やがて恋するヴィヴィ・レイン 2 (ガガガ文庫)

【やがて恋するヴィヴィ・レイン 2】 犬村小六/岩崎美奈子 ガガガ文庫

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近衛連隊を追われたルカは放浪の末、旧友ジェミニとの再会を果たす。昔の借りを返すためジェミニの庇護下に入ったルカだが、ジェミニの思惑はルカの想像を遥かに超えて、ガルメンディア王国を揺るがす大事件が勃発する…。「災厄の魔王」ルカと「褐色の皇帝」ジェミニ。一千年にひとりと称される巨大な軍事的才能が、眩いばかりの才能と才能の相克を世界史に刻む。そして王女ファニアもまた、自らの意志により歴史の表舞台へ…。「いつかこの国で革命を起こす。きみにもう一度、会うために」。加速する恋と会戦の物語、第二巻。
こうしてみると、ルカって特定の誰かに対してじゃなくて、わりと親しくなった相手に対しては献身的というか……尽くすタイプですよね、こいつ。
亡き義妹に対しても、兄として接するというよりもひたすら病弱な妹の面倒と世話を一心不乱にしていた感じですし、ファニアに対してもあの逃亡の日々以前から結構献身していたのが、ファニアの人となりに感銘を受けてからは加速度的に姫様命!になってしまって、ファニアのせいじゃないんだけれど結構理不尽な目にアイながらも殆ど不満や憤りを見せずに自分の中で処理してしまっていて、ファニアには好意的な感情を一切損なわないままでしたし。それが、今回の一連の事変でも絶対的なファニアへの信頼と献身に身も心も捧げることになってしまってますし。
そんでもってアステルですよ。いくら病弱な妹の面倒を見ていた経験があるからと言って、オーヴァーブーストを使ったあとの身体がまったく動かなくなるアステルの介護、あれはもう介護と呼ぶ以外になにものでもないあれこれを、嫌がったり遠慮したり恥ずかしがったりする素振りもなく、下心を持つでもなく思惑を働かせるでもなく、動けないアステルの面倒を見る、介護をスルということに徹して一生懸命なのですから。
これを尽くすタイプと言わずしてなんというのか。
まあ、だからこそアステルの方も、男であるルカに面倒見てもらうことを嫌がりもせず、というかもうルカ以外にはやらせない、とまで言い放って、ダダ甘えまくってるんでしょうけれど。
アステルと亡くした妹の姿形が一緒だから、ルカとしても夢中で世話してしまってる、というのもあるんでしょうけれど、妹の方は遠慮してあんまり甘えて我儘言ったりするようなこともなかっただろうな、という性格だったので、遠慮なく自分にダダ甘えてくる妹とおんなじ姿の、妹が成長した姿の少女であるアステルは、ルカにとっては夢の続きなのかもしれない。そりゃあ、尽くすわなあ。ただでさえ献身体質なのに。

ルカがなんだかんだとジェミニから逃げ出さなかったり、町の人達を見捨てて逃げられなかったりしたのは、彼の義理堅さや善良さ云々も然ることながら、この子があんまり見返りを求めずに献身してしまうタイプだからなんじゃないかなあ、と思うんですよね。
その意味では、とんでもない見返りを全身全霊を込めて与えてくれたファニア王女の存在は、ただでさえルカに飛びっきりであった意味に、さらに途方もない価値を与えてしまったのでしょう。
理屈じゃない、感情の問題なのだ。
そして、運命がすべてを加速させていく。
正直、ルカとファニアの本人同士が望まない対立構図が成立してしまうのって、もっと紆余曲折あってからのことなのだと思ってたら、あまりにも速攻過ぎるくらいあっという間にルカの立場が激変してしまって、いやもういくらなんでも早すぎるでしょう、それ!
本人も唖然呆然、あっけにとられている間に祭り上げられてしまったわけですが、ついさっきまで何の責任も立場もなく、アステルと二人で自由で貧乏な旅の空ってなもんだったのに。
ここで、ジェミニと再会してしまった、という以前に幼いころに知り合っていた、という時点であまりにも運命的すぎるんですよね。そんなルカがファニア姫と偶然が重なって想いを交わす関係になってしまったことも含めて、運命の神様が社畜なみに働きすぎてる、この世界!!
運命の神様というのは気まぐれ、というのがイメージなのですけれど、この神様の勤勉さと来たら、日本の都市部の電車並にきっちりしていて忙しなさそうなんですが。
いやはやまったく。
ここまで急き立てられると、むしろ人は自分のうちから湧き上がってくる感情にこそ、身を任してしまう。いや、その想いこそを一番大事にしてしまう、というべきか。
ファニアもルカも、アステルもミズキも、そしてジェミニですら、そうやって自分の想いを滾らせて、この激動の時代のさなかに、自ら突き進んでいこうとしているのだ。
その激しさに、首根っこ掴まれて引きずり回されるかのような気分である。それは、読み手として幸せなんですけどね!

1巻感想