りゅうおうのおしごと! 9 (GA文庫)

【りゅうおうのおしごと!9】 白鳥士郎/しらび GA文庫

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夜叉神天衣。
わずか十歳にしてタイトル挑戦を決めたシンデレラは、両親の墓の前で誓いを立てていた。
「お父さま、お母さま。必ず女王のタイトルを手に入れます……私たちの夢を」
しかし彼女の前に立ちはだかるのは、史上最強の女性棋士にして師匠の姉弟子――空銀子。
二人が争うのは女王のタイトルだけなのか、それとも……?
《浪速の白雪姫》と《神戸のシンデレラ》が遂に激突!
アニメ化も果たしますます過熱する盤上のお伽話、家族の絆と感動の第9巻!
シンデレラの頬を伝う一筋の涙を、若き竜王の飛車が拭い去る――!!


白雪姫と、シンデレラか……。
今回は章タイトルを童話や昔話で統一されていたのですが、童話は童話でも「本当は恐ろしいグリム童話」みたいなものかもしれない。
『神戸のシンデレラ』と呼ばれる少女夜叉神天衣はわずか十歳である。十歳にして、孤高の道をひた走っている。その壮烈な生き様に対して、師匠である八一は思いの外何も口出ししてこない。
あいに対してはべったりと手取り足取り世話を焼いているのに対して、天衣に対してはむしろ何も言わず見守るスタンスを取り続けている。
あいと違って天衣には殆ど将棋の戦法などは教えなかったし、棋士としての在り方なども今更何を教えるか、というように示すことはない。その意味では、あいに対するものと天衣に対するものでは八一の師匠としてのスタンスは大いに異なっている、と言っていいんじゃないだろうか。
少なくとも、八一は天衣のことを既に一廉の棋士として認めている。
その上で。
八一はこの孤高の少女が心置きなくその翼を羽ばたかせて空へと飛び立てるように、師匠として力を尽くしている。それが象徴されるのが、以前天衣に彼女の亡き父の残した字を記した駒を送った出来事であり、そして今回の捌きのマエストロとの対局で示した記譜である。

彼女の魂は、将棋の形をしている。
将棋に心を奪われた少年少女は、その魂の形を将棋へと作り変えていくという。九頭竜八一は、その存在が将棋そのものだ。夜叉神天衣もまた、物心ついたときより将棋を指すために在ってきた。
そんな将棋の形をした師弟だからこそ、余分なものの入り込むもののない純粋なまでの、将棋を通して伝わるものがある。伝えられるものがある。肉も言葉も介さずに、ダイレクトに魂同士で繋がり合うことができる。
今、これほど純粋にして無垢なる師弟が他に存在するだろうか。
物心ついた時から、自分の魂を将棋の形へと作り変えていくときに注ぎ込み続けた触媒たる記譜。それはもう、彼女にとっての根幹であり、根源であり、魂の中に混ざり込み根付いた不可分の輝きである。
そこに、九頭竜八一の将棋が在る。
もはや、夜叉神天衣にとって師・九頭竜八一は魂と共にある存在なのだ。
それを、夜叉神天衣は空銀子とのタイトル戦を通じて、理解することになる。
少女は恋を知る。

そして片割れには、将棋の形にならない自らの魂を前に鬼気迫る姿でのたうち回る少女がいる。
はたから見れば、空銀子こそが将棋の形をした魔物だろう。身も心もすべてが将棋に染まった悪鬼羅刹に見えるだろう。
でも違うのだ。6巻での彼女の物語を見たものは、誰でも知っている。彼女の魂は将棋の形をしていないし、彼女は将棋の星にたどり着けずにさまよい歩く腐乱したゾンビだ。
この対局、空銀子は天衣に三連勝し、その内容も灰色の瑕疵をつけられたとはいえ、最終局もまた圧勝に近い内容であった。
しかし、果たして銀子は対局に勝利はしても、勝負には勝ったのか。
千日手への逃げを敢然と拒否してみせた天衣に、銀子はいったい何を見たのか。
奨励会の地獄に歴然とした差を突きつけられ、今また姪弟子に愛しい人との将棋を通じた魂のつながりを見せつけられ……。
自分で買ったマンションに連れ込んだ八一には、結局何一つ伝わらなかったのに。
この生意気なシンデレラはあの王子さまと同じ世界の、同じ星の、同じ領域で交感しあえる存在なのだと証明し、将棋で死ぬまで戦う勇気を、死んでなお戦い続ける勇気を証明してみせた。
それは同時に、銀子に己がどれほど足掻こうと、将棋の星のお姫様にはなれないメッキの人形だという事実を、突きつけられる対局ではなかったか。
偽物の自分は、王子様と心も言葉も通じ合えない、繋がれない。その恋は、どこにもたどり着けない。
空銀子は、おそらく作中の登場人物の中でも一際、心が弱い少女である。メンタルは豆腐並みのグズグズで、触れれば崩れる砂山のように脆い。いつだって、逃げ出したい気持ちを抱えている。だから、油断すればこう考えているはずだ。
将棋なんかささなくても、八一との恋は叶うんじゃないかって。
そうした気持ちが時折、銀子を八一との逢瀬に走らせる。彼女が垣間見せる、将棋じゃなく自分を見て、姉弟子じゃない銀子を抱いて、というサインはその証左であろう。
でも、そのサインをいつも無視して、彼女の逃げを丁寧に叩き潰しすり潰し掃いて捨てているのは、いつだって九頭竜八一なのだ。常にこの男が、空銀子を逃げることの出来ない先へと追い込んでいく。言葉では何も伝わらない、態度では何も気づいてくれない、体で示しても結局なんにも見えていない。
だったら、将棋で伝えるしかないじゃないか。自分の魂を将棋に作り変えて、人間でしか無い自分を人間では生きていけない居るだけで死んでしまう将棋の星にたどり着かすしかないじゃないか。
そうしなければ、この声は聞こえない。自分の本当の姿を見てもらえない。
この恋は、叶わない。

あの冒頭の壮絶なモノローグは、天衣のものだと思っていた。
しかしてこの9巻は、夜叉神天衣の初恋の物語であった。
そして同時にこの9巻は空銀子の…………。



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