戦国小町苦労譚 三、上洛 (アース・スターノベル)

【戦国小町苦労譚 三、上洛】 夾竹桃/平沢下戸 アース・スターノベル

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戦国の乱世に迷い込んで早三年…生き残るため、存在価値を示すため、がむしゃらに農業改革に邁進していた静子だったが、いつの間にか信長から要職まで任されるように。そしてついに「女が軍勢にいると宣しくないという験担ぎなどぶち壊す」と言いだした信長のせいで、戦場デビューを果たすことに!そんな後方支援の甲斐あってか、いよいよ上洛を果たす信長。一方、濃姫が新しい料理人を雇うことになるが、そこにいたのは静子もよく知った人物で―
足満はいくらなんでも名前変だよなあ、と改めて思ったり。それはともかくとして、戦国時代への時間遡行が実は静子メインなのではなく、あくまで彼女の方は巻き込まれ、だった可能性を示唆する人物の登場である。まあ、どうしてタイムスリップしてしまったのか、という方面には話はそれほど掘り下げないみたいなので、あくまで散りばめられた設定としての話限定のようだけれど。
相変わらず、静子の知識の引き出しがガチで凄い。彼女が生産系の中でも特筆に値するのはあくまでこの時代に存在するモノと技術レベルによって様々なものを生み出していることなんですよね。用いるネタも初めて聞くようなものばかりであると同時に、なかなかに堅実でもあり、信長の保護と支援があるからこそ資材なども手に入れられるとはいえ、彼女がもたらしたものというのはほぼ全部が静子がいなくなってもなんとか維持、発展させられることが出来るまでに実用と定着がなされている。
本作が面白いのは、そうした技術開発ネタが単なる作業メモや読むのが辛いただの薀蓄を書き連ねたものになってなくて、さらっと読めるように噛み砕いてわかりやすくまとめた上で、物語の流れに上手く浮かべてスルリと入り込むように描いてあることなのでしょう。この絶妙な塩梅はさり気ないものではあっても作家としての腕前を確信させられるものなのだ。
にしても、三巻……静子が信長の元に落ち着いて三年も経つと信長の方もいい意味で静子に対して遠慮がなくなってきてるんですよね。それ以上に、ただの臣下として以上に可愛がっているのだけれど。静子に対する我儘と、それを上回る親身な気遣いは静子に利用価値があるというだけでは説明できないものになってきてますしねえ。家に対してではなく、信長個人への忠誠と親愛。これが信長当人の意識にもたらしている変化が生み出す、彼の他者へのあたりの変化はかなり歴史への舵取りの変転にも関わっていて、興味深い限り。
ここに、静子命の足満と近衛前久という庇護者が加わるわけで、それだけ静子の身の安全というものは確かになってきているはずなんだけれど、逆に言うとそれだけ庇護者がしっかりしていないと危うい立場に追い込まれかねないくらいには、静子もやりたい放題やっている、という考えもあるわけで。
勿論、静子も決して野放図にやっているわけでも、織田政権内での立ち位置について真剣に考えていないわけでもないのだけれど、信長を前に狼たちを枕に寝こけてる姿を見ると、基本呑気もいいところなんで、そりゃあ周りの人たちが自分たちが何とかしてまもってやらないと、とは思っちゃうか。
まあ怪しい動きを見せているのが、羽柴秀長の方というのは面白いところだけれど。本作だとどうも秀吉がそこまで切れ者っぽくないんですよね。もしかしたら、秀長が黒幕で外面の良い兄貴をうまく操縦して出世街道に乗せている、というスタイルなのかもしれない。静子に敵対的という建前だった柴田のおっさんと佐々くんは、ほんと建前だけでなんかあっさり籠絡されちゃってるし。まあ彼らの場合対立点は深刻なものではない、と言っても拗らせると修復不可能なタイプではあるんだけれど、打ち解ければどうとでもなるものでもあったからなあ。
しかし、本作で魔王と呼ぶのに相応しいのって信長じゃなくて、奥さんの濃姫の方ですよねこれ。傍若無人で享楽的というだけでなく、感情の機微に疎い信長に変わって対人謀略戦も担ってそうだし、織田家の奥だけじゃなくて、裏方全部掌握してるんじゃないだろうか。信長、全然頭上がってないww

農業に留まらず、生産・商業システムそのものが静子のもたらしたものに端を発して変革され、凄まじい勢いで国力の強化を実現する織田家。領地を増やして勢力を拡大していくのとは根本的に異なる、しかし他の追随を許さない織田家の富国強兵策は戦国時代そのものを震撼させ、各々の立ち位置を揺さぶることとなる。
それが織田家包囲網をもたらすことになってしまうのだけれど、既に内外に楔が打たれているわけで……静子の近衛前久へのアプローチはいわばターニングポイントでもあったのか、なるほど。

1巻感想