大坂城から江戸に戻る道程で一夜の宿とした古寺で、信之が出会ったのは同じく江戸に帰る途中だった本多正信でありました。
本多佐渡のことだから、なぜここに信之が居るのかは大方悟ったのでしょうけれど、この人は何にも言わないんですよねえ。こんな情深く意を汲み取ってくれる本多佐渡守がかつて描かれた事があっただろうか。
その夜、同じ部屋で寝ることになった信之は、本多佐渡のイビキのうるささにまるで眠れなかったわけですけれど……この時は夏の陣の方ばかり気になってぼけーっと見てたのですけれど、あんまり佐渡のいびきが酷くって思わず半笑いになってたんですけれど、次の場面に行ってしばらく経ってからあれ? と違和感が通り過ぎていったんですよね。
これ、この瞬間果たしてどれだけの視聴者に戦慄が走ったんだろう。
そう、本多佐渡守正信は寝てる時、あれだけいびき掻く人だったのである。これまで、何度も本多佐渡が居眠りしているシーンを見てきたけれど、一度も彼がいびきかいているシーンなんか見たこと無いぞ!!!
一度たりとも、見なかったんだぞ!!
最後の最後にこのいびきかいて寝る本多佐渡をぶっ込んでくる三谷幸喜……すげえわ、ほんとすげえわ。


NHKの番宣でダメ田十勇士というのやってたんですね。なんか真田勢の格好した小汚え8人が出てきた時は、十勇士だ十勇士だ、と笑ってたのですけれど、キャストは全然気づかなかった。みんなベテランの芸人じゃないか。
それはそれとして、ついに徳川方の間者であった厨番の大角与左衛門を問い詰める源次郎と佐助。
それこそ織田家の頃から秀吉に使えていた大角与左衛門だけれど、それは忠義のためではなく呪詛のようなものだったのね。娘を秀吉に手篭めにされ、母娘ともに失った彼はその人生をかけて豊臣家を呪い続けていたのだ。
原因、秀吉じゃねえか。
ここであっさり大角与左衛門が自害してしまったのには意表を突かれたんですよね。史実においては大坂城に火をつけるのはこの男でしたからね。じゃあ大坂城を炎上させる展開はどうなるんだろう、と首を傾げていたら……まさかの手落ち。大角与左衛門死んでなかったじゃないかっ! 源次郎が死んでなかったことに気がついていなかったのか……いや、佐助がついていながらそれは考えづらいので、見逃してしまったとしか思えないんですよね。
そうかぁ、ここで最初期の頃に野伏に襲われた際に兄上に「敵はきっちり殺せ」と叱られた件が数十年の時を経て源次郎に舞い戻ってきてしまったのか。
豊臣方の決定的なチャンスを、生きていた大角与左衛門が潰してしまったのだから、結局源次郎の手落ちが原因となってしまうんですよね。

幾つもの失敗をしてしまっている源次郎ですが、この最終回において彼が成し遂げた一番のことは、きっと茶々さまを生かしたことだったんじゃないでしょうか。
死を呼ぶ女として周りの親しい人間たちを意図せず次々と奈落の落としてしまい、自身も死に魅入られたように死に焦がれ、同時に幼児のように死に怯えていた茶々さま。
その彼女に、源次郎はついに生きる勇気を与えることに成功するんですよね。もっとも、これは源次郎の手柄というよりも、茶々様の頑張りじゃないかとも思うのですけれど。
目の前に迫った滅びと死の影に怯えて泣きじゃくっていた茶々さまが、嗚咽を飲み下して取り乱しきっていた心を必死に立て直して、気丈に源次郎の励ましに応えた姿には感動すら覚えたんですよね。
あの竹内結子の演技は素晴らしかった。この時、茶々さまは確かに死への恐怖と誘惑を克服したのである。
最期、武士として気高く死にたい、と出陣しようとする秀頼を止めた茶々さまは、決して息子可愛さだけじゃなく、現状を理解していないのでもなく、源次郎の策を信じて最後まで生きることを諦めないという決意を漲らせての制止だったんですよね。それは、ふとした瞬間自ら死の領域に飛び込んでしまいそうな儚く妖しげな雰囲気をまとい続けていた今までの茶々さまには決して持つことの出来なかった、強い生きる意思の発露であったのだ。
暗い櫓の中で最期を迎える瞬間まで、茶々さまだけはあの触れれば壊れてしまいそうなフワフワとした存在感ではなく、キッと眼差し強く最後まで信じることを諦めない強い存在感を発していたんですよね。秀頼を含めて、周りに座する人たちが皆もはや死人のように薄ぼんやりとした気配になっていた中で、それが特に印象的で……ああ、茶々さまは最期までしっかりと生きたんだなあ、と思うことが出来たのでした。
最期の最期で、茶々さまはその人生に常につきまとっていた呪いのような死の影を、克服してみせたんだなあ、と。


