始まりの魔法使い1 名前の時代 (ファンタジア文庫)

【始まりの魔法使い 1.名前の時代】 石之宮カント/ファルまろ 富士見ファンタジア文庫

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かつて神話の時代に、ひとりの魔術師がいました。彼は、“先生”と呼ばれ、言葉と文化を伝え、魔法を教えました。そんな彼を人々はこう呼びました。―始まりの魔法使い、と。そんな大層な存在ではないのだが―「だから火を吹かないで!」「ごめんごめん。私にとってはただの息だからさ」竜として転生した“私”は、エルフの少女・ニナとともに、この世界の魔法の理を解き明かすべく、魔法学校を建てることにした。そこで“私”は、初めての人間の生徒・アイと運命の出会いを果たした―。これは、永き時を生きる竜の魔法使いが、魔術や、国や、歴史を創りあげる、ファンタジークロニクル。
壮大、いや雄大な話だなあ。
異世界転生モノ、と限定せずとも大体の物語は既にある程度の文明が築かれた、形作られた世界に転生にしろ生誕にしろ、降り立ってはじまるものであるのに比べて、この作品の主人公である「先生」が降り立った世界は、まだ確固とした「世界」が形成されていない原始の世界。有史以前、人にも他の知的生命にも「歴史」というものが存在せず、文明はなく、ともすれば「言葉」ですら僅かな種のみが操るのみ、という原始時代。それはもう、神話すらない時代なんですよね。
神代よりも前、というべきか。
もちろんそこは、原始時代であっても惑星・地球のそれとは違い、元が猿なのかネアンデルタールなのかは定かではないものの、人類種が居ると同時に「先生」がそうであったようにドラゴンが居て、エルフが居て、魔法らしきものがまだ体系化されていないものの、存在している。
異世界の原始時代なのである。
面白いのは、悠久の時間を生き続けるエルフですら、この時代に置いてはまだちゃんとした歴史を形成せず、種として若い方である、というところなんですよね。ましてや人など、まともな言葉すら持たず、意思の疎通も僅かな短い単語でやりとりするのみ。文化も文明も持たない、原始人なのである。
そんなまだ何もない時代、なにも始まっていない時代にドラゴンの子として降り立ってしまった主人公。では彼が神として、まだ何も持たない生命たちに、知識の果実を与えていくのか、というとそういう話でもないんですね。
彼は神ではなく「先生」であるのです。
ドラゴンとしてはまだ子供で、大きなトカゲ程度でしか無い先生。この世にある魔法の理についても何も知らず、体感的に使っているニナなどと、手探りで真理を紐解いていく日々。そう、彼は授ける側ではなく、探求者なのである。人と共に過ごし、共に学び、共にこの世界に「世界」と認識できるものを形作ってく、時代の開拓者なのである。
後世からすれば「神代」と呼ばれる時代を、この時代に生きる人々と共にゼロから一つ一つ作り上げていく日々。それまで存在しなかった「精霊」と呼ばれるモノが生まれていき、この世に魔法が発動する様々な法則、ルールを一つ一つ試し、創造し、探求することで体系化されていく知識。

そう、誰もが思い描く「異世界」の姿が、なにもないところからどんどんとその萌芽が現れていく、作り出されていく、広がっていく。まさしく、始まりの物語なのである。

しかしこれは同時に、そんな始まりから悠久の果てである遠い未来までを見守り続けるドラゴンの物語。ドラゴンと同じく悠久の時間を生き続けるエルフのニーナを除き、恋人であり兄弟であり家族であった、同じ始まりの時代を歩き出した大切な人々は、短い時間しか行きられない「人間」であるが故に、先生とニーナを置いて去ってしまう。人と竜の種属を超えて愛し合った人の娘もまた、老いさらばえ、しかし最後まで妻として夫である竜に寄り添い、朽ちて行ってしまった。
始まりと同時に、これは別れの物語なのである。悠久を生きる生命の物語としては、その流れる時間の違い、生きる時間の違いは常に主題となって、突きつけられる。
しかしこれは同時に、魔法の物語でもある。
去っていったヒトたるカノジョが残した最後の言葉は、再会への誓い。最初に描かれた、はるか未来の到達点における、とても幸せそうな光景を思い出すならば、これは哀しい悲劇の物語ではなく、幸福へと至る物語なのだと信じることが出来る。
だからこそ楽しもう。悠久を見守り続けるドラゴンが、どのように世界を形作っていくのか。歴史に関与していくのか。物語を紡いでいくのか。思い描くだけでワクワクしてくる、そんな話のこれがはじまりはじまり。