【おっさん、不労所得で帝国を導く】 藍藤 唯/タジマ粒子  Novel 0

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帝庁に勤め、同僚からも好まれ、皇帝の信も厚い若手魔導師・リュウ・クレソン。
しかし、彼を良く思わない一派から政争を仕掛けられ、左遷されてしまった。
新たな赴任先は小麦農園。余りの落差に落ち込む……こともなく、「食いっぱぐれないし趣味に没頭出来る」と考えたリュウは、有り余る時間と、なにもしなくても上がってくる農園からの不労所得、さらにいくらでも手に入る小麦を使い、趣味の料理を追求し始めた。
ついでとばかりに、暇つぶしに王都で屋台を始め、時折遊びに来る教え子達の成長を楽しみに見守りながら悠々自適な暮らしを楽しんでいるリュウ。

――しかし彼は知らない。教え子達の働きによって、自らの名が今も帝庁に響いていることを。
そして――教え子たちを使って背後から政治を操っていると噂されていることさえも。
だから30超えたくらいでおっさん呼ばわりはやめれぇ。
平均寿命がまだまだ短い文明レベルだったとしても、30はまだ若い、若いに違いないw
ともあれ、そんな若さで公職を追放され辺境の地主に追いやられてしまった主人公。明らかに左遷なんだけれど、上昇志向や野心や志の高い人でなければこれってあんまりダメージにならないんですよね。ただ、大きな問題を抱えている領地に配されたわけではないところに意図を感じるところではあるのですけれど。それこそ、領地放ったらかしにして自由に帝都でフラフラと露店を出していられるくらいですしね。
それでも、政治の現場から離れたからこそ見えてくるものがある、と言ってしまうには彼、リュウ師はどこに居ても全体像を把握していたような気がするのですが。ただ、尚書官という最前線から姿を消してしまったことで、同じくその最前線にて政治を動かしている人たちの目からは隠れることになってしまった、というのがこの話の肝なのでしょう。
これは、立っている立場に寄って見えているもの、入ってくる情報の質や量が異なっていて、そこから見えている真実が少しずつ姿を変えている、というのが一つの重要なポイントでしたから。これに関しては、読者こそが一番情報の流入について遅いからこそ、目まぐるしく見えているものが変わってくる、という面白さがあったんですけどね。
結論から言ってしまうと、これって誰かが間違えていて誰かが悪、という話ではない。それぞれの立場、見えているものからの判断、そして価値観や主義主張に基づき動いていただけである。その意味では全体像が見えていたのは主人公のリュウだけだったのだろう。だからこそ、彼は彼なりの目的や主義主張があったものの、官職から退いたことで自分の目的を押し通すことを控えたのだと思われます。彼は自分が良かれと思っていることが決して万人にとって正しいことではないというのがわかっていたから、だから自分が先頭に立って導くことをやめたのでしょう。
その彼がもう一度いっちょかみをはじめたのは、純粋に弟子たちのためでした。裏で弟子を操って黒幕を気取っているという風評は多分、本当に風評に過ぎず彼自身は自分が主体になるつもりは毛頭なく、ただ弟子たちの目指す方向を叶えるためにかつての自分の目的のために整えていた方策を添えてあげた、というところなのでしょう。まあ、もっとも弟子たちのスタイルというのはそれこそ師匠のそれである以上に、師匠の意向を継ぎたいと願っている娘たちなのでどれだけ自分が主体になるつもりがなくても、それはリュウ・クレソンの目指す世界というふうになってしまうことを、弟子たちにとっての自分の価値の高さを知らないリュウは失念しているのかもしれませんが。
でも、弟子たちへの期待と評価はべらぼうに高いんですよね。彼の目的は大変な危険を伴うものでありながら、彼女ら若い世代の台頭が起こるべきハードランディングを無事ソフトランディングへと収めてくれる、と信じているのですから。だからこそ、現在を見捨てず切り捨てず、正しきを貫くことが出来る。
安全策でいうなら、あの方の方策の方がよっぽど安全ではあるのでしょうけれど。
しかし、本当に章が進むに連れて起こっていることの様相の真実が変わって見えてくるのは面白いものです。保守的に見えてむちゃくちゃ改革的だったり。事なかれに見えてやたら過激だったり。大火の要因を火消しして回っているようにに見えて、爆弾を設置して回っているようなものだったり。滅茶苦茶破壊的に見えて、将来的に一番穏当で平和な着地を目指すものだったり。
いずれにしても、クルーエル師とのあれこれがああいう形で片付いた以上は、現場離れて悠々自適とかやってたら無責任もいいところなんじゃなかろうか。死ぬほど働く羽目になった人らから恨みかって刺されかねないぞw
でも、これって本当におっさんの話……後を託せる後継者に恵まれた人の話でもあっただけに、リュウの年齢ってもう一回り上の40くらいの方が自然だったんじゃなかろうか。さすがにその年齢まで行くと独身というのは問題かもしれないけれど。