そして、ついに最期の一日が開幕する。秀頼の出陣を前に、毛利勢と徳川勢が交戦状態に入り、なし崩しに激突が始まってしまうのですね。ここで、流れを逃さないために源次郎は決戦を決意。毛利勢とともに真田勢は全面に布陣する徳川勢に突撃を開始するのである。
このときの真田勢、毛利勢の攻勢はまさに天下に名を轟かすに相応しい凄まじいもので、徳川家康の本陣は突き崩されて、三方ヶ原の戦い以来という家康の馬印が倒される自体にまで陥ってしまうのである。
特に、毛利勝永勢の突撃はどんだけだよ、と思うくらいの武将を蹴散らしてるんですよね。
まずは本多忠勝の次男である本多忠朝の部隊を粉砕して忠朝を討ち取ってしまい、忠朝に従っていた松下重綱(織田家に仕える前に秀吉が仕えた今川家の武将松下之綱の嫡男)を一蹴。さらに奥州の大名秋田実季、浅野長政の三男である常陸の大名浅野長重、そして真田信吉・信政兄弟の部隊を壊乱させ、信濃の名族小笠原家の秀政と嫡男の忠脩、次男忠真の一勢を粉砕。忠脩はその場で討ち取られ、秀政はその場は逃れたものの手傷が重くその晩に没してしまい、忠真も辛うじて一命を取り留めるという重傷を負わされてしまうのである。
まだまだ続く。
武田家の旧臣で真田家と同じ信濃の豪族であった保科正光の隊も正光が負傷し撤退に追い込まれ、徳川四天王榊原康政の息子である榊原康勝、信濃の名族諏訪家の諏訪忠恒、仙石秀久の子でこれも信濃の小諸の大名となっていた仙石忠政らの部隊も次々と撃破。榊原康勝はこのときの戦傷が原因かはわからないものの、しばらくあとに亡くなってしまっている。
そして、ついに徳川本陣の前に布陣していた酒井家次(徳川四天王酒井忠次の息子)が大将を務める大名が集った第三陣を突破し、ついに家康本陣に突入するのである。

この時、真田勢も前面に布陣していた松平忠直(家康の次男結城秀康の嫡男)の1万5000の隊を打ち崩して家康本陣に突入。毛利勢はこれからしばし遅れてからの本陣突入だったらしく、家康はすでに遁走したあとだったようなんですね。

もう伊賀越え以来の家康様、ガチ逃走である。
真田丸だと、部下も一緒にわーーっ、と逃げ散っているのだけれど、実際はもっと酷い有様だったようで、家康を守るべき旗本たちも我先と逃げ出してしまったみたいで、もうわやくちゃである。
遅れて突入してきた毛利隊は、家康を探し回りながら救援のために来援した本多忠純(本多佐渡の三男)、藤堂高虎隊と井伊直孝隊をぶっ飛ばして回ったものの、その頃家康を追い回しまくっていた真田隊が、軍勢を立て直した松平忠直の逆襲を喰らって壊滅、さらに毛利勢にも襲い掛かってきたので、ついに機を失った毛利勝永は撤退。そのまま明石全登の援護を受けて城へと帰還するのである。

……無茶苦茶である。
すでに江戸時代には真田ばっかりもてはやされてるけれど、毛利も凄かったんだよ、という提言がなされていたそうですけれど、このときの毛利勝永の活躍たるや、リアル無双なんですねえ、いやはや。
これは勝永勢の強さも去ることながら、同時に徳川勢の体たらく、とも言えるわけで、それだけまともに戦場の兵法を実行できる将が減ってしまっていたということでもあり、名実ともに戦国の終焉だったんですなあ。


真田丸においても、最後の合戦描写。やっぱりエキストラの数が少ない気もするのですが、それでも騎馬武者姿の真田源次郎の迫力は素晴らしかった。
そして、矢沢三十郎との邂逅。泣きながら源次郎に槍をつける三十郎を一蹴し、「小物に構うな」と彼を捨て置き去っていく源次郎。
「源次郎さまぁ!!」とすがるように泣き叫ぶ三十郎の声が、また悲痛で胸を打つんだ。その三十郎が見送る源次郎の背中が……。
背中が、別れを告げている。これが、背中で語るってやつなのか。


一方の岡山口の方でも、大野治房の隊が秀忠本陣への突入に成功。秀忠くん、親子で「逃げ恥」である。まっこと見事な逃げっぷり!!
いやでも、治房と秀忠の「日本語で喋れ」という唸り声と叫び声の応酬にはなんか笑ってしまった。

