリノリで現場を回る茶々さまだけれど、周囲はあっけにとられるばかりで士気などあがるものではなく、それどころかこの城を仕切っているのが誰なのか、兵士たちははっきりと顔を見てしまったんですよね。
この城の行く末は、この女によって左右されている、と。
源次郎も苦い顔をしていましたけれど、これは大失敗だったんじゃなかろうか。

一方、江戸ではお松様の報告を聞いていた信之兄様が物憂げ。こちらから見ると、大坂方には勝ち目一つもないんですよね。もうこのときには源次郎の運命も覚悟してたんじゃないだろうか。
でないと、源次郎のために何かしてやりたい、とあそこまで思いつめることもないでしょうしね。初陣で頑張ってる息子たちをすら差し置いて。稲姫様、お怒りですけれど。

そう、信之のところに大坂方に兵糧横流ししね? 仲間に加わんなよっ。と、誘いに来たのは豊臣恩顧の大大名福島正則と、同じ七本槍の平野長泰。平野さん、お久しぶりっす、ちーっす。
いやもう明らかに幕府に対する叛逆案件なんですよね。バレたら絶対にお取り潰し確定。それでも、豊臣家のためになんとかしたい、真田の兄さん、あんたも源次郎のために何かしてやりたいんじゃないか? と仲間になるように詰め寄ってくる二人。特に平野さん、源次郎のためじゃぁ! って、あんた一生恨んでやるぅー、とか言ってたのに。
しかしですよ、この平野長泰。実際に史実でも大坂の陣の際は豊臣方につこうとして家康に直訴までしてるんですよね。いや、直訴って馬鹿正直な。勿論、ダメ出しされた挙句に江戸留守居を言い渡されてます。でも罰などは与えられておらず、その後も旗本として務めを果たしているので、そのバカ正直さと忠義心は好まれたんでしょうなあ。
さすがにこの件は稲姫に秘密にしておくわけにはいかず、正直に話して「いいかな?」とねだるのですけれど、めっちゃ叱られてしまう信之兄ちゃん。そりゃあ当然である。その上、他に秘密にしてることあるんじゃないの? と突っ込まれる始末。すごすごと引き下がっちゃう信之兄ちゃん、仕方ない仕方ないよ。と、思ってたら、おこうさんがささっと近づいてきて囁くんですよ。今蔵を見てきたらそば粉がこれだけあります。これで蕎麦掻きを作ったらこれだけ持ちますよ、と。おこうさん、真田家が大名になって以来、正室の稲姫と息の合ったコンビを見せていたのですけれど、ここにきて「真田家」の為ではなく、ただ愛する夫と可愛かった義弟のために動こうというのか。


大坂では、ついに本格的な衝突が南部で始まろうとしていました。真田丸から見渡す南方には、徳川方の各大名が軒を連ねて大軍勢を並べている。その中に、自分たち真田勢と同じ赤備えの一勢を源次郎たちは発見するのであります。その赤備えは徳川四天王と呼ばれた井伊直政の息子、井伊直孝が率いる軍勢。
それを眺めながら、あの赤備えにも此処に至る物語があるのだろうなあ。聞いてみたいものですなあ、と語り合う源次郎と高梨内記……。
って、それ思いっきり来年の番宣じゃん!!
来年の大河ドラマは井伊直虎。義理の息子である井伊直政を、お家争いから守りながら一人で育てた女城主が主役、ということで来年は井伊家のお話なんですよね。
思いっきり、作中で来年の大河ドラマのアピールしてるじゃん!!
こんなん初めて見ましたわ。笑った笑った。

それはさておき、徳川家康から真田丸攻めを命じられたのは上杉景勝と真田兄弟。上杉のお館様、もうめっちゃブルーになってて見るも不憫。一方の真田も信政は張り切るものの、信吉たち一同はどうしたものかと頭を悩ませる。で、矢沢三十郎である。指笛を吹いたら、現れたのは佐助じゃないですか!!
こらこらこらこら、思いっきり大坂方と通じてますよ、この人たち!!

ともあれ、もうすぐ上杉と真田による真田丸攻めがあるとの情報を得た源次郎。甥っ子たちと戦うのも定めじゃ、と嘯いていた彼ですけれど勿論率先して戦いたいわけではなく、敬愛するお館様や甥っ子たちと槍を交える前に、こちらから仕掛ける作戦に。

真田丸では、出城の南にある篠山に初陣となる大助と堀田作兵衛を派遣して、山頂からあの上田合戦の時の源次郎と同じように大助に旗を振らせて高砂を歌わせます。時代を経て、父子が同じように旗を振って初陣を飾る。これぞ、大河ドラマよなあ。

この時、大坂城の南方に陣を敷いていた主な武将は、東から前田利常、井伊直孝、松平忠直、藤堂高虎といった面々で、特に真田丸に当たることになるのは前田勢と井伊勢だったんですね。これについては、面白い記事が今月号の歴史群像に掲載されてまして、関が原以前真田丸のあった場所は当時前田利家のあとをついで五大老の一人に就任していた前田利長が、大名屋敷を構えていてそこで周りの大名屋敷を吸収合併しつつ、拠点を築いていた、というんですね。
ドラマ真田丸における徳川暗殺未遂事件でも、徳川屋敷が半ば砦みたいな様相を呈していたように、当時の大名屋敷は防衛機能を備えていて、前田屋敷はそれをさらに強固とした、それこそ出城レベルのそれを築こうとしていた、という話なのです。
当然の話しですが、大坂城を作った秀吉が自分の作った城の弱点を知らないはずはなく、大坂の陣以前にも弱点を補強する手はずは整えていた、それを特に信頼する前田利家に任せていた、と。この真田丸近辺には前田家のみならず多くの大名屋敷が軒を連ねる大名屋敷街になっていたそうで、関ヶ原以前に徳川と前田家が一触即発となっていた時期に、前田利長がここを特に強化して備えていた、という話なのです。その大名街の中には井伊家の屋敷もあり……。
つまり、真田丸攻略に前田家と井伊家が当てられたのは、勝手知ったる場所だからではないか、という記事で非常に面白い内容でありました。

