常敗将軍、また敗れる (HJ文庫)

【常敗将軍、また敗れる】北条新九郎/伊藤宗一 HJ文庫

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「貴様はこれまで父ローディアスと二度、長兄シャルクとは一度戦っているはず。そして、どの戦にも負けた」「しかし、まだ生きている」ティナの声が少し弾んだ。
 世界最強の「ヴァサームントの騎士団」当主の娘、ティナは初陣にて『常敗将軍』と渾名される異端の英雄、ドゥ・ダーカスと出会った。
陰謀に満ちた戦乱の世界で破格の生き様を見せる英雄ダーカスと、その姿を追いかけるティナや姫将軍・シャルナら魅力的なキャラクター達が織り成す一大ファンタジー戦記!
おお!? 負けてる、負けてるよ!? 結構ガチ目に負けてるよ!?
てっきり常敗と言っても負けるが勝ちとか試合に負けて勝負に勝つ、みたいになんやかんやわざと負けて実際は勝ってるとか最終的に勝ってる、というたぐいの話かと思ってただけれど、ほんとにちゃんと負けてますよ?
後々になってみると、そう単純な話じゃなかったというのはわかるのですけれど、わざと負けているという体ではないんですよね。
作中でも本人を前にして推察されていたところですけれど、敗戦処理係的な……絶対に負けるしか無い戦況で何とかあとに繋げられる負け方をしてのける、とか負けの責任を一手に負う役割を担う専門職、みたいな感じなのかなあ……と、思いますよね、普通は。
いずれにしても、こんな「常敗将軍」なんてあだ名までつけられたら疫病神扱いされそうなものなのに、逆に配下につけられた兵士や将校たちからは全幅の信頼を寄せられるカリスマ性を見せるのである。というのも、たとえ負け戦でも絶対に無駄死にさせられることはないし、生き残ることが出来る。もし絶体絶命の局面に追い込まれても逃げずに戦うに足る意義が与えられている、と思わせてくれる信頼があるのである。
ダーカスは決して万能ではない。力及ばずの場面もあるし、彼の意見が通るほうが少ない。それでも彼を知る者たちは、彼を知った者たちは彼に全幅の信頼を寄せることになるのである。常敗であるはずの彼を、だ。
そんな常敗の英雄の実像を掴むべく、ティナという最強傭兵団の跡取りである娘がダーカスの副官のような立ち位置を得て、彼にくっついて見守り続けるわけだけれどなかなかその正体は見えて来ないんですよね。これはティナに限らず、ダーカスという人物への対応はまさに真っ二つに割れるのである。間近でその姿を見続けていたティナは、彼の計り知れない部分に気づいていてだからこそそれを見極めんと余計にくらいついていくのだけれど、わざわざ彼を注視しない人々にとっては彼はただ負け続ける将軍に過ぎないのである。このギャップというか、見る人によってまったく異なる
常敗将軍の姿の相違がまた不可思議な魅力となってるのでありました。
いや実際に、このダーカスという男、その正体、実像が明らかになればなるほどにむしろ謎が深まり得体の知れなさが広がっていくという不可思議な人物なんですよね。
本当に人間なのか。ある種の条件をクリアすることによって絶対の味方になってくれる、というやたら確固とした定義付けを見ると、人間の姿をした概念か契約神なんじゃないか、と思えてしまう部分すらありますし。だいたい、ネタバラシとなる過去回想でのあの君主との会話からすると、ダーカスって何歳なの!? と素で首を傾げてしまうところもありましたし。
大体から、戦場における常敗将軍というのは嘘偽りのない真実であったのだけれど、彼の持ってるスケールって現場レベルにとどまらないんですよね。これまで、戦術での勝利で戦略上の敗北をひっくり返す、みたいな勝ち戦の不敗神話が描かれることは珍しくはなかったかもしれませんけれれど、戦術上での敗北を前提として組み立てられた大戦略を操る者のお話、というのはかなり珍しいんじゃないかと。これ、敗戦処理じゃなくて計画倒産だよなあ。
でも、全部ダーカスの思惑通りに行っていたわけではないんですよね。彼の提案通りに全部物事が運んでいたら、犠牲や被害は全く比べ物にならないくらいに少なくなっていたはず、というのも終わってみればわかる話で、実際の戦場での働きも堅実一途で大仰な奇策に頼ること無く地味だけれど確かな働きに終始している。その堅実さが、実直さがダーカスに地に足の着いた存在感を与えている。だからこそ、ラストに明らかになる大どんでん返しにも驚きと納得が伴われていたのだろう。
いや、これは面白かった。地道な展開ゆえの読み応えとそれを踏まえた上での真実が明らかになることへの爽快感、何より報われるべき人が報われる、という展開が思わぬ予想外のところから突っ込まれてきて、なんかやられた!という痛快な気分にさせられてしまったんですよね。
厳つい様相のわりと冴えないおっさん風な装いのダーカスも、それにつきまとうティナもくるくるとよく立ち回る躍動感のあるキャラクターで、最初から最後まで没入させられてしまいました。
これは一等、面白かったなあ。ここからさらにストーリーが展開していくのを期待してしまう。戦記モノはやっぱりシリーズ続いてくれないとね。