しかし、勢いもここまで。ここが最大のチャンスと見て、秀頼出馬を乞うために城内に戻った大野修理が、豊臣の馬印である千成瓢箪を城に一緒に持ち帰ってしまったがために、それを見た豊臣方の将兵が総大将が逃げた、と勘違いして一気に士気が崩壊してしまったのである。
これまで真田丸では男を見せ続けていた大野修理、最後の最後で大失態である。いやでもねえ、これまでの頑張りを見ているだけに、もう怒れないよこれは。だいたい、さっさと秀頼が出陣してこないのが悪かったのですから。
その秀頼が出陣をためらったのは、生きていた大角与左衛門が逆に源次郎を徳川と内通している、自分の怪我はそれを目撃してしまったために口封じで襲われたのだ、と訴えたものだから、大蔵卿がそれに乗っかって秀頼の出陣を制止してしまったのである。ここで、また決断できない秀頼が出てしまうんですね。この期に及んで裏切りを心配しても仕方ないでしょうに。
そうこうしているうちに、大角与左衛門が大坂城に火をつけ、炎上しだす天守閣を目撃した家康は、ここが戦局の転換点だと見極め、逃亡から一気に攻勢へと打って出るのである。
まさにまさに、この戦場の機を見抜くことこそが歴戦の将の特殊能力なんですよね。最後の戦国武将たる徳川家康の面目躍如である。
豊臣勢は敗走を開始。真田勢も千々に散らされてしまう。

高梨内記は、孫同然の大助を秀頼のもとに行かせ、自身は城内に押し入ってくる敵兵を狭い廊下で迎え撃ち、奮闘の末についに息絶えるのである。懐に忍ばせた昌幸の位牌を握りしめながら。
内記に関しては、開始当初から登場していたもののキャラクターとして映えを見せ始めたのって、九度山に篭って頭を丸めてからのような気もするんですよね。老いてなお意気盛ん、むしろ老いてからの方がカッコよかった。真田丸攻防戦での武者振りは素晴らしかった。

そして、作兵衛。野戦で源次郎をかばって矢に鉄砲を浴びまくり、さらには周囲を敵兵に囲まれて槍をつけられ、あそこで討ち死にしてしまったのかと思ったら、あれだけ傷を負いながら城内まで戻ってきてたんですよね。そして、自らが育てていた畑の上で、畝を蹴散らして襲ってくる敵兵を打払いながら自分は決して作物を踏み潰すことなく暴れまわった末に、ついに畑の上で大の字になって潰えるのである。
義理ながら実の娘のように育てていたすえを、そして妹うめを想いながら。
源次郎をかばっての死に様ではなく、畑の上で死なせるという演出は作兵衛にとって最上の描き方だったよなあ。

そして、千姫を徳川の陣に送り届ける途中で、きりは乱戦の中を騎馬で一直線に疾駆していく源次郎を目に止め、その姿を見送るのである。
もう別れは済ませたからでしょうか。きりはただ源次郎の名前をつぶやくだけで、何もいいません。そして、千姫を家康たちのもとに送り届け後、そっと姿を消すのでありました。
その後のきりがどうしたか、どうなったかは描かないままに、彼女は消えていくのであります。
きりが見た源次郎は、きりが煽った結果として己が生きた証を立てられたのでしょうか。少なくとも、きりの胸の中には走り去っていく源次郎の姿こそ、まさに生きた証そのものとして焼き付けられたのではないでしょうか。


最期の源次郎と家康の邂逅は、もう講談の出来事なんですけれど、最後の最後に対面しないと決着はつかないよなあ。
「戦でしか己の生きた証を立てられないような輩が生きる場所はもうこの世にはない!!」
自分が生きた証を残そうと死力を尽くしていた源次郎にとっては、家康の言葉は痛いなんてものじゃなかっただろう。
そして、源次郎の叫びもまた家康の言葉をある意味肯定するものだったんですよね。お前はもう過去の遺物に過ぎないという家康に、源次郎が訴えたのは既に亡くなったもの、去っていったもの、過去に失われていったものの想いばかり。そこに未来を語る言葉はなく、今を生きる人の想いはなく、ただただ過去からの叫びだけが語られるのだ。
誰よりも、源次郎自身がそれを痛感していたのかもしれない。でもだからこそ、そのもう過去となってしまった戦国時代の最後の刃として、銃弾として、代弁せざるを得なかったのだ。
まさに、戦国時代の終焉を、このシーンが象徴していたのだろう。理想の戦国武将の幻影たる源次郎が、現実の最後にして最強の戦国武将たる徳川家康によって過去のモノとされることによって。
「さらばだ、源次郎」
伊達政宗と上杉景勝が、源次郎の最後の勇姿に背を向けて、次の時代へと歩き去っていったように。
そして、自分を殺してももう何も変わらない、と胸を張る徳川家康。彼にとっては自分ですらももう、過去の遺物として処理しても良かったのかもしれない。最後の戦国武将もまた、もう必要なかったのだ。
そして、そんな家康を絶体絶命の中から救い出したのは、来援した徳川秀忠。
あの秀忠を眼にした時の、思わず綻んで慌てて顔をしかめて「遅い!」と言った家康の嬉しそうな顔が、またねえ。初めて秀忠が登場した時の、あの息子を見る冷めきった眼を思い出せば、この二代目の成長は得難いものではないでしょうか。才気迸りながら、ついに中身空っぽのまま成長の余地を得られなかった秀頼とあまりにも対象的である。

