【空手バカ異世界】 輝井 永澄/bun150  富士見ファンタジア文庫

Amazon
Kindle BOOK☆WALKER

4トントラックとの立ち合いの中、異世界に転移した主人公。己の拳―空手の強さを追求するため、女神から与えられる裏技も全て断り、戦いの旋風巻き起こる血染めの戦場に挑む。ミノタウロス、イフリート、ゴブリンたちとの百人組手も身ひとつで完全に圧倒!ギルドの一流冒険者も投げ出す難解な依頼も空手ならば解決は容易!さらには、空手道に魅了された王女・ウィルマを始めとする弟子入り志願者も続々現れ…異世界に空手旋風が巻き起こる!圧倒的話題のWEB作品が加筆修正を経て、ついに書籍化!!―これは、神の手と呼ばれる空手バカの真実の物語。第3回カクヨムWeb小説コンテスト特別賞。

待って、待って。このイフリートや飛竜をすら諸共せずに倒してしまう空手家を、異世界送りにした四トントラックってどんな四トントラックなんですかね!? そんじょそこらの並のトラックではとてもではないけど太刀打ちできないと思うのですけれど。いったいどれだけ凄腕のトラック野郎だったのか。幾人もの勇者候補を轢き潰してきた歴戦の事故車だったとでもいうのか。
そこのところは非常に興味を唆られるところでありますが、異世界に転移したのは空手家の主人公のみ。剣と魔法のファンタジー世界で、実戦空手という素手無手ステゴロの格闘技という見慣れぬ戦法で引っ掻き回し暴れまわる、そんなミスマッチを味わいとした作品かと思っていたのですが。
うん、当初はそんな感じだったんですよね。パワーモンスターの代表のようなミノタウロスと殴り合ったり、重装騎士とタイマンしたり。ドラゴンライダーも、いきなり空飛んでる相手ですけれどアリでしょう。炎の魔人イフリートもまた、実にファンタジーらしい相手じゃないですか。
しかし、およよ?となってきたのが第二章に入ってから。タイトルも「風雲 異類格闘編」と来たもんだ。相手となるのは、魔法を補助として相手の自由を崩し投げを打つ、人呼んで古流エルフ魔法柔術、なる柔の使い手が現れてからである。
なんか、こっちでも格闘術の人たちが出てきたーー!?
なるほど、ファンタジー格闘術である。魔法を利用し、或いは亜人特有の身体的特徴を利用した普通の人類では起こしえない技を駆使した達人たちとの攻防。
敵マフィアの首領の館へと白昼堂々と乗り込んで、次々と現れる強敵たちをその拳一つで打倒していく。これってスパルタンXとかブルース・リーの死亡遊戯のノリじゃないですか!?

本作はただ空手という超絶的な力を奮って悪漢たちを叩きのめしていく、という痛快アクションという側面だけではなく、武道と暴力という切っては切れない両者の関係について真剣に向き合った物語とも言える。空手家が転移した異世界は魔王の脅威こそ去ったものの、亜人が強く差別されていて格差と抑圧に亜人たちは鬱屈を溜め込んでいる、ある種の人種間問題が膨らみきった風船のように危うい状況に陥っている段階なのである。ヒロインである王女も、亜人の母から生まれたこともあって世間からは白眼視されているという微妙な立ち位置の少女でありますし。父王は、この問題に真摯に解決に挑んでいる好漢なんですけどね。
そんな凶暴な反発心を滾らせて爆発寸前になっている中に、空手家は「空手」という理性によってコントールされた武力を以って、無秩序に堕ちようとしている「暴力」の萌芽の中に切り込んでいくのである。
面白いのはこの主人公、名前一切呼ばれないんですよね。名前のない主人公。そして、決め台詞は「空手を信じろ」であって、空手を振るう自分を信じろ、とかそういう言葉は一切出てこない。
もうこれ、この主人公って「空手」の擬人化なんじゃないかしら。ある意味清々しいほどの空手そのものである。