新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙II (電撃文庫)


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港町アティフでの聖書騒動を乗り越えた青年コルと、賢狼の娘・ミューリ。恋心を告げて開き直ったミューリから、コルは猛烈に求愛される日々を送っていた。
そんな中、ハイランド王子から次なる任務についての相談が。今後の教会勢力との戦いでは、ウィンフィール王国と大陸との海峡制圧が重要になってくる。そのため、アティフの北にある群島に住む海賊たちを、仲間にすべきかどうか調べて欲しいというのだ。
海賊の海への冒険に胸を躍らせるミューリであったが、コルは不安の色を隠せない。なぜなら海賊たちには、異端信仰の嫌疑がかけられていたのだ。彼らが信じるのは、人々が危機に陥ると助けてくれるという“黒聖母”。不思議な伝説が残る島で、二人は無事任務を遂行することができるのか――。
トート・コルにとっての信仰とは。
前作の主人公ロレンスと今代の主人公であるコルの、商人と神学士という立ち位置の違いを顕著に感じさせられる話でありました。ロレンスの物語というのは、商売によってどうやって儲けるのか、というのが基本路線となり、その中に商人としての姿勢や誇り、現世利益を求めながらも誰もが幸せになれるWin−Winの結末を手繰り寄せようとする、人としての在り方を描くものでもあったのですが、この点コルはまず自分が儲けるという自己欲がなく、みんなが幸せになるため、という漠然とした目的を叶える拠り所として神の教えや信仰というものに人生を費やそうとしているのだけれど、商売ってのが損得がハッキリしている結果がわかりやすいものであるのに対して、コルが拠り所としているものは心の在り方によるものであるせいか、これという目に見える形での結果や実感を伴いにくいものでもあるんですよね。だからか、コルは目的と手段が逆転してしまったり、信仰というものへの拘りが信仰のための信仰、みたいになったり、答えがあるわけではないものに対して正しさ、正解を求めようとしてしまったり、と随分と足元が覚束ないのである。
これに対して、ミューリはコルに対して即物的な自分の幸せを求めるように、悪魔の誘惑のごとく囁きかけてくるのだけれど、コルの地に足の付いてないふわふわした様子を見るとミューリの言いたいこともよくわかるんですよね。でも、ミューリの誘い方だと思いっきりコルのことを甘やかしている、とも思えるわけで、この点常にロレンスに対して甘い言葉をささやきながらその実甘やかすことをしようとしなかった、一廉の男であることを求め続けたホロと比べると、ミューリってけっこう男をダメにするタイプの女なんかじゃないかと思ってしまう。
これ、コルが自分に対してひたすら厳しい人間だからこそ、ミューリがこうなっちゃった気がしないでもないのだけれど。
構図だけ見ると、まさに信仰に身も心も捧げようとする神の僕に甘言を弄して堕落を迫る悪魔の図、なんですよねえ。ただ、コルが厳しく突き詰めようとする信仰の形は、本来彼が求めていたものから外れていきそうなものだったのも確か。そもそも、彼が神学士として生きようと思った生まれ故郷での出来事や、前巻で抱いた世界に居場所を持たないミューリに、幸せと安息を与えてあげたい、という想い。それを叶えるために、神の教えを紐解き、世界に伝え広めていきたい、という目的が、ひたすら信仰の在り方というものに塗りつぶされていこうとしていたピンチでもあったんだよなあ、今回。
かくの如く、求める先も見失って右往左往するコルですけれど、本来賢く聡明な彼はハッキリとした達成すべき目的さえ定めれば、そこに行き着くための方策を、わりと速攻で導き出せるんですよね。その手段も常識にとらわれず、ロレンスやホロ譲りの大胆さでこねくりまわせるのに、その柔軟さを発揮するための土台がふわふわしているものだから、普段はどうしても頑なな固定の道を歩もうとしてしまう。
向いてない、とまでは言わないけれど、コルってわりとわかりやすい利益や具体的な結果を伴う事例の方が得意なんじゃないか、と思えてしまう。ロレンスやホロと旅していた頃もそうでしたし。
でも、だからといって楽な方を選んでしまうと、だめになってしまうというコル自身の気持ちもわからないでもないんですよねえ。この場合、ダメになってもミューリが居てくれたらそれはそれで十分幸せになれるんでしょうけれど、それは幼い頃から志し続けたものを諦めた幸せになってしまう。かと言って、一人で居るとひたすら自分を追い詰めていきそうなだけに、ホロがミューリを彼につけたのは大変によくわかるのである。
今回の一件で、コルも自分の未熟さと危うさを相当に思い知ったんじゃなかろうか。身の程を知る、というのは自分を卑下するという意味合いだけじゃなくて、自分をよく理解することで新しい自分の可能性を見つけることにも繋がると思うんですよね。自分を知れば、これしかないと思っていた範囲がどれほど矮小で固定観念に縛られたものだったかにも気づくことが出来るし、自分にとって何が大切なのか。自分がこれから進もうとしている道に、誰が必要なのか、というのも思い知ることが出来る。
コルの、ミューリを折に触れて故郷に返そうとする姿勢、ミューリを思ってのことなんだけれど、ミューリの気持ちや覚悟を蔑ろにしているのみならず、ミューリにとってコルという男がどれほど掛け替えのない価値のあるものなのかを、コル自身がコルを評価していないようにも見えていただけに、結構不満ではあったんですよね。コルにとってミューリは必要ないというよりも、ミューリに自分は特に必要ないんだ、と思っている素振りが。
それに対して、ミューリは端的に、海に落ちた際の例え話で一切合財を言い表していて、彼女のコルに対しての愛情のみならず、コルに対する危惧を具体的に察知している聡明さがうかがい知ることが出来るんですよね。
こんなん、敵うわけがないじゃない。
このまま行くと、信仰や神の教えに対する変節ではなく、コルにとっての正しい信仰に至ることでミューリが念願を叶える、という形へと物語は流れていきそうだなあ。それがもっとも幸いなんだろうけれど。

1巻感想