【はたらく魔王さまのメシ!】 和ヶ原聡司/029  電撃文庫

Amazon
Kindle BOOK☆WALKER

今回は、魔王と勇者と二人を取り巻く者達の「メシ」に注目するグルメ編!未知の食材「コメ」を食べるのに四苦八苦する芦屋。ポテトをきっかけにパソコンを手に入れたことを思い出す漆原。愛するうどんを食べることを全力で拒否する鈴乃。忘れていた趣味を思い出し散財してしまう魔王。突然同居することになった「娘」の食欲不振に「母」として悩む恵美。エンテ・イスラからの来訪者達がそれぞれに日本の「メシ」に向き合う中で、千穂はエンテ・イスラの豪華な料理に舌鼓を打っていた!「電撃文庫MAGAZINE」に掲載された六話に書き下ろし短編を加えた特別編が登場!『メシ』がテーマの庶民派ファンタジー・グルメ編!

これホントに「メシ」の話であって、「メシウマ」なこの料理美味しい! というメシの美味さを堪能する話でも絶賛する話でもないんですよね。なので【ベン・トー】や【異世界食堂】、【かくりよの宿飯】みたいな読んでるとその料理や食べるシーンのあまりに美味そうな描写で、こっちまで涎が出てくる、腹が減ってたまらなくなる、という類とはまた全く異なる種類のメシ・もの小説と考えてもらった方がいいでしょう。
料理云々じゃなくて、とことん「メシを食う」という行為に対して様々な視点・観点からアプローチを仕掛けて、日常の中で飯を食うということそのものを改めて捉え直す作品になってるんですよね。その意味でも非常に「はたらく魔王さま!」的なグルメ短編集となっていると言えるでしょう。
そもそも、冒頭からはじまる一編が、炊飯器どころか「米」という食材を見たこともなく、どうやって食べるのかも知らない真奥と芦屋が、米袋と炊飯器という彼らにとっては謎の物体を前にして手探りで「米を炊いて食べる」という正解を手繰り寄せるために幾つもの大失敗をしながら、試行錯誤していく、というドラマになっているのである。ただ、米を炊くだけである意味スペクタクルな物語になっているのだ、これが。米を知らない以前に、食事という概念すらまったく知らなかった段階からお米を炊く、という行動にたどり着くまでの紆余曲折は人類が思考する生物であるというのを改めて発見させてくれるなかなか感動すら感じられる一大叙事詩でありました。まあ、食べられるように炊く、というところに至るまでがまだ長く辛い試練のときが続くのですけれど。
本編はじまった段階では、貧乏暮らしながらある程度生活基盤を整えることに成功していた真奥たちですけれど、今回人間界で暮らし始めた当初の話を聞いているとかなりギリギリの崖っぷちを綱渡りしていたのがわかって、他人事ながらヒヤヒヤしてしまいます。大家さん、数ヶ月家賃免除してくれてたんだ。そりゃそうだわな、でないと無一文からどうにも出来ないもんなあ。
それでも、住が確保できても食と衣がなんにもない状態で、もちろん職歴もなにもなく、戸籍も身分保障も最低限しか獲得できていない状況なんですから、めちゃくちゃ苦労したんだなあ。最初期の芦屋の吝さも、この崩壊寸前の極貧生活をギリギリ半分転げ落ちかけながら維持してきた時期を見せられてしまうと、大いに納得させられてしまいます。そりゃ、節制するわなあ。
比して、今がどれだけ食生活恵まれているのか、よくわかるというものです。ベルがうどん差し入れしてたの、そりゃ拒否せず受け取るわなあ。
これに比べたら、恵美の方は最初からうまくやってたも同然ですし、ベルに至っては殆ど苦労らしい苦労もせず、ですからねえ。恵まれてるや。
カレーうどん、その汁のハネない食べ方はちょっと難しいよ! それって、結局一本一本ちまちま食べることになってしまうし、端にたどり着くのに麺についた汁を箸で削ぎ落としてしまうとも言えるのでなんかもったいないし、ってかうどんはもっとまとめてズルズル行きたいじゃないですか。
とりあえず、着物でカレーうどんはやめとけ。前掛けするとかした方が早そう。

なかなか考えさせられたのが、恵美のアラス=ラムスの育児メシ。いやこれ、実際に育てた人でないとわからん感覚じゃなかろうか。料理自体に問題はなくて、食事の時間帯がひっかかってた、ってこれよくベル気がついたなあ。シングルマザーがどツボにハマってしまう部分を恐ろしいくらい丁寧に描いてるんじゃないだろうか、この短編。変に完璧に拘ってしまったりとか、真奥の方で暮らしていたときは問題なかった理由が、あっちはお父さん役とお母さん役二人が揃っていたから、というのは考えさせられるところ。手抜きできる部分は手抜きした方がいい、というのは大いに頷かされる。
育児という側面から考えると、アラス=ラムスって幼児としては尋常じゃなく手がかからない優良児なんですよね。ほんとのこの歳くらいの幼児なら、桁一つ二つ違うレベルで手がかかるんじゃないだろうか。そんなアラス・ラムスですら恵美が育児ノイローゼ気味になりかかるほどの育児の上手く行かなさ、という部分が出てきてしまうわけで。育児の大変さというものが断片的ながら伝わってくるというものです。これ、ほんとに相談とか出来る人もいなかったら、パンクしちゃうのも無理ないよなあ。

そして、ラストの真奥が木崎店長のマグロナルドに面接して働き始める話。いやあ、あのレベルで面接の受け答えされたら、バイトなら多少履歴書おかしくてもだいたい受かるでしょう。社員でも大手企業じゃなく、人手足りないところなら拾う所事欠かないんじゃないだろうか。いやうん、職歴は大事だけどね、所詮は参考に過ぎないとも言えるので、これだけしっかりとした受け答えされたら自分なら諸手を挙げて、この人取りましょう、って言いますわ。バイトレベルでこれは出物ですよ。これに関しては木崎さんに見る目があったというよりも、ごくごく当たり前の推移だったように思います。千穂ちゃんはその意味では、高校生らしい面接風景でしたよね。あれは木崎さんの着眼点面白いなあと思ったけれど。
この話、優秀な人が集まる現場には、集まるなりのちゃんとした理由がある、とも言えるわけで、これは木崎さんの手腕だよなあ、と感心したり。

メシ話、と言いつつ各巻や各キャラクターの隙間を埋める幕間集にもなっていて、非常に満足感がある内容でした。面白かった。


シリーズ感想