衆寡敵せず。佐助の助けもあってなんとかその場を脱したものの、既に満身創痍。寺で体を休めていた源次郎の元に現れたのは、一組の徳川兵。もはやこれまで、と膝をついて首を差し出そうとする源次郎に、彼の最後は「この首を手柄にせよ」と敵兵に自らを討たせた逸話にするのか、と思ったら近づいてきた敵兵に、握り込んでいた苦無を突き刺してぶっ殺したーー!!
こ、これはかつて九度山で亡き昌幸爺様が、孫の大助に仕込んでいた卑怯極まる不意打ち戦法!!
この期に及んで、それやるかーー!!

しかし、もはや動くこともままならず、源次郎は佐助に介錯を命じて、ついに真田源次郎の人生に終止符を打つのである。
空を見上げるその顔は、晴れ晴れとしてもう憂いはない。
生き切った、走り切った人生であったと、言わんばかりに。

その頃、同行していた本多佐渡の領地で、佐渡守の領主としての心構えの薫陶を受けていた信之のもとに、一報が舞い込むのでありました。
大坂から緊急の報、という言にすべてを悟った本多佐渡が、一瞬すごく痛ましそうな顔で信之を見やったのが印象的でした。
そして信之もまた、懐で結び目の切れた六文銭を見て、結末を悟るのである。しかし、彼は表情を変えず、ただただ真田の象徴たる六文銭を握りしめ、「帰るぞ」と故郷へと、ついに弟が帰ることのなかった国へと歩を進めるのである。

最後の最後まで、この真田丸は真田源次郎の物語であると同時に、真田兄弟の物語でありました。また、三谷監督の語るとおり、二代目の苦悩の物語であり、最新の学説を意欲的に取り込み、ドラマへと昇華させた、歴史ファンも大いに満足させてくれる素晴らしい作品でした。
果たして、今後これを上回る真田幸村のドラマが作られることがないんじゃないか、と思えるくらいに。


前半の天正壬午の乱編、中盤の大坂編、そして最終盤の大坂の陣編。どれもわりと雰囲気違う感じになっていたのですけれど、どれも本当に面白かった。でも、ワクワクさせられて楽しかったのはやっぱり最初の天正壬午の乱あたりだったかなあ。あの頃は何が起こるか本当にさっぱりわからなかったし。一応歴史上では何が起こったか知っているにも関わらず、一寸先は闇とばかりに展開が目まぐるしく転がりまくって、「わからん!」という状態が本当に楽しかった。

人物的には、そりゃもう色んな魅力的な人たちが居ましたけれど、敢えてあげるなら自分は本多佐渡守正信に一番魅了されました。これほど情が深く人格者であり、謀略家として頭が切れ、恐ろしくも優しく懐の深い人物に、本多佐渡が描かれるとは思わなかったなあ。もう、ほんと好きになってしまいました。
それに比肩するのが、真田信尹叔父御でしたね。この人、もう喋れば名言しか出てこないような格好良さで、最後から最後まで惚れ惚れさせられっぱなしでしたよ。
女性の登場人物の中では、やはり茶々さまでしょうか。竹内結子の名演もあってか、今までの淀君のイメージを一変させた、と言っても過言ではないほどの妖艶にして儚く無垢な茶々さまだったんじゃないでしょうか。
そして何より徳川家康。丁度、自分の中の徳川家康という旧来の腹黒陰険狸というイメージがひっくり返ってきていた時期に、この真田丸における内野聖陽演じる徳川家康はどストライクだったんですよねえ。ラスボスでありながら、これほど魅力的でいい意味で隙だらけで愛おしくなる徳川家康が居たでしょうか。もう徳川家康
という歴史上の人物込みでファンになってしまいましたよ。
他にも、室賀さんから北条氏政、板部岡江雪斎、石田三成、大谷吉継、豊臣秀吉、関白秀次、と出て来る人出て来る人みんな忘れられない魅力的な描かれ方がされてて、思い返して反芻するだけでポワポワと何か込み上がってくるようです。
だからこそ、もう真田丸終わったんだなあ、と思うと寂しくて……。
一年間、長くも短い一年間でした。こんな楽しい大河の時間は初めてでした。これからも果たしてあるかどうか。幸せな時間を、ありがとうという想いです、はい。

来年の井伊直虎が、果たしてどこまで見れるものになるか。期待、出来るかなあ。