ヴぁんぷちゃんとゾンビくん 吸血姫は恋したい (角川スニーカー文庫)

【ヴぁんぷちゃんとゾンビくん 吸血姫は恋したい】 空伏空人/かとろく 角川スニーカー文庫

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魅了の魔眼を持つせいで、心を通わせる相手がつくれない吸血鬼の少女・ルーミア。だからこそ、対等な“恋”に憧れていた―。少女漫画の続きを買いに日本へとやってきたルーミアは、そこで心を持たない不死者の青年・ゾンビと出会う。思い通りにならない相手に、感じたことのない苛立ちと嬉しさを覚えるが、ゾンビには何やら秘密があって!?人外ゆえに自分について悩むモラトリアムな美少女吸血姫のラブコメディ♪第1回カクヨムWeb小説コンテスト特別賞受賞作。
ああ、これは惜しいな。いや、惜しいと言ってしまうにはどれだけ作者が掘り下げて書くつもりだったかによるのかもしれないのだけれど。
心を持たない哲学的ゾンビでありつつ、死者から生み出された現象ゾンビでもある彼。ぶっちゃけ、自分には彼が心というものを持っていないのか判断がつかないのだけれど、哲学的ゾンビってそういう「区別」がつかないものみたいなので、その意味では彼は実に哲学的ゾンビ的なゾンビなのだけれど、心を持たないという証明を本作ではルーミアの魅了の魔眼、心持つものの心を無差別に支配してしまう、という能力がゾンビくんにはまったく作用しない、という点を持って、すなわち彼には支配スべき心が存在しない、という定義を以って成しているわけですな。
そんな心のない哲学的ゾンビであるゾンビくんと、彼に心がない故に彼と心を通わせることになるルーミア。いやもうこれ、まったくもって矛盾しているのだけれど、同時にこの上なく面白いアプローチでもあるんですよね。我思う故に我あり、という命題を思う我が無いがために成し得ず、しかし他者であるルーミアが彼たるゾンビくんを思うが故に彼たるゾンビくんに我が生じるのか。彼思う故に彼あり、となり得るのか。この世の一切から一つの個として、一つの存在として認証されることのなかったゾンビくんを、一つの個として認め求める人が現れることで、彼は個になれるのか。唯一無二の一人になれるのか。心がなくても、哲学的ゾンビであっても、そのうちに愛が生じるのか。
なかなかこう、表現しがたいけれど哲学的テーマで攻める部分が多々あって、非情に興味をそそられるところだったんですけれど、さすがにそっちの哲学命題の方に関してはさすがに攻めきれなかったというか、ルーミアの怪物としての孤独、人外故の自己と他の喪失。枯渇した愛の希求という側面に物語の比重が傾いていったために、そのへんの心の実証についてはまた別枠、とされてしまった感があって、惜しいな、と思ったんですけれど、人外と人外とのラブストーリーとしてみると見事にまとまっているだけに、あまりヤバゲな泥沼に頭からドボンしなかったのは賢明だったんじゃなかろうか。とは言え、個人的にはその泥沼へこそ首まで浸かってみたかったのも確かなのだけれど。
そう、本当に本物の心が、意識が生じるならば、彼女の魅了の魔眼はその生まれた心を許すのか。求め与えたが故に失われるかもしれない、という可能性を、まだ彼女は気がついていないように見える。あくまで可能性であって、そもそも心が与えられるか、生じるものなのかすらわからないけれど。少なくとも、数百年来もっとも欲しかったものを腕に入れた今の彼女はとても幸せそうだ。その事実に、ゾクゾクしてしまうのはちょっと我ながら悪趣味にも思えるのでした。