なぜ僕の世界を誰も覚えていないのか? 運命の剣 (MF文庫J)

【なぜ僕の世界を誰も覚えていないのか? 運命の剣】 細音啓/neco MF文庫J

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「なんで誰も、本当の世界を覚えていないんだ……!」
地上の覇権を争う五種族の大戦が、英雄シド率いる人類の勝利に終わった時代。だがその世界は、少年カイの目の前で突如として「上書き」された。書き換えられた世界でカイが見たのは、英雄シドの不在により人間が五種族大戦に敗れた光景――ここでは竜や悪魔が地上を支配し、さらにカイは全ての人間から忘れられた存在になっていた。だが神秘の少女リンネと出会い、カイはこの書き換えられた運命をうち破ることを決意。英雄なき世界で、英雄(シド)の剣と武技を継承し、君臨する強大な敵種族に戦いを挑む。世界から忘れられた少年が「真の世界を取り戻す」ファンタジー超大作、開幕!
学校がテロリストに占拠された時に備えて、或いはゾンビ化ウイルスが蔓延するバイオハザードな世界に成り果ててしまった時に備えて、本気で想定と訓練と準備を整えていたら、ほんとにその時が来てしまってめがっさ役に立ったでござる! てな風に表現してしまうと身も蓋もないというかちょっと違うというか。
別に個人の妄想で鍛えていたわけじゃなくて、ちゃんと国の兵役として「もしも」の場合に備えての訓練を誰よりも真面目に、真剣に、その時が来ても対処できるように、と他の人たちが百年の平和、変わらぬ風景に慣れてしまった中で、彼一人が徹底して身に処していた、という話なんですけどね。
いや、むしろ百年平穏無事だった封印への監視や、対他種族戦を見越した訓練や兵器開発、インフラの整備や兵役なんかを、五種族大戦の再発を想定した形で人類庇護庁なんて組織を維持し続けていた人類国家の方がすげえ、と思っちゃうんですよね、これ。
間違いなく「仕分け!」対象最優先ですがな、これ。真っ先に予算ゴリゴリ削られたり、組織自体解体されそうなものである。それとも、硬直化した官僚機構が権益維持のために組織改編を拒み続けた結果なんだろうか。少なくとも、殆どの人間が四種族の危険性に対してまるで関心を失ってしまっている状況で、これだけの規模の組織が維持されているというのは、むしろ不健全な理由ばかりが想定されてしまうのですよね。
或いは、主人公のカイと同じレベルで迫真の危機感を抱き続けている人間が、権力機構の頂点付近に存在する、という可能性もあるのだけれど、となるとやはりラストでカイが直面した事実と謎について、或いは預言者シドの真実について、ちゃんと知っている人間が上の方に居る、と考えるほうが人類庇護庁の在り方とか見てもしっくり来るんですよね。
「上書き」によってすべてが塗り替えられてしまった世界ですけれど、果たして人類側が囲っていた真実の痕跡は、この世界にも残されているんだろうか。
しかし、シドについて殆ど情報がなさすぎて、その後継となると意気込んでもあんまり感慨が湧いてこないのはなんだかちょっと……。たとえば【世界の終わりの世界禄】なんかだと、エルラインという過去の人物が成し遂げたこと、旅の軌跡。人柄なんかはなかなか見えてこなかったものの、追いかけるべき人物像ははっきりしていただけに、いささか目指すべき偶像としては霞のように存在感がなさすぎる気がする。書き換えられた世界や、恐らくそれに関わるだろうシドという存在の特性からして、殆ど謎、というのは仕方のないことなんだろうけれど。

細音啓作品感想