【ロード・エルメロイII世の事件簿 7 「case.アトラスの契約(下)」】 三田 誠/坂本 みねぢ  TYPE-MOON BOOKS

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「かの王の墓碑にはこう刻まれている。すなわち、過去の王にして未来の王、と」

決意とともに、故郷へ戻ってきたグレイと、ロード・エルメロイII世。
しかし、彼らを待っていたのは、奇怪極まりない『二周目』であった。
村の地下に広がる大空洞を舞台に、古き因縁と陰謀が渦を巻く。
一方、II世を助けんとするフラットとスヴィンは、アトラス院の院長たるズェピアと対峙していた――。
貌(かお)なき白銀の騎士。
地底を統べる、仮面の女王。
聖堂教会が恐れていた、ブラックモアの墓地の秘密とは。

謎が謎を呼ぶ、『ロード・エルメロイII世の事件簿』第零幕にして第四幕の結末や、いかに。
ズェピアの印象が著しく変わった一幕でありました。まあ「カットカットカットぉ!!」と叫んでるワラキアな人をそもそも体験している人からしてどれだけいるか定かではないのですけれど。人としては完全に破綻しているキャラクターだったからなあ。
そんな彼が死徒とはいえ、まともな人格を有している状態で現れたのは非常に興味深いものだったのですが、想像以上になんというか「アトラスの魔術師」というものの異質性を感じ取れると同時に、このズェピアという人物の複雑さ奥深さを感じさせてくれるお話でも在りました。
そもそも、彼が狂気に侵されたのはアトラスの魔術師として世界を救う方法を見失ったからでもあるわけで、世界は救えないという事実に絶望したからで、未だ狂気に侵されていない彼は……ズェピアはだからこそまだ絶望していない彼なのか。合理の怪物、計算の権化と呼ばれるアトラス院長だけれど、その異質さの向こう側には確かな人間性が垣間見える。その発露、根源は確かに人間であるというところから始まっているのだろう。生まれているのだろう。善悪の彼岸を超えて、多種多様な一面を滲ませる。
なるほど、魔術師という「人間」を描く三田誠先生だからこそ描き出せる「ズェピア・エルトナム・アトラシア」だと、感動した。
そんなズェピアに、愛おしいと言わしめたエルメロイ先生のセリフ。あれは痺れたなあ。
あれこそは愚者のセリフであり、人間というものの著しい可能性の発露なんだろう。そして、先生がたどり着いた真理、というのは大仰がすぎるか。先生は未だどこにもたどり着けずに彷徨い続けているからこそ魅力的で、多くの生徒を導き後押し出来ているのだろうし。でも、最短距離で最適解を選び続けて辿り着くことを、こうやって拒絶してどれだけ遠回りしようとも、悔しい想いを忸怩たる想いを抱えながらも捨て去らずに、目指すところを追い求めているからこそ、魅力的なのだろう。
だからこそ、あの言葉が輝くのだ。只人が言ったからとて妄言に過ぎない。彼の言葉だからこそ、それはとてつもない真摯さなんだろう。
この章は、自らを構成していた殆どを置き捨てて、目を閉じ耳をふさいで逃げ出してきたグレイが、自分が置いていったものの真実を目にする物語だ。人の目に映る真実は、著しく情報量に欠いている。その意味では、かつて経験した事実をまったく別の視点からもう一度体験できるこの再演というのは、凄まじいものなのだろう。図らずも、彼女は覚悟していたもの以上の真実を知ることになる。
自分を取り巻いていた世界の姿を知ることになる。
そう、世界は捨てたもんじゃなく、きっと守るに値するものなんだろう。人理は、命と矜持とホコリを賭けるに値するものなのだ。賛歌だなあ、これは。

今回大活躍だったフラット&スヴィンのコンビですけれど、なんかもう個人主義な魔術師にあるまじき、凄まじいまでのコンビ性能ですよねえ。個々としては結構歪んでいるようにも見えるのだけれど、エルメロイ教室の生徒として、或いはこのコンビとしてあるとびっくりするくらい青少年として健全なあり方をしているように見える不思議。
そのスヴィンくん、相変わらずグレイへの淡い想いに耽溺しているようだけれど、なんか今回いつもにもましてグレイの師匠への慈しみというか愛おしむような様子が増えてきていて、だんだん形勢悪くなってなかろうか。グレイが自分嫌われているじゃなかろうか、という誤解は解けずとも距離感的には徐々に近づけてきているんだけどなあ。

デレっぷりというと、むしろライナスの方がすごくないですか、これ。ライナスってこんな寂しがり屋だったっけ、というくらいグレイが居ないだけでスイーツ美味しくなく感じたり、グレイとお茶会してるだけで安っぽいお菓子でもめっちゃ美味しく感じてしまったり、ともうびっくりするくらいグレイ大好きになっちゃってるじゃないですか。ファーストフレンドに、そんなにハマっちゃったのかこの腹黒お嬢。なんか、どえらい可愛く見えてしまったんですが。
サー・ケイは一貫してムードメーカーでありつつ締めるところは締めてかっこよかったなあ。円卓でも立ち位置も透けて見えるようである。アグラヴェインとは別の意味で苦労症だったんじゃなかろうか。みんなには認識されない部分で。なんというか、さすがの「お兄ちゃん」だったなあ。
ちみっとガレスちゃんに言及していたのがなんかツボでありました。だいぶガレスちゃんのことイジってたんじゃないのか、この人。

シリーズ感想