【オミサワさんは次元がちがう】  桐山 なると/ヤマウチ シズ  ファミ通文庫

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大学二年の雪斗には気になる女性がいた。芸術科の小海澤有紗。無表情、無感情で人と関わろうとせず、そこかしこに絵を書き散らすも、その落書きが数百万の価値を生む百年に一度の天才。人とのコミュニケーションが断絶してしまっているそんな小海澤さんが気になり、なんとかお友達にこぎつけた雪斗。しかし天才との変わった交流を楽しむはずが、彼女の重大な秘密を共有することになり―。次元が違う彼女との、もどかしくピュアなキャンパスラブストーリー。

そう言えば、次元が違うって言い回し最近はするんだろうか。昔はわりとよく耳にしたような気がするのだけれど、そう言えば最近あんまり聞いたことがなかったなあ、とふと思ったもので。
タイトルからしてダブルミーニング、一つの言葉に2つの意味が込められていた本作だけれど、様々な場面に表に見えている部分とその裏側に横たわっている部分という2つの意味や事実が込められているところが散見される。
同じ時間空間に居るはずなのに、そこに居て見えているのに、触れることもできるのに、たった独り世界と断絶してしまっている彼女。当たり前の日常の中にポツリと染み込んだ違和の一点。それは、彼女に近づき彼女が抱いている真実を知るに連れて、ゾッとするような不気味さを伴って主人公の雪斗へと押し寄せてくることになるのだ。
それは正しく、世界を隔てていた次元の壁を、跨いでしまった瞬間だったのだろう。
同じ時間空間の中に居ながら、確かにそのとき、彼は違う次元へとたどり着いてしまったのである。自分の見ている景色が、世界が自分を置き去りにして遠ざかっていく感覚。聞こえている声も見えている文字も自分の感覚すべてが歪んでいく、いや違う次元に最適化されていき、本来の世界を知覚できなくなっていく感覚。この世界から隔てられていく、奥へ奥へ、その場に居ながらにして深遠へと引きずり込まれていくような恐怖感、孤独感は胃の腑を鷲掴みにされるような気持ちにさせられてしまう。
でも、そうして……次元を超えることで「彼女」に近づくことでようやく見えてくる真実こそが、この物語のキモなのだ。彼女は次元の遭難者、そこに居なが誰も彼女の声が聞こえず、そのSOSが届かない。彼女の絶対的な絶望の前に現れた蜘蛛の糸こそが彼……雪斗だったのである。
元の世界から見た彼女は、何を考えているかわからない天才にしてコミュニケーションが全く取れない変人であり、喜怒哀楽が壊れてすらいるように見える狂気の淵に足を踏み入れた存在であった。しかし、次元を超えて彼女と同じ場所に立ってみれば、小海澤有紗という女性の姿はまるで違って見えてくる。正しい感覚、正しい認知、通じる言葉、つながる気持ちによって浮き彫りになる等身大の彼女は……ああ、小海澤有紗がどんな女性なのかは是非その目で確かめて欲しい。
少なくとも、雪斗くんの人を見る目というのは間違いがないのだろう。
これに関しては、彼の数少ない友人の海里と真輝の人となりからも確かである。中盤以降の雪斗の言動や情緒不安定な様子は親しい友人であろうと距離をおいても仕方ないものだったのだけれど、彼らの雪斗への交友の態度は最後まで一切ブレることがなかったのだから。あれはよっぽどの信頼がなければ、心配するにしてももうちょっと距離感ブレそうなものでしたもんね。
まあ、小海澤さんと同じゼミの人の内心を完全に勘違いしてたりもするので、見る目があると言ってしまうと過言かもしれないけれど。でもあれはあっちの態度も悪いよ、うん。
海里たちに関しては、雪斗が核心に迫ろうとするそのたびに電話やらで邪魔してくるので、一時はこいつら何らかの黒幕じゃないのか?と疑ったりもしてしまったのですが、普通にめっちゃイイ奴らでしかありませんでした。いやそれにしても、いざ真実に雪斗の思考が近付こうとした途端とか小海澤さんにキーワードを訪ねようとした瞬間に、それを中断させたり、とかタイミングが恣意的すぎて流石に気になりましたよ。もうちょっとさり気なくしてほしかった。
気になった、と言えば雪斗があの症状が深刻化しだした時は物語の趣旨とは違うとわかってはいても、「それもう早く病院行った方がいいって! 精神面の症状じゃなくて脳神経系の異常かもしれないし、自分の判断で決めつけずに医者に罹った方がいいって! ああ、閉じこもっちゃだめだ、誰かに相談しようよ!」と、日常生活すら危うい状態になりながら独りでなんとかしようとする雪斗に、なんか読んでるこっちが焦ってきてしまって、中盤あたり話に集中できなくなっちゃったんですよねえ。
結果として、小海澤が状況を説明してくれることで、とりあえず意味不明で何が起こってるかわからないという状態が終わって、物語としても小海澤と雪斗が現状を共有してどうしていくか二人で先への算段を立てていくことで、再びお話の方に没頭できるようになったのですが。
いや、ほんとに自分で勝手に判断しないで、医者なり周りなりに相談は絶対にした方がいい。自分から孤立していっても、とてもじゃないけれど解決するものでもないですし。
小海澤さんの場合は、巻き込みを恐れたが故というのも大きいのでしょうけれど、あれだけ必死に助けを求めていたのを鑑みると、初期段階でのSOSに失敗してしまったんでしょうなあ。雪斗くんと違ってちゃんと色々と罹ったりしたみたいだけど。
しかし、ラストシーンは本当に見事でした。あのワンシーンだけで、この作品の印象そのものをひっくり返してみせたわけですし。ジャケットデザインのイメージもあってか、本作ってセピア色だったり薄暗い影のイメージが強かったのですけれど、それが最後の1ページだけで一気に色彩が散らばってパーッと朗らかな陽の光が差したような感じすらしたのでした。
そして、小海澤さんという女性に対する印象も。お近づきになってわかってきた普通の女の子、というそれも飛び越えて。ああこの娘は……、と思わず笑ってしまうような苦笑してしまうような。
なんにしても、あれは死にたくなるよね!


桐山 なると作品感想