86―エイティシックス― (電撃文庫)

【86―エイティシックス―】 安里アサト/しらび 電撃文庫

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“その戦場に死者はいない”――だが、彼らは確かにあそこで散った。

サンマグノリア共和国。そこは日々、隣国である「帝国」の無人兵器《レギオン》による侵略を受けていた。しかしその攻撃に対して、共和国側も同型兵器の開発に成功し、辛うじて犠牲を出すことなく、その脅威を退けていたのだった。
そう――表向きは。
本当は誰も死んでいないわけではなかった。共和国全85区画の外。《存在しない“第86区”》。そこでは「エイティシックス」の烙印を押された少年少女たちが日夜《有人の無人機として》戦い続けていた――。
死地へ向かう若者たちを率いる少年・シンと、遥か後方から、特殊通信で彼らの指揮を執る“指揮管制官(ハンドラー)”となった少女・レーナ。
二人の激しくも悲しい戦いと、別れの物語が始まる――!
第23回電撃小説大賞《大賞》受賞作、堂々発進!
またグレートヘヴィな作品持ってきたなあ。今の御時世で、これだけ重厚で差別問題や最前線と銃後の意識の差などを躱さずに直球で叩き込んでくる作品で勝負してきただけでも凄いと思うし、それをエンターテイメントとしてモノにしているのだから大賞というのも納得だ。
死者のいない戦場、有人型無人兵器。人間扱いされない人型の豚だから、幾ら戦場で死んでも戦死者はゼロだし、彼らが乗って戦う兵器は「人間」が乗っていないから無人兵器。これだけのフレーズを冒頭から浴びせかけてくる強烈さには慄くばかりである。
人の悪意も然ることながら、無関心故の残虐さというものもありありと描いていて、これがもう読んでいてもひたすら胸糞悪い。一方で安全なところから自分の手が汚れないところから、お高いところから見下して決して交わることのない立ち位置で、まるで心も体も魂も寄り添っているかのように振る舞うという、善意と正しさの醜さと惨たらしさも、冷徹に暴き出している。
結局のところ、この物語は86の少年少女たちと、支配側である指揮者のレーナが顔も合わせることのない違う場所で、しかし同じ戦場で戦うまでの物語だったんですよね。物理的に同じ場所に立つことは出来なくても、心は共に、戦うことが出来るか否か。
その答えは、別れのシーンでレーナが呼びかけた、訴えかけた、あの縋るような言葉が答えだったのでしょう。そう心から思える場所にレーナがたどり着くまでに、彼女は幾度も打ちのめされ、全否定され、自分を呪い、国に怒り、のたうち回ることになるのですが、この追い込みっぷりを鑑みると主人公はむしろレーナなんでしょうな、これ。
実のところ、シンたちの部隊の描写ってそれほど割かれてないんですよね。メンバーの様子にしても。カラー口絵である程度のメンバーの集合写真があるので、見分け自体はつくのですけれど、主に物語の根幹を担い続け、レーナの窓口であり続けるシンと、彼をサポートする副長の二人を除くと、レーナに反発するセオにしても、ヒロイン枠に入るはずのクレアやアンジュにしても隊全体を描くシーンはともかくとして、個々のキャラクターを掘り下げる描写自体がかなり少なかったんですよね。その他のメンバーに至っては、もっと少なかったわけで、後々の櫛の歯が欠けたよう減っていく部隊員にしても、それぞれに思い入れらしい思い入れも出来ておらず、見知らぬ人とまで言ってしまうとアレなのだけれど、脱落に対して感情が動くまでの対象にはなってなかったんですよね。
86という存在に対する共和国の扱いの凄惨さ、当事者である86たちの鬱屈や、このあまりにも惨たらしい人倫に悖るやり口に苦しむ共和国側の良心的な人たちの在り様など、世界観というかバックグラウンドに渦巻く人の想いへの何度も重ね塗るような丹念な蓄積の噴出口として、レーナとシンにしぼりすぎたキライもあるんですよね。マクロ的な絶望感に対して、ミクロであるシンの部隊が破滅への道をひた走っていく絶望的な状況に関しては、それほど感情が乗らなかったというべきか。
おそらく、その絶望感の実感をもっとも得ていたのは、当事者であるシンたち以外では、メインであるレーナがもっとも受け止め、焦燥し、切羽詰まって追い込まれていくのだけれど、それに共感しきれずに後ろから見ている、という感触だったんですよね。その段差が自分としては気になったというほどではないのだけれど、若干の空漠があったわけです。
物語と世界の空気感の完成度と突き詰め方に対して、主役たるレーナとシンを除く周りを固めるキャラクターたちの魅せ方が、その重要性とは裏腹に手が回りきっていなかったのが勿体なかったなあ、という印象でした。
ここらあたりは、ラストの展開を見るとむしろ次巻で大いに期待できそうではあるのですけれど。

ともあれ、主たる物語そのものがもうドエライもんでしたからねえ。大注目を受けるのも当然ってなもんですわ、これは。