復讐の聖女 (角川スニーカー文庫)

【復讐の聖女】 高橋 祐一/岩本 ゼロゴ 角川スニーカー文庫

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「あの時私を裏切った、すべての者に死を」復讐のダークファンタジー

十五世紀フランス。火刑台に散ったはずのジャンヌ・ダルクは蘇った。自分を陥れた者たちに復讐するために――。 ジャンヌの処刑裁判で書記官を務めた青年ギョームは、罪なき彼女を救えなかったことを悔やんでいた。「あの裁判の不正を、俺は正さなければならなかった……なのに」懺悔に訪れた修道院で、ギョームは蘇ったジャンヌに出会う。【真実を語らせる力】を見込まれ、ジャンヌを敗北へ導いた裏切り者を探すことになったギョームだが、その復讐は凄惨で――
「次の相手を早く殺せ、という神の声が聞こえるのだ」
不死身の聖女と、真実を求める青年の、復讐と贖罪の物語。
登場人物のほぼすべてが歴史上に実在した人物によって描かれる復讐譚。1人だけ架空の人物がいる、とあとがきで記されているけれど、順当に考えるならオーヴィエットか。彼女も実在の人物であるのだけれど、ジャンヌの物語においてはその範疇から外れて重要な役どころを与えられることも多い人物らしいので、なるほどこの子がオーヴィエントであるのはある意味順当であるのだろうし。
さて、復活せしジャンヌの復讐譚である。復讐鬼ジャンヌ・ダルクというと近年ではやはりFGOの邪ンヌの存在感が突出して図抜けているのだけれど、反英雄とかしてしまった彼女と違って、本作のジャンヌは復讐に心身を焼かれながらも同時に慈愛を失っていないアンビバレンスなキャラクターでもある。彼女が甦ったのが神の意志か、それとも悪魔の所業なのかも本人を含めて誰も知らないしわからないのである。多くの人々に裏切られ、罪を着せられ、魔女として焼き殺されたことへの憎悪は彼女を駆り立て、不死身となった肉体を顧みても、たとえ悪魔によって蘇らせられたのだとしても構わない、自分を裏切った者共に復讐を、とうそぶくジャンヌなのだけれど……。
ただ、相手を殺してウサを晴らす、という方法ではないのである、彼女の復讐は。一度殺しておきながら、嘘をつけない状態にしてその口から真実を吐き出させ当人に突きつける。
その上で、生き返らせるのだ。冥府に送るのではなく、現世で自身の醜い欲望、浅ましさ、罪を焼き付け、生き地獄を味わわせる。それは確かに恐ろしい復讐ではあるのだけれど、生きて後悔し続けろ、というのは一つの救済でもある、と考えられないだろうか。
そもそも、このジャンヌはブレることなく、最初から救済者でもあったわけなのですけれどね。
もっとも、彼女の刑死に関わった大半の人間がそれを後悔もしていなかったのだから、ジャンヌのそれは正しく復讐にもなってしまうのでしょう。例外は、まさに悔恨の底にあったギョームくらいのものなのだ。彼にとっては、彼女に与えられた死と役割は救済以外の何者でもなかっただろうし。
同時に、真摯に自分を手助けしてくれるギョームの存在は復讐者としても救済者としても孤独であり続けたジャンヌにとっても救いになっていくのである。
半ばバケモノと化したと思われても仕方ないジャンヌを彼は恐れることもなく、自身が捕縛される原因となった裏切り者を探し求める真実を追う旅の同志として、将帥としては経験を積んだものの田舎娘の知見しか持たない自分をあらゆる面で支えてくれるギョームは、張り詰めたジャンヌを鎧を剥がしていくのである。
それまではきっと、オーヴィエントという少女1人がジャンヌの拠り所だったのだろうけれど、あの子は同時に彼女の悔悟の証でもあるわけで、大切でありながらも重たい存在であったんですよね。
だから、護り手であり救い手である自分を護って助けて救ってくれる存在というものを、彼女は生前を通じて初めて得たのかもしれない。そりゃあ心揺れるわなあ。

それにしても、これだけ敵味方の上層部から疎まれていたら、そりゃあ嵌められるのも仕方ないわなあ、という厄介者扱いぶりなんですよね。それだけ、ジャンヌ・ダルクという者がその出自からして特異すぎた、というのもあるのでしょうけれど。
こういうケースでは、ジル・ド・レェ将軍の扱いがかなり作品によって変わってくるのですが、これはある意味相応の形に収まったかなあ。

ジャンヌ、後半に行くに従い人間味を取り戻していくのはいいのですけれど、いつの間にか腹ペコヒロインになってたのには笑ってしまいました。いや、だからこそそういうところが魅力的として映るようにもなっていたのですが。
ダークファンタジーという看板ですけれど、なかなかグロい描写があるとはいえジャンヌが闇落ちしてたりするわけではないですし、物語の方向性もむしろ明るいほうへと向かっていくものであったので、それほど暗鬱な雰囲気もなくて、ダークという感じではなかったかも。でも、面白かったです。