ゼロの戦術師 (電撃文庫)

【ゼロの戦術師】 紺野 天龍/すみ兵 電撃文庫

Amazon
Kindle B☆W

突然人類に発現した異能の力“刻印”によって、才能の優劣が決まる世界。特級戦術師という偉大な父の血を引きながらも、生まれつき“ウィアド”のエルヴィンは、軍学校の落ちこぼれ生徒。そんな彼がある日、十年に一人と言われる特殊な才能を持つ幼なじみのアーデルハイトと共に極秘任務に就くことになり、旅先で新雪のように輝く白い髪をもつ不思議な少女ネージュと出会う。この二人の出会いが世界の歯車を動かし、戦乱の世に変革をもたらすことになろうとは、誰も予想していなかった―。数奇な巡り合わせから新たな歴史を刻んでいく少年少女たちを描く、魅惑の正統派戦記ファンタジー、開幕!
こいつ、あれだけ幼馴染のアーデとイチャコラしといてからに。素で手づから剥いてくれたミカンを人前で食べさせてもらうとかしてるバカップルなのに!
さて、本作であるがタイトルにもある「ゼロ」。こういう名称がつく作品は大概本来ならあるべき能力が欠落していることに大きなコンプレックスを抱いているキャラが主体となるもので、本作の主人公のエルヴィンも一応その系統ではあるみたいなんだけれど……。
本人えらい気にしているのは確かなんだけれど、ぶっちゃけそれほど周囲が気にしている様子もないんですよね。価値基準が“刻印”に左右される軍学校内では虐げられていたのかもしれないけれど、学校内の描写が殆どなかったわけですし、落ちこぼれとか言われてるわりに何気に学科2位の成績とってるわけですから全然落ちこぼれじゃないよ?
それに、“刻印”の能力って規模の有無はどうあれだいたい単体兵器なんですよね。アーデみたいに気象を変化させられるとなるとまた意味合いも変わってくるけれど、彼らが目指している特級戦術師って軍の参謀や指揮官に相当するような存在であり、軍学校の授業内容も作戦術や戦術論、組織運営や士官教育に類するもので、あんまり個人としての能力って関係ないような感じなんですね。
実際として、作中で活躍するエルヴィンのそれは、駒の強さとしてのそれではなく、盤上を俯瞰し駒を動かす棋士としての力、作戦立案や相手の心理を逆読みした知略のたぐいであって、駒として最優であるアーデは終始彼の切り札として活躍するのだけれど、それでも駒に過ぎないわけでアーデ自身それって戦術師としては全然あかんのと違うか、と悩んでしまうことになるのですが。
エルヴィンの抱くコンプレックスは、任務先で出会うネージュという少女の天真爛漫でありながら真理や本質を穿つそのクリティカルなキャラクターによって解放されます。
故にネージュという少女の魅力、エルヴィンがネージュに抱く思いの基盤となるエピソードの為に必須な要素ではあるのですが、逆に言うとそのために用意されたお膳立て、以上にはならずエルヴィンという主人公の在り方そのものを左右するほどの要素足り得なかったのは、タイトルにまで押し上げながらちと物足りない部分ではありました。
エルヴィンという少年の本質はネージュに出会う前からほぼ完成していましたし、彼のコンプレックスもエルヴィンを歪めるほどのものではなく、アーデの存在によって大方癒やされていたようにも見えましたしね。それだけ、アーデの幼馴染としての存在感は強力であった、とも言えるのですけれど。
そこに堂々と割って入ったネージュのあのあっけらかんとした陽性のキャラクターは、さすがはメインヒロインと位置づけられているだけのことはありました。だけに、アーデは離脱している余裕なんかないと思うんだがなあ。男女としてではなく、同じ戦術師として並び立ちたいという意識がそうさせたものかと思われますが、なぜかお前が来るまで待ってるぜ宣言をするのがエルヴィンではなく、ネージュの方というのがなんともかんとも、このメインヒロイン男前……。