皇女の騎士 壊れた世界と姫君の楽園 (ファミ通文庫)

【皇女の騎士 壊れた世界と姫君の楽園】 やのゆい/mmu ファミ通文庫

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蛮族との戦の功績により、竜王国の騎士隊長へ成り上がった竜騎士アルス。将来を期待されていた彼だったが、ある日、空から飛来した謎の巨大軍船を駆る皇国によって国を滅ぼされ、流浪の身となってしまう。すべてを失ったアルスが唯一求めるのは、祖国や友を奪った皇女ハルノミヤの首。しかしその復讐の旅の最中、敵国の娘サファイアと出会い、なぜか旅館経営を手伝うことになり―。仕える国を失ったエリート騎士の再生ファンタジー、開幕!
面白かった! すんげえ面白かったよぉ。やのゆいさんと言えば、現代を舞台にしたポップでコメディちっくな青春譚をこれまで手がけてきて、そのどれもがどストライクだったのですけれど、波長が合うのかな。完全にジャンルの異なる今回の作品も、なんかもうべらぼうに好きだわこれ。
亡国の騎士の復讐譚としてはじまったかと思えば、主人公のアルスと、その旅路の中で出会ったサファイアとリョウという二人の少女たちが立つ舞台はそこからジェットコースターのように目まぐるしく変転していく。それこそ、世界観から二転三転していくのだからとんでもない。作品のジャンルそのものすらピョンピョン飛び跳ねていったんじゃないだろうか。最終的に到達した地点から最初のスタート地点を振り返ってみた時、その余りにも遠くなりはてた出発点の姿にめまいすら起こしそうになる。それでいて、実はどこにも行っていない。最初に辿り着いたところが終着点であって、そこに居続けるために、そこを護るために舞台も世界観もジャンルすらも飛び越えて、ソラを翔ける物語なんですよね、これ。
そして、これほど目まぐるしく取り巻く世界が激流に翻弄される中で、読んでいる読者側が位置を見失わなかったのは、まさに渦中にあって一番翻弄され続けた主人公のアルスが、それでもなお愚直に自分の生き方を貫き通していたからなのだろう。
どれほど立っている世界が有り様を変えていこうとも、アルスが基準点として毅然と立ち続けたからこそこの物語は一本芯の通った真っ直ぐな物語として成立しているのだ。
そして、このアルスの愚直さとは、頑なさや意固地とはまた全く別の在りようなんですよね。騎士でありながら戦うことしか知らないような不器用な人間ではなく結構なんでもこなせる器用な人間であり、凄まじい堅物で頑固者にも関わらず認めがたい真実も、受け入れがたい事実も、理解できない未知のことすらも柔軟に受け止めることの出来る柔らかさを持つ男なのだ。そんでもって誠実で、七歳の幼女相手にも子供だからと適当な相手をせず、子供リョウの聡明さを認めた上で一個の人格として丁寧に扱い、それでいて大人として保護者として子供が子供らしくいられるように守り育てる姿勢をみせているわけで。殆ど理想的な子供に対する接し方なんだよなあ、これ。
途中明らかになる真実によって、彼がそれまで見ていた世界そのものが崩壊し、かつて彼が仲間たちと抱いた野望・大望、純粋なる夢がすべて矮小化してしまい、価値観そのものがひっくり返り、世界観は未知のものへと変転し、縋っていた復讐の念ですら意味をなさないどころか行き場のないものになってしまった時、彼は二度と立ち上がれないのではないか、というほどに打ちのめされ……乗り越えるんですよね、この男は。
理不尽を飲み込み、自分の非力さを飲み込み、理解の追い付かない無茶苦茶さを飲み込み、その上で騎士としての在り方にすがるのではなく、改めて自分の騎士としての在り方を見出して、護るべきものを見つめ直し、復讐者としてではなく騎士として、幼子の養親として、大事な人たちの居場所となった旅館の親父として、戦い抜くことを選ぶのである。
復讐は何も産まない、なんて言葉の上っ面だけをさらった綺麗事を思うつもりはない。時として、復讐は正しい権利として機能し、果たすべきものとして成り立ち、次へと進むための必要な踏み台となるものだ。
それを認めた上でなお、復讐を止めた彼の決断は尊いものであると思うのだ。仲間たちの死に様を思えば、彼らの無念を思えば、それはどれほど辛い決断だっただろう。心引き裂かれそうなものだっただろう。それでも、彼の復讐が誰も救わないどころか破滅をもたらすものだと理解した時、いやそんな公のことだけではなく、私人としてもその渦巻く感情を飲み込んで折り合いをつけてみせたんですよね。
どこまでも人間らしい懊悩の果てに、のたうち回って苦しんで泣きわめいて自失し果てた末に、自らを奮い立たせて選んだ「それから」。
格好いいですわ。愚直なまでにオトコの生き様というやつですわ。騎士の鑑とはこういうのを言うんですわ、きっと。
そういう彼だからこそ、絶望のどん底に追い込まれていただろう少女たち。リョウも、そしてサファイアも、潰えたはずの未来の先に希望の光を見出すのである。新たな夢を得るのである。やっと手に入れた「居場所」を護るために、どこまでも飛べるだけの勇気を得たのである。

ブンブンと振り回され、吹き飛ぶような嵐のごとき展開に翻弄され、しかしそれがあまりにも痛快で、痛切で、見ている景色がどんどん後ろに吹っ飛んでいき、速度があがり、スケールが加速度的に広がって、いつしか宇宙の彼方まで。そして、いつでもあの小さな、ちょっと改装して大きくなった旅館に戻ってこれるとんでもなくでっかいものとこじんまりと掌に乗るようなものを併存させたような、しっちゃかめっちゃかで愚直なまでに一本筋の通った、実に楽しく切なく、そして何より面白い、面白い!お話でした。
けっこう、これ一巻で話片付いちゃってるのですけれど、ここから続くのであればそれはそれでどうなるのか想像つかない部分があってワクワクするんだよなあ。出ませんかね?

やのゆい作品感想