佐伯さんと、ひとつ屋根の下 I'll have Sherbet! 1 (ファミ通文庫)

【佐伯さんと、ひとつ屋根の下 I'll have Sherbet! 1】 九曜/フライ ファミ通文庫

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ちょっとHな女の子と同棲してみませんか?

高校二年生の春、ひとり暮らしを始めるはずだった僕こと弓月恭嗣は、何の冗談か不動産屋の手違いで、ひとつ年下の佐伯貴理華さんなる女の子と同居するはめになってしまった。やたらと距離を縮めてきたがる彼女に、ささやかな抵抗を続ける僕だったが、なんと彼女も同じ高校!学校でも家でも彼女に振り回される日々が始まって――。常に冷静な弓月くんと、とびきりの美少女なのにちょっとHな佐伯さんが繰り広げる同棲&学園ラブ・コメディ、開幕です。
ごめん、こんなん男の都合の良い妄想じゃん、と言われようがなんだろうが、あまりにもどストライクすぎて撃墜されざるをえない。轟沈されざるをえない。可愛いなんてもんじゃない、恋をしてしまいそうなほどキュートでコケティッシュな彼女、佐伯さん。これあかんわー、マジあかんわー。一挙手一投足にキュンキュンしてもうて、もうあかんわー。
自分の読んだ範囲において、本年度最強ヒロインの冠を捧げても宜しかろうと言って過言ではないほど、どうしようもなくかわいい。
チョロいと言うなかれ。男は女の子にちょっと「好き!」みたいな素振りをされたら、簡単にときめいてしまう生き物なのだ。
しかし、この主人公たる弓月くんは、そんな男子の大半に属さない極少数の側の人間なのである。ぶっちゃけ、この主人公が年相応の思春期を迸らせる、女の子に振り回されるだけの受け身な男子なら、或いは容赦呵責のない肉食系なら、これほど佐伯さんなる小悪魔は引き立たなかったでしょう。ぶっちゃけていうと、弓月くんは非常に面倒くさいタイプの人間である。歳不相応に枯れていて、しかし周囲に対して無関心ではなく、それでいてどこか徹底してロジカルに物事を捉えようとしている。そのわりに偏屈で、こうと思い込んだらなかなか自分の意見を譲らない。頑固者で、しかし傷ついた少女を無視できない程度には紳士だ。とても懐に抱き入れるように優しくて、突き放すように辛辣な、温厚で物静かでどこか虚無を好んでいるかのような彼は、透明で消えてしまいそうに儚くもある。
その内面に踏み込むにはあまりにも複雑で難解で糸をクシャクシャに絡めたような彼に近づくは生半なことではないだろう。それを、佐伯さんは遙々と無造作に踏みしだいていくのだ。揺れないはずの青年の心を、彼女の小悪魔的な言動は的確に揺さぶり、色のない彼の心象に風を送り込んでいく。
それは爽快であり、痛快ですらある。
どれほど理由を鎧のように重装備しようと、弓月くんは年頃の男の子だというあまりに普遍的な事実を浮き彫りにしていくことが、なんともむず痒く心地よい。
時折挟まれる佐伯さんパートから、彼女が無意識なんて無作法ではなく、意図的に頑張って、加えてわりと一杯一杯になりながら、弓月くんを揺さぶろうとしてることが伺えて、その恋する乙女の一生懸命さに微笑ましさを抱くのだ。
なんとも可愛らしい頑張りじゃあないですか。
なんでも見透かしたような弓月くんの予想をいつも上回るように、距離感を詰めてくる彼女。ライバル出現に動揺し、ふてくされ、反攻の炎を滾らせる彼女。そっけない弓月くんに、硬軟織り交ぜた攻勢を繰り返し、してやったりとドヤ顔をする彼女。思わぬ弓月くんの切り返しに直撃喰らって逆にノックダウンされてしまう彼女。
学校と自宅ではキャラを変えていて、弓月くんの前でだけ素の無防備な顔をこれでもかと見せてくる彼女。
そのどれもがとても素敵で可愛らしくて、抗いがたい魅力を迸らせている。漲らせている。噴火させている。大噴火だ。
そんな活力を吹き出させている佐伯さんとは裏腹に、物語は弓月くんの静止したような性質に寄り添うように淡々としている。頻繁に挟まれる沈黙の描写。それは、明るい佐伯さんと一緒の場面においても現れる。しかし、弓月くん独りの時に現れる時間が止まったようなそれとは違い、佐伯さんとの静謐はどこか温かい。何も言わずとも、何も喋らずとも、彼女が傍にいるだけで静かでじんわりと温かい時間が流れていく。その差を、その変化を噛みしめ、浸るのもまた味わい深い作品なのである。
何はともあれ、凄まじくキュンキュンさせられた、という意味で凶悪極まる作品でもあった。罪深し。