近所の小規模な映画館で、年明けくらいから上映していることを先日知って、折角の機会なので見てきました。
車で行けるシネコンではやってなかったんでね、どうしようかと悩んでたところだったので幸いでした。
しかし、前売り券が基本的に売ってない当日券オンリーな映画館だっただけに、土曜日で大丈夫かと心配だったのですが、けっこう早い目に受付に行ったお陰か取り敢えずは券買えました。しかし、満杯でしたよ、ほんと。
そんでもって、予想外だったのが客層。7割くらいがお歳を召したお爺さんお婆さん方で、2割が年配の方。若い人が残り一割というくらいの塩梅で、ちょいとびっくりしてしまいました。
ところで自分、若い方に配されるんだろうか、年配サイドなんだろうかw
まあ若い人向けの映画は殆ど上映されない映画館なんで、客層が元々高めというのもあるのでしょうけれど、それでもこれだけ大入りしているということは、ネットでの評判を聞く機会があまりなさそうな世代にも、この映画の評判って広がってるんでしょうかねえ。

ともあれ見ました。
見ましたよ。

……なるほど、この上なく日常系アニメだ。でした。いやうん、なるほどなあ。漏れ聞こえていた、「時代の区切りが意識の中から消えてしまう」という趣旨の言葉を今沁み入るように感じています。
ある日を境に、とかじゃあないんですよねえ。時代は断絶なんてしていない。毎日が毎日続き、どんな日々でも日常は続いていく。だからこそ、感じる変化もあり、その変化を楽しみ、そして辛く受け止めることにもなるのか。
戦前も戦中も戦後もずっと時代はずっと地続きなのです。今からずっと遡っていけば、途切れること無くあのすずさんが見ていた光景へとたどり着ける。
きっと、うちの爺ちゃん婆ちゃんが見ていた日常も、あんな風だったのだろうと思える。うちの亡くなった婆ちゃんが、若い頃に一人で街まで繰り出してカッコイイ俳優さんの出てる映画を良く見に遊びに行った、なんて話を思い出したりもしました。
だんだん苦しくなる生活の中で、辛いことも多いけれど思わず笑ってしまうようなホッコリとするような場面も沢山あって、館内にも笑い声が起こるんですよね。
呉の海軍病院の病室、と言っても何十ものベッドが並んでいて、多分もう起き上がったり話せるくらいの病人が集められた部屋なのかな。そこにすずさんたちが御見舞に行ったシーンで、ジャズが流れてるんですよ。グレン・ミラーのムーンライト・セレナーデが。あれは印象的だったなあ。
冒頭のシーンなんかもそうですよ。あの昭和8年という時代で、クリスマスの賑わいが街に漏れ出してるんですよ。サンタの格好をした客引きが町並みの中に普通に歩いている。
なんというか、凝り固まった固定観念が解きほぐされて、ありのままのあの時代を垣間見ることが出来たみたいでした。
そう、ありのまま。あの日常を切り裂くような訓練ではない砲声も、爆発の音も。呉の湾内を遊弋する乗っている人たちの姿がたくさん見える軍艦も。空襲で破壊された家の前で呆然と立ち尽くす人も。焼け野原となった街で立てられた焼け出された人の相談受け付けます、と書かれた市役所の看板も、歩いている人一人ひとりに至るまで、こうあるべきという恣意的な枠組みを取っ払った、ありのままの姿なんですよね。
それが、目の前の光景をとても身近なモノとして感じさせてくれる。
ラストシーンの一つでは、あの象徴的な原爆ドームの横を、流れる太田川をあの日すずが乗せてもらったのと同じ木製帆船が滑っていくんですよ。まだ平和だったあの頃と、戦争の終わったその後を跨ぐように。
あの荒涼とした俯瞰風景の中ですら、もう人は生活をはじめている。人も車も船も、動いている。動き続けている。
凄いなあ、凄いなあ。
すずを演じたのんさんの演技も素晴らしかった。最初、たどたどしいと思えたそれも、すずさんののんびりぼんやりした人柄にフィットしていき、その上で彼女がほとばしらせる様々な感情へと乗り移っていく。
主役たるに相応しい、見事なものでした。感じ入りました。

ラストの、光に……生活の光が広がっていく呉の街の光景に。そして、エンドロールで描かれる新たな家族の姿に、みんなが笑っているシーンに、もう涙が溢れてきていました。
なんちゅうか、優しい話でした。優しい人の気持ちを、様々な場面で感じることの出来るお話でした。ありのままが描かれていたように思えたからこそ、優しく居られる人たちの姿を見られたことが、何よりも泣けてしまった理由なのかもしれません。
戦時中という時代の、普通の女性が普通に過ごした普通の生活。何を訴えるでもないありのままの、あるがままの光景を描いたこの作品が、敢えて何かを訴えるのだとしたら、それは皆が笑うことの素晴らしさと優しく居る人の強さなのでしょう。
紛うことなき傑作でした。生涯、心の一片の焼き付いたまま残るだろう傑作でした。