六道先生の原稿は順調に遅れています (富士見L文庫)

【六道先生の原稿は順調に遅れています】 峰守ひろかず/ 榊空也 富士見L文庫

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中堅出版社に勤める文芸編集者の滝川詠見は、なかなか原稿が上がらないことに定評のあるベテラン作家・六道〓(そう)馬の担当をすることに。さっそく詠見は六道のもとへ挨拶(と催促)に向かうのだが、初老だと思っていた先生はなんと憂いを帯びた見目麗しい男子で、しかも街に潜む怪奇を喰って創作をする妖怪だと知ってしまう。出合い頭こそ驚く詠見だが、妖怪だろうと相手は作家。原稿をもらうため、取材代わりの怪奇事件に首を突っ込むことになり…?編集女子と妖怪作家のコンビが綴る、不思議×出版お仕事物語!

作家にとっては債権者の督促に匹敵するような心身ともに追い詰められる言葉。
「原稿をください」
でも、要求する、欲する、求めるという言葉だからこそ、それを持ち得る人そのものを肯定する台詞にもなり得るのだなあ、とラストシーンにおけるこの台詞の使い所に打たれたのでした。
それ以上に、滝川詠見という人は生粋のプロ編集者なんだなあ、と。あの場面において、愛を語るでも善を語るでもなく、原稿をくれと言えるのは編集者以外の何者でもなく、だからこそ作家と編集者という組み合わせは不可分なんだろうなあ、というのを実感できたというかなんというか。作家という存在を成り立たせる上で、編集者という立場の存在が如何に関わることが出来るのか。時に足を引っ張ることすらあり得る存在ですけれど、深い部分に関わるということはプラスになるにしてもマイナスになるにしても、何らかの影響を与えることは考えてみれば当然のことなのでしょう。その上で編集者という立場の人はどういうスタンスで本を作るということに対して向き合うべきなのか。
こうして振り返って見ると、本作は作家モノというよりもむしろ徹底して編集者という存在に対してスポットを当てた作品だったのでしょう。
40年来の大御所作家である六道先生ですけれど、ベテラン作家でありながら妖怪としては若い存在であり、老成したというよりも枯れたような部分と幼いと言ってすら良いかもしれないハツラツとした活力を相合わせ持った不可思議な、というか矛盾を内包したような先生は、だからこそ自分の作家としての在り方にまだ定まったものを有していなかったですよね。自分なりの作家論、というものを持ち得ないままあやふやなまま小説家をなりわいとしてきていた。大御所でありながら作家になりたての卵の殻を背負ったような幼生体。
そんな曖昧にして定まっていない存在だからこそ、自覚を持たずとも編集者としての確固とした在り方を備え持っていたものの、実績を持たず自信を持たず持ち得ている確信を体現する術を持てないまま右往左往していた詠見と、不思議なくらい噛み合ったようにも見えるのです。
どちらがどちらかを導く話ではなく、お互いの存在がお互いの作家としての、編集者としての成長を促すことになる化学反応の物語だった、というべきか。まあ、途中で大御所先生の方が盛大にヘタレてしまうのは、仮にも社会人として一端にやっていた若くも大人な詠見に対して、六道先生は大御所だろうが妖怪としてメンタル幼いお子様だったからなのかもしれません。中身子供な部分があるくせに、妙に分別がある分我儘とか無鉄砲とは縁がない性格だったからというのも大きいのでしょうけれど。
それでも、これも面倒くさい性格の作家、という分類になってしまうのでしょうか。トータルしてみると、扱いに関しては難しいどころか易しいくらいの人に思えるのですけれど。詠見さんとしても、これからはガンガン原稿を搾取できそうな勢いでしたし。

惜しむらくは、肝心の六道先生の「取材」のパートが詠見が殆ど介在しないまま影で片付いてしまっていたところですか。ある意味本作の見せ場ともいうべきパートのはずなんですが、全部影で進行してしまってラストまで詠見は蚊帳の外で進んでしまいましたからね。ラストの黒幕についても唐突感がありましたし。
もし続編があるなら、これからは詠見も全部事情知っているわけですし、作家の取材には編集もついていく場合は決して珍しくないのですから、一緒に行動してくれるともっと面白くなりそうなんですけどねえ。

峰守ひろかず作品感想