【ガーリー・エアフォースXI】 夏海 公司/遠坂 あさぎ  電撃文庫

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ついにザイ殱滅への光明が差し、作戦準備を進める慧と独飛の面々。しかし、その作戦はグリペンを始め、すべてのアニマに大きな代償を強いるものだった。最終決戦目前、日本のアニマ達にロシアのバーバチカ隊も合流し、いざ決戦!…といきたい所が、気負う慧を余所に、いつも通りのアニマの少女達。イーグルは陽気にウォッカをがぶ飲み、ファントムとジュラーヴリクは憎まれ口を叩き合い、慧に絡むラーストチュカにマイペースを貫くバイパーゼロとパクファ。そして、時を超え慧への変わらぬ想いを抱えたグリペンを待つ結末は―。美少女×戦闘機ストーリー、蒼穹を駆ける史上最大の空戦が始まる!

最終決戦前に主人公が搭乗機を新型、或いは決戦機に乗り換えるというのはロボットもののお約束ですか? いやこれロボットモノじゃないけどさ。
シリーズ途中から、特に空母シャルル・ド・ゴール編、いやザイの正体が判明した頃からか。そのあたりから特にSF色を強めてきた本作だけれど、終わってみれば未来への選択、という以上にアニマという人間ではない存在とのコミュニケーションの物語だった、という印象が焼き付いてくる。
まるで人間と同じように笑って泣いて物を食べ触れ合うことの出来る存在だったアニマだけれど、人と想い合い、愛を交わすことの出来た存在だったけれど、それでも彼らはやはり人間ではない。その価値観は、在り方は、魂の拠り所は人間とは決して交わらない存在である、ということを結局慧はこの土壇場で理解することになる。
気持ちが通じ合ったのは本当、お互い好きになって愛し合ったのも本当。でも、その想いの土台となる「本質」は人とアニマではまた違うのだ、ということをわかっていなかったのだと、ザイ殲滅の結果アニマが今の形状を維持できない、という事実を前にした時に慧もグリペンも思い知ることになる。
いや、わかっていないことすらわかっていなかったからこそ、最後まで拗れた、というべきなのかもしれません。お互いにその違いを理解しないまま、想いを貫こうとするから、相手を想うことを貫こうとするから、食い違いが生じてしまうという悲劇なのか喜劇なのか。第三者だからこそ、或いはアニマであることと人間であることの違いを正確に把握していたファントムは、だからこそ慧に事実を伝えたんだなあ、と読者である私もまたようやく後になって理解した次第。
このあたりのファントムの感性って、当初思っていた乙女心の発露とか、慧を気遣って、というのとは実は微妙に違ったんだなあ。いや、そういう要素もあったんだろうけれど、彼女もまた一貫してアニマであった、というべきなのか。
ともあれ、ファントムに後押しされたとはいえ、このアニマと人間とは違う存在である、というのをグリペンとの交流だけではなく、イーグルや帰ってきたベルクトとの会話からちゃんと理解しようとし、今までの経験を踏まえた上でそれを飲み込んで慧は理解し、選択しました。自分で選びました。自分で見つけました。
アニマと人間が交わらない異なる存在であるというのを踏まえた上で、アニマと人間であるからこその繋がり方というものを、人間であるからこそアニマの存在意義を証明し続けることの出来る関係を、意志を持つ存在とそれを叶える存在との在り方を、人である慧を好きになったグリペンとそんなグリペンを好きになった自分の思いの在り処を、彼はちゃんと見つけたのです。
だから、その選択は辿り着くべきへ辿り着いたと言えるのでしょう。妥協の産物や諦めの結果ではありません。自分たちにとって最良の結末へと、彼らは納得して辿り着いたのです。悩んで苦しんでなにか一番良い結末かを思い描いて、でもそのどれもが自分たちが望んだものとは違うのだと理解して、そうして望むべき形が何なのかへと辿り着いたのです。
だから、その選択に何の不満を抱くことがあるでしょうか。本気で悩んで考えて考えて、これまでの物語を、登場人物たちが紡いできた関係を昇華させて手繰り寄せた結論だからこそ、思いの外すとんと腑に落ちたのです。びっくりするほど納得がいったのでした。
異なる存在同士の相互理解、コミュニケーションの完成、知性持つ存在を突き詰めて解体していき、その在りよう、「意志」というものが持つ力を解き明かしていく、という意味でも全力でSFしていたんじゃないでしょうか、この【ガーリーエアフォース】という作品は。
慧とグリペンが辿り着いた答えを見た時に、この物語は描こうとしていたものを見事に描き切ったんだなあ、という万感の思いを抱いたのでした。

シーンは描かれませんでしたけれど、アニマが消えオート・パイロットで次々と帰還してくるドーターたちを迎える、最後に戻ってきたグリペンから一人降り立つ慧を迎え入れる八代通さんたちの光景は、想像しただけで心が震えます。
八代通さんは、慧とは異なるこの作品のもうひとりの主人公、とも言うべき人でしたしねえ。傲岸不遜で冷酷非情で、でも尋常じゃなく頼もしく頼りになって、信頼に応えてくれる尊敬するしか無いとびっきりの格好良い大人の人でした。人の醜さ、社会の闇というものに一番身近に接していた、或いは彼自身がその体現者であったからこそ、ザイを送り込んだ未来人の絶望にもっとも共感していたのも彼なのでしょう。その彼が、希望を見出して慧たちを送り出してくれたからこそ、この物語の先に希望を抱けたような気がします。

ベルクト再登場は多分来るだろうな、とはわかっていても嬉しかったですね。振り返ってみても、アニマの中でぶっちぎりに正統派ヒロインらしかったの彼女でしたし。まあ、慧のヒロインではなかったにしても。しかし、ベルクトの新装備コンセプトって完全にエースコンバットか、ってノリでしたよね。
最終決戦で、慧たちを送り出すために次々と翼を翻していくアニマたちとの別れのシーンも感無量でした。たとえ結果がどうなろうと、これが終の別れとなることをお互いわかっているシーンなだけに尚更に。ジュラーヴリクはほんと、最初から最後まで格好いい姉御でしたよ。アニマはちっちゃいのにねえ。流石はロシアの最強戦闘機Su-27に相応しい存在感でした。
ラファールの方は、なんかもうやたらカッコつけてたなあ。あの突撃シーンでの台詞回しはちょっとノリノリすぎやしませんかね!? いやもうそこまで突き抜けると格好いいな!!と思ってしまいましたけど。

エピローグの十年後のシーン、ああなってもやっぱりイチャイチャしているように見えてしまうグリペンと慧の姿って、なんかもう完成されたというべきなんでしょうかね。ザイが現れるに至った未来へと行き詰まらないように、新たな未来を勝ち取るために今も飛び続ける慧とグリペンを包み込む一面の青い空・青い海。素晴らしいラストシーンでした。
まだもう少しだけサイドエピソードか前日譚があるようですが、それを楽しみにしつつこの傑作SF作品の終わりの余韻に浸りたいと思います。

シリーズ感想