ワールド・イズ・コンティニュー (ファンタジア文庫)

【ワールド・イズ・コンティニュー】 瀬尾つかさ/早川ハルイ 富士見ファンタジア文庫

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異世界フルシエラ―その世界に召喚された者は『闘神の使徒』と呼ばれ、『クラス』を選び、『スキル』と『レベル』を伸ばしながら魔物と闘い、エリア開拓に挑んでいた。ゲーム好きの浩史はこの世界の謎に迫るためレベル100を目指す。しかし魔物の強さは異常でゲームバランスとしては最悪。そんななか浩史が選んだのは弱体魔法特化の錬金術師、そして“死んでも蘇る”を繰り返すスタイルだった!?強敵に怯まず苦境を何度も乗り越える姿に「コージの心は強い…わたしも強くなれる?」魔法戦士の少女・ハイシェンの折れかけた心にも希望が戻り―。ピーキースタイルが異世界攻略の道を拓く!!
「レベルを上げて物理で殴れ」という方法は単純に真理であるのだけれど、考えてみるとこれってゲームバランスが取れた良質なゲームであってこその理屈であるのかもしれないなあ。容易に詰みかねないゲームだと、進行は非常に慎重に行わなければならない。戻ることの出来ないゲームなら、最初に選択した方向性でその時点で詰みかねないからだ。
この作品世界の場合、死んでも生き返ってやりなおせる、というトライアルアンドエラーが出来るものの、ゲーム自体をリセットして最初からやり直したり、転換点となるポイントまで巻き戻る、ということは出来ないために、どうやったって前に進むことの出来ない状況が現出してしまう世界である。
古いゲームプレイヤーなら経験はあるだろうか。ダンジョンのボス前でセーブしてしまって、ボスは倒せずしかし戻るルートは封鎖されていて脱出もできず、ゲーム自体進めることができなくなってしまった経験が。
普通は、幾つかストーリー進行に添ってセーブポイントを残しているものなんだけれど、興が乗ってリターンポイントとなるセーブを残さず進めちゃっていたり、そもそも古いゲームだとセーブストック自体一枠しかないものも決して少なくなかったんですよね。
あの、二進も三進も行かなくなってしまった時の目の前が暗くなる感覚は忘れがたいものがある。あれ、復活の呪文を忘れてしまうケースよりも最悪なんですよね。少なくとも「復活の呪文」形式は、以前のメモが残っていることが珍しくはないですし、その日のプレイは無駄になってしまったとしても、やり直しは出来るわけですから。
ボス前セーブポイントの場合は、もうゲームそのものを一からやり直さないといけないわけで、ほぼ確実にココロが折れます。
当然、現実で同じことが起こった場合の地獄は想像に余りあるものがあります。何しろ、現実ではゲームの電源を落とすことは出来ない。不老不死のプレイヤーは永遠に行き詰った牢獄のなかで精神が崩壊するのを待たなければならない。
そんな結末を、最初から組み込んでいるかのように「自壊死」という自殺システムが最初から装備されているあたりに、この世界の仕組みの恐ろしさが溢れ出しているのではないでしょうか。
ぶっちゃけ無理ゲーすぎるだろう、これ。
そんな中で、この世界の仕組みを開設したと思しき女性の弟として、姉が作るピーキーすぎるゲームを幼い頃からプレイして、味わい尽くし攻略し尽くしてきた主人公は、この世界の仕組みの勘所というものを肌で習得しているわけで、スタート地点でまったく違っているんですよね。
それでも、「死」という凄まじいストレスに全く怯まず、死んで蘇って不備を解消して、を繰り返していく浩次の異常性こそが、彼の躍進の最大要因なのでしょう。何しろ、死ぬことに対して全く負荷らしいものを感じてないようだものなあ。
作者の作品としてやや珍しいなあ、と思うのはプレイヤーが戦闘を行うための環境構築に政治要件が含まれていないことか。瀬尾さんの作品って、だいたいにおいて組織力学や政治力学によって戦闘を行うにあたって幾つもの障害や阻害要因が発生していて、それらを排するために或いは有利な状況に転換して、戦闘従事者に十全以上の力を発揮させるための環境整備を行う「政治家」としての役割を負ったヒロインが登場するんだけれど、本作では戦闘フィールドが非常に限定された場所で展開されて、ほぼどうやって能力を上げてボスを攻略するか、という戦闘面に限定されていて、物語において語られる工夫や工作もその方面に集中しているわけだ。その意味では、実験作でもあるのだろうか。
でも、決して「政治家」タイプのヒロインがいないわけじゃないんですよね。ダンジョンの外で待機して支援を担っているクラスメイトの子が明らかにそのタイプで、穿ってみるならば既にこの一巻の舞台となる閉鎖フィールドに浩次が挑むという事自体が、そのクラスメイトの子が整えた環境である、とも彼女と浩次の通信内容を見たら考えうる範疇なんですよねえ。
そう考えると、瀬尾さんが最近書いていた一迅社文庫の【高度に発達した魔法は神の奇蹟と区別がつかない】が政治パートに物語の進行やキャラの動向の比重が置かれていたのと真逆の構成になっているわけで、色々と面白い。
これでメインヒロインが、他の作品だとサードヒロインタイプとなるトリッキーな食わせ者系だったら面白かったんだけど、ハイシェンのキャラは天然無垢な子犬系なので、そのあたりはオーソドックス、と思ったけれど、ハイシェンって天然な分規定に捕われないフリーダムな自由人なところがあって、基本二人きりでの行動となってる中でそのフリーダムさはなかなかツボをつく部分があって、けっこう好きかも。
この一巻、ラストの展開を見るとただのチュートリアルだった可能性も高いので、ストーリーの進行や他のヒロインの動向も本番は次からなんじゃなかろうか。とにかく、ある程度ヒロインが揃ってから、だわなあ。

瀬尾つかさ作品感想