薔薇十字叢書 ジュリエット・ゲェム (講談社X文庫)

【薔薇十字叢書 ジュリエット・ゲェム】 佐々原史緒/すがはら竜 講談社X文庫ホワイトハート

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昭和十七年四月、中禅寺敦子は兄・秋彦の薦めで、横浜の港蘭女学院に入学し、寮生活をはじめる。同室の麗しい先輩・紗江子と万里にかわいがられ、学校にも慣れた頃、学校で『天使様』というゲームが流行りはじめる。天使様のお告げで、紗江子が万引きの常習犯だと噂されるようになり、敦子は兄の知識も借りて、天使様の存在を否定する。ところがその翌日から敦子の周囲で不気味な事件が相次ぎ…。少女探偵・敦子登場!!

京極夏彦の代表作である【京極堂シリーズ】。そのスピンオフとして、京極堂シリーズの世界を様々な作家さんが手がける【薔薇十字叢書】という企画が、講談社X文庫や富士見L文庫などを中心に結構な数の作品が出ているのだけれど、本作はその中で中禅寺敦子……主人公中禅寺秋彦の妹であり、京極堂シリーズでも屈指の可憐なヒロインとして活躍している彼女を主役として描かれた物語だ。
中禅寺敦子の青春、である。
いや、本編でもまだ二十代の若い女性なんですけどね。新聞社務めの社会人とはいえ、女学生のような溌剌とした物腰には読者や作中の人物の区別なくファンも多い。その彼女の紛れもない女学生時代の物語である。まさに青春真っ只中。でも、彼女が学生の時代ってまさに戦時中、なんですよね。そのためか、戦時中の不穏な空気と、女学院というある意味時代と隔絶された世界である環境が相俟った、独特の雰囲気が醸し出されている。
戦時中というと戦争戦争で、世間の雰囲気もそればかりに凝り固まったものになっていた、と思われがちだけれど、戦時中でも庶民は当たり前の日常をそれぞれに過ごしていたのだ、というのをかの名作映画【この世界の片隅に】が、固定観念に風穴をあけてくれたものですが、本作もまたヒタヒタと迫ってくる破滅の空気と、どこかそれを実感できないままそれまでの日々を続けていこうとする人々の、現状と認識との齟齬と適応と変化しないモノ、建前と本音がそれぞれブレンドした形で描かれているんですよね。
昭和17年というと、まだ戦争末期のあの破綻は遠く、一般の人達は中国との戦争の延長線上という認識を拭い去れていない頃でもあるんですよね。幾ら英米と戦争が始まったと言っても、なかなか実感は得られないだろうしねえ。
一方で、この女学院という環境もまた特別なんですよね。
うちの亡き祖母も、あっちゃんよりはまだ年代上なのですけれど、戦前は女学校に通っていて、その頃の話を聞いたり写真なんかを見せてもらったことがあったのですが、全然「昭和」ってイメージじゃないんですよ、これ。
凄いハイカラ。
むしろ、戦後の高度成長期までの方がよっぽど野暮ったいように見えるくらい。
戦前の田舎の方と都市部との格差にはとてつもないものがあったのでしょうけれど、都市部での発展具合、都市部に暮らす人たちの文化レベルというのは、戦前というレッテルイメージ・固定観念を一度消し去った方がいいかもしれない。
この大半が、空襲によって焼き払われて消えてしまったからこそ、イメージと実情の断絶が起こってしまったのかもしれませんが。
ともあれ、何が言いたかったかというと、あっちゃんが過ごした青春時代の女学院の様子というのは、なかなか侮れないまでに実情に沿ってたんじゃなかろうか、と。ハイカラハイカラ。
女学校の英語教育の随意授業化も、まさにこの昭和17年あたりだったそうですしねえ。

女学校では、かなりのクセモノな先輩二人と同室になり、猫可愛がりされ振り回されながら一度しか無い貴重な青春時代を、あっちゃんらしい胸を張った自分を裏切らない生き様、というようなあり様で突っ切ってく彼女ですが、同時に兄・中禅寺秋彦との家庭環境に基づく微妙な関係というものに、ある種の決着をつけていく時代でもあったんですなあ。
京極堂こと中禅寺秋彦の家庭環境については、語られているようで何気にちゃんと語られていなくもあり、謎の部分も多々あったんですが、あっちゃんと元々離れて暮らしていて、初めて対面したのもだいぶ遅かった、というのは意外な事実でした。ってか、アニキよりも先に、後に京極堂と結婚することになる千鶴子さんとこの家族と住んでいたとは。むしろ、兄よりも義姉の方になついている、と言ってもいいんじゃなかろうか。実の姉妹さながらに暮らしてたみたいだし。
面白いのは、若き京極堂がけっこう妹に対して過保護気味だった、というところか。そりゃ、まだこの頃はあっちゃんも子供なわけで、一足先に成人となってやってる兄としては、親と離れている妹に対して保護者としての責任感もあっただろうしねえ。ただ、あの性格なのでところどころ失敗しているのはご愛嬌。それをうまいことフォローしてくれたのが、あの榎木津礼二郎というのが面白いなあ。この時代、というかあっちゃんとの関係において、京極堂って榎木津にかなり貸しがあるんじゃなかろうか、これ。

しかし、あっちゃんの女学校時代の先輩や友人たち、紗江子先輩や万里先輩、ひさ実といった人たちが本編の頃にはどう過ごしているのか、みんなキャラも立っていたし敦子との関係も掛け替えのないものになっていただけに、なんとも気になって思い巡らせてしまいます。

ってか、やっぱり佐々原さんは女の子が主人公の作品の方が、活き活きしてるなあ。

佐々原史緒作品感想