さて、真田丸決戦は大助が前田勢を上手く誘引して誘い込んではじまった、という形になっていますが、実際前田勢は家康の命で野戦陣地を組んで大砲を準備してから真田丸攻略にかかるはずだったのを、真田信繁が兵を篠山まで派遣して、そこから嫌がらせのように鉄砲を浴びせかけてその邪魔を何日も続けていたそうで。
そこで、篠山を抑えようと兵を派遣したものの、そこは既にもぬけの殻。なので、勢い任せに真田丸まで近づいたら、そこで挑発を受けてそのまま攻め込んでしまったのであります。
当初は篠山攻略のつもりで城攻めのつもりではなかったために、竹束など仕寄りの道具、あの前回家康が実演していたような準備は何もしておらず、しゃにむに突っかかったため、そこを鉄砲や弓、投石をかけられてえらいことになってしまうのです。
前田家が戦いを始めてしまったのを見て、横に陣取っていた各武将たちも動き出すのですが、ここで大坂場内で火薬を誤って爆発させてしまう事故が発生するんですね。

そう、佐助が仕掛けていたあれです。史実では、大坂城南側の中央部にあたる八丁目口を守っていた武将の一人である石川康勝(石川数正の次男)の隊が起こした事故で、櫓が燃えて康勝もやけどを負うほどの被害が出ているのですが、これを徳川方は内応を約束していた南条元忠の返り忠の合図と勘違いして、突撃を開始してしまうのであります。ところが、南条元忠は既に裏切りがバレてて処刑済だったりして、完全な誤解だったんですよね。
お陰で、待ち構えていた大坂方の正面に徳川方は無防備に飛び出してしまうことになり、凄まじい死傷者を出してしまうことになりました。
トドメに、ここが攻め時と見た源次郎信繁は息子大助幸昌と、伊木遠雄(元豊臣家黃母衣衆・と言うことは元源次郎の同僚?)隊を出撃させて、松倉重政・寺沢広高隊を蹴散らし、壊乱した両隊が越前・松平忠直隊になだれ込んで混乱したところを、城内からまた猛射を受けて大損害を出し、最終的には数千近い死傷者を出す羽目になったそうです。
何気に、大助の初陣って史実の方が大活躍してるんですよね、これ。

ドラマでも、予算をここの注ぎ込んだ、とばかりの大掛かりなセットでの大合戦。上下二段からの鉄砲や、投石など……ようやったなあ。それぞれの兵士や武将の動き、甲冑姿での働きなどほんと見応えあったのですけれど、惜しむらくは……エキストラの少なさかなあ。前田勢だけでも二万近くいるはずなのに、どうしても画面に映る人数が少ないんですよねえ。これはもうちょっと工夫できなかったかなあ、と思うのですが。
城のセットや、実際の合戦の様子など素晴らしかっただけに、ちともったいなかった気がします。
それにしても、最後の出撃あれ考えたら大助の武功なのに、源次郎取っちゃってるじゃんww
おまけに、本来なら大坂城北側の守りについていた毛利勝永が、出番ないからか一人で出張ってきていいところ持ってってるし(笑
ドラマでは真田丸での戦いがクローズアップされていますが、この時合戦は南側全面で起こっており、特に激しかったのが中央の八丁目口あたりなんですよね。主力となって働いたのは長宗我部勢でもあり、後藤又兵衛など他の諸将も大いに活躍しております。

ともあれ、徳川方を追い払い、勝鬨をあげて盛り上がる大坂方。皆、満面の笑みを浮かべて肩を叩き合い、盛り上がっていました。これこそ、大坂の陣における最高潮、だったんでしょうなあ。
それを指揮した源次郎に、尊崇の念を顔いっぱいに浮かべて名将真田左衛門佐の差配お見事でした、と賞賛してくる若武者木村重成に、大きく息をついて床几に腰掛けた源次郎は、こっそりと囁くのです。
「これは内密だが。かような大戦、私も初めてなのだ……心の臓が口から飛び出しそうであった」
そう言って、冷や汗を垂らしながらも茶目っ気たっぷりに笑んで見せる源次郎に、木村長門は目を見開きながらも秘密を共有した仲間のような、それ以上に親愛と尊敬をブレンドしたような身近な笑みを見せて、秀頼公に報告してくると言い残して、去っていくのでした。
源次郎は、この茶目っ気というか愛嬌こそが、昌幸パパにも信之兄ちゃんにも信尹叔父上にもなかった彼独自の魅力なんでしょうなあ。

この魅力に一番中てられていたであろう上杉景勝、お館様はこの源次郎の活躍の一部始終を目撃し、目に一杯の涙を浮かべて感極まったように破顔一笑して、こう叫ぶのでありました。
「日本一(ひのもといち)の兵(つわもの)! 真田左右衛門佐!!」

己が貫けなかった義を、代わりに貫いてくれた、息子のように思っていた男の活躍に、お館様の思いはいかばかりのものだったか。そんな主を見守る直江兼続の、あの慈愛に満ちた表情と来たら……。

見応えたっぷりの、45分間でありました。