【はたらく魔王さま! 20】 和ヶ原聡司/029 電撃文庫

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「勇者が魔王の城に攻め込むのは自然なことです!魔王が勇者の自宅に来るなんてことはあり得ません!!」
アシエスの暴走した食欲に続き、姉であるアラス・ラムスにも異常が発生してしまう。娘を救うため、頑なに拒否する恵美を説得し、永福町にある恵美の自宅に行くことになった魔王。玄関で履かされたスリッパ、大きな冷蔵庫、部屋についているお風呂と、六畳一間の魔王城との格差に圧倒されつつ、親子三人の同居生活が始まるのだが…。一方、異世界エンテ・イスラでは各国の調整が最終段階となり、いよいよ魔王城が打ち上がるのか―!?

真奥と恵美のバイト先であるマグロナルドの主要なメンバーに事情を明かしてしまうという千穂ちゃんの行動、確かに後々真奥たちも動きやすくなるし、アエシスの食糧事情からも事情を知っている先があったら助かる、というのもあったのだけれどそれだと岩城店長と木崎さんさえ知ってたらなんとでもなるし、スタッフの川田くんと大木さんにまで教えるというのはどういうことなんだろう、と思ったら。そういうことだったのか。いやそれなら、志波さんの一族をまるごと巻き込んで、というのも納得できる。
襲撃云々以外にも、要は外国からの賓客を私邸に招くことと、公館に招くことは政治的な意味合いが大きく変わってくるということなんでしょうね。政治的な立場からの拠点を持たない真奥と恵美、魔王と勇者からしてマグロナルド幡ヶ谷駅前店は臨時応急の公的な迎賓館みたいなものに仕立て上げられた、と。政治的立場からエンテ・イスラからの来訪者が勇者と魔王に面通ししたという実績がここで生まれるわけですな。エメラダが、わざわざ正装してここを訪れたというのも実際意味が生まれるわけだ。同時に、現状における魔王と勇者の在り方を目にすることで、千穂ちゃんがやろうとしていることへの理解と信用も生まれますしね。そうなると、一連の事情をスタッフ含めてマグロナルドの面々が承知していないと、これはえらいことになってしまっただろうし、主要株主である志波さんからのバックアップがなかったら混乱は助長されるばかりだったろうし、全部必要なことだったというのもなるほど理解できた。
にしても、次々と異世界の偉い人がマグドに来店するという絵面がちょっとおもしろすぎるんですけどこれw
一番大変なのはこれ、岩城店長だよなあ。まあある意味、木崎さんの残した超絶人気店を引き継ぐというプレッシャーからは開放されたかもしれませんが。それどころじゃなくてw
リヴィクォッコが気配りの人になってて、なんか魔王軍の中で実はこいつ一番大人なんじゃないだろうか。何気に適応具合が半端ないのだけれど。

