【虐殺スペック赤三月さんと低スペック九木野瀬くん plan.1】 蓮見景夏/こーやふ  オーバーラップ文庫

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世の中、才能で人生決まる。低スペックな俺は周囲の心を殺すほどの圧倒的な才能をこう呼んでいる―『虐殺スぺック』。ひょんなことから『万能』の虐殺スペックを持つ美少女・赤三月朝火の自殺を阻止した俺は「なんでも出来て退屈したから」とのたまう彼女に、せめてもの抵抗として反論した。「なあ―出来ることじゃなくて、お前にしか出来ないことを見つけろよ」翌朝、朝火から『人生の攻略本作り』を手伝えと脅迫された俺は、条件と引き替えに制作を始めるが、朝火の攻略法は斜め上をいくものばかりで…!?低スペックが制作する人生攻略本、特典として万能美少女付き!

ちょっとまって、この彼―九木野瀬くんって全然低スペックじゃないですよね?
いや、低スペック=無能だとかボンクラという意味ではなく純粋に能力的スペックが低いという自認なのかもしれないけれど……それにしても、彼が時折垣間見せる「それ」を見るととても低スペックとは言えないと思うんですよね。
要領が悪く、リソースの注ぎどころを間違えてる、集中力を無駄な箇所に向けてしまうというところがあるにせよ、実際に集中したときの達成具合は凄まじいの一言ですし、目に見える形での実績としても残っているわけで。
なにより、あの思考の瞬発力ですよ。刹那に最適解を導き出す思考スピード。ひと目で複雑に入り組んだ構造を解きほぐして答えを抽出する思考の焦点の合わせ方の精妙さ。
圧巻である。
もはや人間の持ち得るスペックの上限に達しているだろう赤三月が、唖然呆然としているさまを当事者であるところの九木野瀬くんは気づいていないんだなあ。
ただ、九木野瀬くんは自身に備わっているだろうその才能についてまったく認識していない様子で、自身の要領の悪さばかりを引きずっている。実際、彼はやることなすことうまく行くことなく閉塞感に行き詰まっていて、それはもう生きるのが下手くそ、と表現スべきものなのだろう。
こうしてみると、人生の攻略本が必要なのはまさに九木野瀬くんなのかもしれないが、相変わらず彼は自分に対する認識が非常に乏しい。
一方で、他人に関する観察力については著しい鋭さを見せるのである。それは、相手が高スペックだろうと虐殺スペックだろうと特異性に孤立している人間でも関係ない。共感できる。相手に寄り添って考えることができる。
それが、九木野瀬くんがこの話の中で徐々に見せてくる特性。本来断絶している、能力や価値観の違いによって見ている世界が異なっている人間をつなげる能力。鎹となりえる力。
そう思うと、どうして赤三月が彼に目をつけたのかわかってくるのかもしれません。人生の攻略本を作ろうなんていいだしたのかも。

出来る能力や力があるからといって、それをすることが面白いかどうか、楽しいかどうかは別問題です。別に困難を克服すること、出来ない難しいことを出来るようになることが面白い、と言ってるわけじゃありません。そういうのを楽しむことが出来る人もいるし、つまらないと思う人がいるように所詮は趣味趣向の問題。
それが出来る、それを作れる、それを解いてしまえる、それを達成することが出来る。でも、それをやってて楽しいかどうか、本人の好みなんですよね。
なんでも出来る人はなんでも出来てしまうから退屈なわけじゃないんです。やってて面白いことに巡り合っていないから退屈なんです。人類の発展に寄与できる才能があろうと、それを活かすのに楽しい面白いという感覚がなければ、せいぜい義務感や責任感に後押しされるだけ。
まあ、大概の人は楽しく面白いことに集中して生きていくことはできず、生活のための義務感、責任感、必要に駆られてつまらなく退屈な日々を乗り越えていことになるのですが。

赤三月は何でも出来るが故に、九木野瀬は何事もうまく出来ないが故に、行き詰まって途方に暮れている状態です。しかし、努力家なん九木野瀬くんは途方に暮れて項垂れながらも、諦めきれずに黙々と努力を続けようとしている。
赤三月さんは、本当の所何を考えているのか未だにわかりません。気まぐれなのか、本当に絶望していたのか。何を求めていて、何を手に入れようとしているのか。
ただ、断絶された彼女の世界に割って入ってこれたのは、彼女の理解に一端でも触れることが出来たのは、外の世界と繋げてくれたのは、今の所彼―九木野瀬くんだったのです。
疑って、恐れて、自分自身を嫌悪して、羞恥に悶て、思い込みに四苦八苦して、それでも諦めない、最後の一線を信じてくれる、そんな主人公に彼女は何を見出したのか。
どんな思いで、彼を選んだのか、必要だと言ったのか。どこまでが嘘で、どこまでが本当なのか。
まだ何もわからない彼女の真意だけれど、なにものになろうとしているかわからない二人の関係だけれど、その不明瞭さに惹きつけられて、興味は尽きない。だから、続きが楽しみなのです。

ところでこの作家の蓮見景夏さん。名義がこれだけじゃなくて、富士見ファンタジア文庫から【撃ち抜かれた戦場は、そこで消えていろ】という作品を出した上川景さんも別名義の同一人物なんですと!? 違う名義で新人賞応募したのか、なるほど。いやこういうケースのとき、あとで索引まとめるときどうしよう。前例あっただろうか、どうしたっけか。