【星系出雲の兵站 1】 林 譲治 ハヤカワ文庫JA

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人類の播種船により植民された五星系文明。辺境の壱岐星系で人類外の産物らしき無人衛星が発見された。非常事態に出雲星系を根拠地とするコンソーシアム艦隊は、参謀本部の水神魁吾、軍務局の火伏礼二両大佐の壱岐派遣を決定、内政介入を企図する。壱岐政府筆頭執政官のタオ迫水はそれに対抗し、主権確保に奔走する。双方の政治的・軍事的思惑が入り乱れるなか、衛星の正体が判明する―新ミリタリーSFシリーズ開幕。
異星人そう来たかー! 徹底して異星人側が人類サイドに情報を漏らさないように立ち回っている段階から、幾つかのパターン想定はしていたんですよね。
舞台となる五星系文明が地球からの播種船(厳密には移民船とは異なっている)によって植民され、故郷である地球はもはや伝説の彼方にあり、時間的にも数千年隔たっていることからも、ね。最初に発見された人類外の制作物であるだろう無人衛星の構造や材質が、人類が解析でき理解できる範疇であった、というのも大きな要素の一つでしたし。

「英雄の誕生は、兵站の失敗に過ぎない」

このキャッチコピーやそもそもタイトルからして【星系出雲の兵站】である。異星人との宇宙間戦争巨編という本格ミリタリーSFでありながら、そのアプローチは「兵站(Logistics)」というあたりが、林譲治先生の面目躍如というべきか。
そもそも兵站とはなんぞや、というところから大方の人は戸惑ってしまうでしょうし、その定義づけにしても実のところ統一された見解というのは定まっていないんじゃないだろうか。どこまでを兵站の範疇に含めるのか。単純に輸送供給の問題じゃないんですよね。ことは生産体制の確立といったところまで及んでしまう。作中におけるコンソーシアム艦隊による壱岐星系への内政介入もまた、権力争いという俗な話ではなく、徹底した兵站の確保にあるんですよね。異星人……ここではガイナスと名付けられた未知の人類外存在の浸透侵攻に対抗するための確固として万全たる体制の確保のためには、統制された兵站計画が必要になり、そのためには壱岐政府の政体制と協議を進めながらそれを整えていくのは非合理ですらある。のだけれど、それを艦隊側で軍事的圧力でどうこうしたら政治的混乱がとてつもないことになって、結局生産体制の方はむちゃくちゃになるし、そもそも五星系間での政経のことを考えるとただただ合理的な計画で物事を進めるわけにはいかないし、壱岐政府側からすると異星人ガイナスもコンソーシアム艦隊も混乱をもたらす侵略者という意味ではイコールになってしまう。壱岐政府側も超有能なタオ執政官という逸材の辣腕によって、政治的アドバンテージを離さない。
幸いにして、有能な政治家や軍官僚の駆け引きや交渉はただの足の引っ張り合いの泥沼な状況を引き起こすものではなく、お互いに必要なもの、最低限譲れないものを尊重した上で共有できる価値観や欲するべき成果、結果、目的をすり合わせていって妥協点や落とし所を見事に作り上げていくものなんですよね。
艦隊側の鍵を握ることになる兵站監の火伏にしても、タオ迫水にしても非常にロジカルで私欲のない人物なので、事実上政治的には敵対している一方でしっかり意思の疎通、目的の共有みたいなものは出来ているので、その意味では安心できる。
いきなり壱岐の大規模な生産工場に降下猟兵投入して制圧した際はどうなることかと思ったけれど、それすらもお互いの能力の確認と意図の探り合い、妥協点やお互いに掴んでいる情報のすり合わせのキーポイントになっているわけで、この一事だけ見ても兵站の確立という直接的な面への成果のみならず、今後の壱岐の政体の行方を決定するターニングポイントにもなってるんですよね。
単に生産工場を乗っ取ったのではなく、非合理な運営で生産能力を50%も発揮できていない工場の能力を、体制の改善で生産力を確保するように展開してるあたりが、この作者さんらしいというべきか。
ガイナスとの直接戦闘、そしてその正体が明らかになってく降下猟兵による強襲威力偵察の戦闘シーンも面白かったのだけれど、白眉たるのはやはりキャッチコピーである「英雄の誕生は兵站の失敗に過ぎない」この言葉を、その意味とともに痛烈に語る火伏兵站監のシーンでしょう。
この人、決して英雄そのものを否定してるわけでもないんですよね。一連の戦闘で活躍した降下猟兵の隊長や隊員の能力や判断、決断、冷静な戦闘後の分析、その特筆すべき資質を絶賛すらしている。
だからこそ、彼らを英雄にしてしまったことへの回り回って訪れるであろうしっぺ返しの予測が、耳に痛いんですよね。それをちゃんと聞く水神司令官とは、確かにいいコンビでありお互い認める通りの親友なんだと思いますよ、これ。
相変わらずの、ちょっとクスッとなるような登場人物同士のやり取りが良いエッセンスにもなっているんじゃないでしょうか。精鋭たる降下猟兵たちの締めるところは締めつつ、どこかとぼけたところのある掛け合いも好きでした。シャロン中隊長、マッチョな女隊長ってだけじゃない可愛らしいところあって、いいですよね。ってか、マイア兵曹長、それはラムだけじゃなくてこっちも聞きたいです。で、どうだったんだ?

とかまあ、ほんわかしたところで、火伏と水神とのあの暗澹たる会話があり、トドメにラストのあれである。そう来たかー、と最後の最後に強烈なのを喰らいましたよ。ガイナスの姿が実際に描写されたことで思考の方向が一定方向に固定されたところでもあっただけに、尚更に。
まだことは始まったばかり。二巻がどう転がっていくのか、楽しみにならざるを得ない引きでありました。久々に、林先生としてはSFでの大作になりそうで、ほんと楽しみです。

林譲治作品感想