だからお兄ちゃんと呼ぶなって! (ファミ通文庫)

【だからお兄ちゃんと呼ぶなって!】 桐山なると/あなぽん ファミ通文庫

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兄と妹は、愛し合っているのが常識である。
目を覚ますとそこには息を呑むような美少女。そして彼女は、「お兄ちゃーんっ!」と俺に抱きついてきた!誰なんだこの子?いや俺は―。どうやら俺こと蓮杖アキは、事故によって記憶を失ってしまい、萌々と名乗るこの少女は俺の妹なのだそうだ。しかし、記憶を取り戻させるためと俺を襲うのは、過剰なまでの妹の愛!しかも記憶を失くす前の俺は、萌々よりヤバい兄だったようで!?思い出すのが恐ろしい、記憶と絆を辿るドメスティックラブコメ!
ふぉっ!? あれ? なにこれ? 記憶喪失になった兄と、兄を溺愛する妹のラブコメじゃなかったの? いやうん、確かに表向きは記憶喪失によって齟齬が出てしまった兄と妹の関係を取り戻す話になってるんだけれど。話の筋立ても、記憶喪失モノらしく現在の自分と妹たちの口から語られる過去の自分との自己統一が取れずにアイデンティティを失いそうになりながら、献身的な妹の愛情に拒絶感を感じながらもその愛情を縁に何とか妹との関係を取り戻していく、という行程を辿ってはいるんだけれど……明らかに根底となっている部分がおかしい。なんか、背筋が寒くなるような異常性が影の中からジーーっと常に此方を見つめているようなヤバイ感じがずっとつきまとってるんだよ!

これ、ラブコメじゃなくてサスペンスサイコスリラーじゃないの!?

まず、妹がおかしい。目を覚まして最初に出会った少女。妹を名乗るモノという彼女は、だけれどその言動が明らかに妹の範疇を逸脱してるんですよね。その過剰すぎる愛情は、まともな家族や妹という関係としては破綻しすぎていて、まず彼女にビビってしまうのである。
なんだ、こいつは?
アキを診察していた担当医だという新屋先生。この人の発言にも所々不信な点があって、そもそもアキが事故に遭って記憶を失うことになる前から、どうも新屋先生はモモと密接な関係があったっぽい。というか、モモの担当医、らしいんですよね。一体、なんの担当?
それに、だ。肝心のアキが記憶喪失になった事故に関して、全くと言っていいほど触れられないのである。彼がどのような事故にあって記憶喪失になってしまったのか、から何故か誰も教えてくれないのである。
と、ここまでは違和感はあってもそこまで無茶苦茶変、というわけでもなかったんですよね。妹の過剰な愛情だって、ちょっと頭のネジが飛んじゃってる兄ラブ妹というのはキャラとしては良く扱われる題材ですし。
ところが、退院して自宅に帰り普段の日常に戻ったアキが目の当たりにしたのは、元々異常だったのは自分自身だった、という事実を示す数々の証拠や証言だったのである。
両親を病気や事故で失ってたった二人きりの家族であるアキとモモ。モモが兄を溺愛するのと同様に、いやモモにそれが常識だと教え込み、モモが兄にする以上に妹であるモモを溺愛していたのがアキの方だったという家に残された部屋一面の妹の写真や、日記に記された妹観察日記という証拠物件。
完全に病んでるヤバイ、ヤンデレ系兄なんですよね、ここから透けて見えてくるアキという男は。
しかも、学校に登校してみればアキはクラスメイトから頭のオカシイ異常者扱い。実際、その所業や振る舞いを聞いてみると問題児どころではなく、人格破綻者の類いなんですよね。
記憶喪失のアキからすると、どう考えても記憶を失う前の自分と今の自分が合致しない。というか、したくない。普通の記憶喪失モノでも、過去の覚えてない自分が他人にしか思えない、という齟齬から苦しむパターンは多いけれど、彼の場合は知らないどころじゃない、むしろ記憶なんか取り戻したくない恐ろしい存在なわけですよ、過去の自分は。ところが、妹は執拗に記憶を取り戻させようと画策し、記憶を取り戻すためのあれこれに積極的ではないどころか、むしろ忌避感を見せるアキを糾弾し、過去の自分を取り戻すことを強いてくるのである。
一度、二人の関係が破綻するのは当然の流れだったのだろう。
いっそ、恣意的、とすら見えるほどの流れである。
色々とおかしいんですよ。確かにクラスメイトの態度、幼なじみの話からしても、アキが学校で孤立するような振る舞いをしていた上に、妹とは特別仲良さそうにしていた、というのは事実なんでしょう。
でも、傍から見た事実と、当事者たちの間の真実って往々にして食い違ってたりもするんですよね。なぜ、アキが学校で言われているような振る舞いをしていたのか。単に性格の問題なのか、それとも何か理由があったのか。
そもそも、あの家の中のアキの部屋の異常性や、日記に記された内容って……信用できる事実なの? と思う部分があるんですよね。ああいうのって、事前に準備して用意しておくことは決して難しいことじゃないはず。何しろ、記憶が無いのである。過去の自分がどういう人間だったのかを知るためには、記憶ではなく周りの人の言葉や、目の前に実存する物証しか頼るものがないわけで。その殆どは妹の手の届く範囲に用意されていて、実はクラスメイトや幼なじみとはほぼ交流が断絶していたために、何気に彼らは外から見た光景しか知らないわけだ。
そして、決定的なのが自分自身、過去のアキが残したと思しき……謎のメッセージ。なかなか、ラストはゾクゾクさせられました。これは、本筋は続編前提で色々と仕込まれてるよなあ。
でも、あのメッセージもちょっと文章変ではあるんですよね。なんで「ハ」なんだろう。「ヲ」の方がこの場合しっくりくるんだけれど、何故か「ハ」と書き残しているのはまずちゃんとした理由があると思うんだが。