さてもう、なんか千穂ちゃんが超人的な活躍をしている一方で加速度的にポンコツをマシているのが鈴乃さんことデスサイズベル。千穂が好きという気持ちを時間をかけて醸成し続けていたのに対して、ベルの場合は空気中に充満していた気化燃料に、バチッと火花が散って火がついた、みたいな感じだからなあ。完全に自分の荒れ狂う感情を持て余している。千穂のそれを愛と呼ぶのなら、ベルのそれはまさしく恋なのだろう。大神官という立場を得てしまった彼女だけれど、勇者として云々のみならず魔王軍との戦争の被害者でもある恵美と違って直接的なしがらみのない鈴乃はその点自由とも取れる立場なわけで、この娘の動向が一番予測つかないかも。
一方で、勇者と魔王としての対立軸が解消されてなお、戦争という過去が大きく溝として横たわっていることが明らかになってしまった恵美と魔王。いやもう、実のところ当人同士はもうそういうの拘る必要のない場所に落ち着いてしまったのだけれど、恵美の理性的なところは同時に周囲を慮ってしがらみに囚われる、という要因にもなるわけで。エメラダの過去がそういうことだったとこうして明らかになってしまうと、親友からの感情を無視して自分の感情を優先するということが果たして恵美に出来るのかどうか。あくまでエメラダは魔王軍への負の感情の代表格として登場しただけで、実のところ他にも無数に憎しみを持つ人は恵美の知人の中にもいるだろうし、何より父は無事だったにしても故郷の親しい人を多くなくしているのは恵美自身も同じですしね。
忘れてはいけないことを忘れられないのが、恵美という女性の良いところでもあり儘ならないところでもあるのでしょう。それでもなお、という強い感情が……千穂や鈴乃のような自分自身を変えてしまうほどの想いが果たして今後生まれるのかどうか。現状、淡いものはあったとしても鈴乃みたいに火がついているわけじゃないからなあ……。ただ、鈴乃が危惧してしまったように、可能性はあるんですよね。鈴乃自身がそうだったから、身をもって体験しているわけだし。
だからこそ、恵美と真奥の同居という状況の変化にあれほど激しく反応したのだろうし。
しかしまあ、まさか疑似家族が本当の家族として一緒に暮らすことになるとはなあ。この構図は想像できなかった。何しろ、アラス・ラムスの出現からこっち、恵美ってばずっとシングルマザーの様相を呈していたわけで、つまり最初から恵美と真奥とアラス・ラムスというのは別居、あるいは離婚して時々子供のために一緒に過ごすことはあるだけの、既に終わった家族という観だったんですよね。
それを遡るか巻き戻るか、一緒に暮らすという選択肢が出てくるとは思わないじゃないですか。でもそれって、親の観点からのものであって、子供視点からすればそりゃ勿論両親が一緒に居てくれるというのが一番なんだろうなあ。どうしても大人側からの視点に寄ってしまって、子供からの感情というものに考えが及ばないというのは至らないところである。
アラス・ラムスは変にわがまま言わないいい子でしたしねえ。シングルマザーになる、ということには往々にして理由があり都合があるもので、それは無視してはいけないし配慮もしなくてはいけない。その意志も立場もまた社会的にも守るべきものであり、否定されるべきものではない。
でも、配慮というならそれは、大人だろうと子供だろうと関係なく誰に対しても必要なものなんでしょう。なかなかどうしたって難しいことなんでしょうけれど、恵美と真奥はそういう意味では子供を優先することに躊躇いのない、親として大変だろうとやるべきをやろうとしているという点を鑑みても、大したもんだと思いますよ、本当に。
まあその意味で、恵美の真奥に対する主張を要求はまったくもって正しい!
養育費問題である!
芦屋が頭抱えながらも全面的に受け入れたのも当然と言えば当然。ってか、親子ってんならそりゃ当然その問題は出てくるわなあ。なにしろ「認知」してるんだしw
むしろ、真奥が称賛しているようによくまあ一年での出費をこれだけに抑えられたもんである。幼児に往々にして必要な医療費の類が一切かからない点を考慮しても、この金額は驚異的だと思う。
作品通じて恵美に一番感心したところかもしれないw

さて、物語の方も千穂ちゃんの大活躍によりようやく収拾のめどが立ち、クライマックスへ。かつて千穂ちゃんが悪魔大元帥に指名された際は、見てるこっちも千穂ちゃん実質魔王軍のトップで大宰相になれるねー、なんて無邪気に笑っていたものですが、それがガチの真実となるとは今更ながらおののくばかり。エンテ・イスラと地球との行き来については、このままだと非常に難しいことになりそうだけど、その問題さえなんとかなったらホント向こうの婆ちゃんの言じゃないけれど、エンテ・イスラの方で何にでもなれそうなだけに、大学卒業後の進路についてはよくよく考えて欲しいものです。こればっかりは、なろうとしてなれるものではないだけに。
しかし、ラストのあれは真奥、精神的なショックというだけではない症状ですよね、あれ。むしろ、種族的な問題なのか。悪魔ゆえのものなのか。だとすると、火種がまた生まれてしまったと言えるのかも。

シリーズ感想