筺底のエルピス 5 -迷い子たちの一歩- (ガガガ文庫)

【筺底のエルピス 5.迷い子たちの一歩】 オキシタケヒコ/toi8 ガガガ文庫

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癒やせぬ傷を抱え、狩人たちは前を向く。

殺戮因果連鎖憑依体――
古来より『鬼』や『悪魔』と呼ばれてきたその存在は、感染する殺意であり、次元の裏側から送り込まれた人類絶滅のプログラム。
だが、その脅威に立ち向かうべき狩人たちは、断絶を経た長い歴史の結果として、不毛な衝突を続けていた。

白い鬼の出現によって口火が切られた組織間抗争こそ無事終結したものの、未来を切り捨てる戦の果てに、多くの者が傷つき、道を見失う。
背負う重責に震える者。慢心の罠に陥る者。無能さを悔やむ者。自身との軋轢に苦しむ者。欲望へと走る者。救いたい者を救えぬ者。そして地獄から流れ着き、独房でひとり、静かな狂気に沈もうとする者。そんな彼らを立ち上がらせるのは、はたして誰による、いかなる選択なのか。

新たなる鬼の脅威。秘密の開示の先に待つ、太古の闇。
時を超える旅によって増殖し、この世にふたり存在することになった乾叶を渦の中心として、歴史の背後に潜んでいた数多の謎も浮上を始める。

残酷な運命に抗うべく、傷だらけの迷い子たちがそれぞれ踏み出す、新たな一歩とは。
人類の存亡をかけた、影なる戦士たちの一大叙事詩。再起と転換の第5弾。


……はぁ。何から書けばいいのか。何から想えばいいのか。ただただ吐息ばかりがこぼれていく。溢れんばかりのそれは、なかなか言葉という形にならない。この湧き上がってくる感情に名前をつけたくない。ただあるがままに感じていたい。そんな気分。
前回の感想の最後に書き殴って叩きつけた懇願は、果たされたと思っていいのだろうか。あの「カナエ」は救われたと思っていいのだろうか。
地獄は続く。生きている限り、彼女の地獄は続いていく。でも、そんな地獄の中を彼女は前を向きて、狂気に沈むことなく歩いていけるだけのものを再び掴んだ、そう信じていいんだろうか。
ならば、そうなら……良かった。良かった。良かったよぅ……。
静かに、ズブズブと狂気の沼の中に、闇の泥の底に沈んでいくカナエの姿は、本当に見ていられなかった。彼女にとっての安息が、そちらにしかもうないことを知っているが故に。
そして、自分の末路を。自分がそこまで堕ちていけることを実物付きで目の前に突きつけられてしまった、16歳の叶の当然の恐れ。圭がカナエに心を「持っていかれ」てしまった事によって生じた自身の空隙への自己嫌悪。こちらの叶もまた、カナエとは違う形で徐々に破綻していこうとしている様子に、もうね、なんちゅうかね、たまらんかった。あの筆舌に尽くし難い地獄から戻ってきたにも関わらず、すべてが救われ好転したはずなのに、新たな悪夢が現出しつつある状況に、胸が締め付けられるようだった。

それでも、70億の人間と世界まるごと一つと、それにともなう様々な想いを犠牲にして繋がれた新たな未来は、ただ絶望だけを繰り返す世界なんかじゃなかったと、それを生き残った人たちが証明してくれた。
圭が、結が、朱鷺川ひかえがそれを作り出してくれた。仕組まれていた結末以上の結果を、彼ら自身が引き寄せたのだ。
捨てられ滅びたあの世界で、彼らがどう死んでいったかを今もしっかりと覚えている。どんな思いで、カナエに希望を託して逝ったかを知っている。だからこそ、今こちらの世界で生きている彼らが、生きて怒って覚悟して決意して心に決めて、閉塞を打破していく姿にやるせなさと感動を押し殺せないのだ。
そして、生きてる彼らが、心を今も滅びたあちら側に残されたままのカナエをちゃんと救ってくれたことを、カナエをちゃんと乾叶として再誕させてくれたことに、感謝しきれない。
カナエが決して誰にも知られまいとしまいこんでいた秘密。自身が殺人者となった事実よりも、滅びゆく世界で圭と結ばれたことよりも、絶対に圭や結たちに知られてはいけないと抱え込んでいた秘密がわかったとき、あれほど変わってしまったように見えた、修羅に成り果ててしまったように見えた、人間すらもやめてしまったように見えた未来のカナエが、紛れもなく「乾叶」であり、その根底は何も変わっていなかったのだと、ふっと納得できたんですよね。
それまでは、むしろカナエを叶として扱うことを譲らない圭や結に対して、むしろ今の叶と未来のカナエを別人として扱った方が、二人の叶にとっても救いになるのではないか、と二人の叶の苦しみ方を見ていて思っていたのですが、そういう浅はかな考えを圧倒的なまでにひっくり返して叩き伏せて、淀みを吹き払ってくれるあのシーンでした。やっぱり、結は凄いわ。圭はカッコイイわ。
だからこそ、燈さん提案の、同一人物だから合法的に重婚できるね、発言には心惹かれるのですがw
いや、圭と二人の叶の様子からして相手はもう決まってしまったようなのですけれど。

今回の捨環戦を通じて、門部とそれに所属する面々の置かれた状況は劇的に変化し、組織間の抗争はほぼ終息した、と言っていいんでしょうけれど、だからこそ物語の方は新たなステージへと進んでいるんですよね、これ。
勉強会と称した、結たち天文部の他愛もない仮説の披露回。なんの解決にも結びつかず、はたして真実に掠りすらしているかどうか怪しいそれは、しかしなぜ今、世界はこんな状況に置かれているか、という疑問へのアプローチとして、これまでまったく起こってなかった動性なんですよね。これこそが、始まりの号砲だったのかもしれない。SF作品として、世界と人類のクロニクルとして、結論と決着をつけるためのステージへと至った、と。
どうやら作者の発言でも、この五巻からの第四話の主題が語られてましたけれど、これまでとテーマの方向性が変わってる感じがありますし。よりSF的になったというかなんというか。
これまでも十分壮大な話だったのですが、これからはもっと途方もなく、しかし地に足の着いた「ヒト」の話になりそうだなあ。

それにしても、色んな意味で貴治崎先生がヤバいんですけど。本当にいろんな意味で。この人、場合によっては黒幕になりかねないんですけどw

シリーズ感想