【新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙 4】 支倉凍砂/文倉 十 電撃文庫

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ウィンフィール王国第二位の港湾都市ラウズボーン。ニョッヒラを出て初めての大都市に心躍らせる賢狼の娘ミューリと、教会変革の使命を胸に燃やすコルだったが、二人を待ち受けていたのは、武装した徴税人たちだった。ハイランドの機転で窮地を脱した二人。どうやら「薄明の枢機卿」と讃えられるコルの活躍が、皮肉にも王国と教会の対立に拍車をかけていることを知る。このままでは、戦争を避けられない。打つ手無しの中、コルに助け船を出したのは、ロレンスのかつての好敵手、女商人エーブだった。神をも畏れぬ守銭奴は、果たして敵か味方か。コルは教会、王国、商人の三つ巴の争いに身を投じる―!
女商人エーブの再登場。ロレンスとホロの物語において最大最強の敵であり味方であった彼女、賢狼ホロを差し置いて狼と呼ばれた女。ミューリは彼女のことを狐呼ばわりしていたけれど、とてもじゃないけれど狐レベルじゃないんですよね。年を経てさらに貫禄と凄みを増した大商人、孤狼と呼ぶに相応しく餓狼と呼ばざるを得ないほどに獰猛に利を欲する。正直、まともにやってはコルとミューリじゃ役者が違いすぎる。ホロと真っ向から張り合えるレベルなんだから。
その意味では、コルがエーブと腹の探り合いをして駆け引き勝負に出てしまったのは大間違いなんですよね。それは完全に相手の分野であり土俵であって、コルはそういうのじゃないでしょうに。コルが図に乗っていたとか調子に乗っていた、というわけじゃないのはわかってます。彼の謙虚さは筋金入りですし自己評価の辛さは頑なですらありますから。
それでも乗ってしまったのはコルの素直さ故なんだと思うんですよね。エーブという人の恐ろしさ、どれほどの大人物かというのを誰よりもわかっているコルですけど、だからこそエーブの恐ろしい部分を意識してしまってそれに対処しよう対処しようと知恵を巡らせ頭を悩ませることになる。それこそ、エーブの土俵に乗っているにも関わらず。ここで、エーブにまず力を発揮させずに封殺しよう、という方向に発想がいかないのが彼の愚直さでも在り素直さでもあるのでしょう。
尤も、状況的にあまりにもエーブは重要人物過ぎて、その力を発揮してもらって利用しなければ八方塞がり、というすでにエーブが状況をほぼ支配下に置いてしまっている時点で手遅れではあったのですが。
ゼロから、エーブの伏せてあった手札も戦略も見事にひっくり返して露わにしてみせただけでも、十分凄いんですけどね。エーブがコルを可愛がっておおよそ目一杯限界まで手加減してくれてたのを加味しても。
しかし、エーブってばかつてロレンスに振られたの未だに引きずってるんだな。引きずっているとまではいかないまでも、未だ拘っているとも言える。自分だけの、信頼できる相方の存在に。エーブを崇拝する人は数いるだろうに、未だに誰にも心許していないのに、コルにあれだけ熱心に誘い掛けてくる、という時点で未だにしこりになってるんだろうな、というのは伝わってくるんですよね。
まあコルに声かけたのは断られる前提だろうけど。誰が見ても、コルはミューリを捨てないでしょうし。コルもその点については誓っていますし……てか、それを決め込んでいる時点でミューリの求婚をコルはどうやったって跳ね除けられないんだよなあ。今回の、実際に捨てられてしまった人たちの嘆きを目の当たりにして、ミューリが縋ってくるのを今までみたいにきっぱりと跳ね除けられなくなってる時点で、今回コルの心境としてもかなり思う所あったんじゃなかろうか。
ともあれ、エーブとの駆け引きはあらゆるところでエーブにマウントを取られ続け、出し抜いたと思ったところですらやっぱり八方塞がりになり、と知恵を巡らすという意味では今回はコルは常に打つ手を潰されてしまったと言えるのでしょう。
ただ、コルのやり方というのはそういう駆け引きとかじゃなかったはずなんですよね。作中でエーブも度々語っていますけれど、コルの戦い方というのは商人のそれでも政治家のそれでもない。
誰かを負かすのでも罰を与えるのでもない。特に今回は、事情を詳らかにしていってみると悪人の類は殆どいなくて、差し迫った各々の事情や感情的なすれ違いが、どうしようもない所まで誰も彼もを追い詰めて何もかもを悪化させてしまったというのが実情だったので、結局そこかを切り捨てるかもろとも破滅するか、しか選択肢がなかったわけだ。
そんな中で、利益を求めるのでも名声を求めるのでもない。正義を執行したいわけでも、間違いを正したいわけでもない、ただ誰かが一方的に理不尽を受けるのが認め難く、報われて欲しいと願うだけ。そんな誠実さと純朴な善意こそが、コルの原動力であり強みなんですよね。エーブだって、コルに甘いという側面とちゃんと利益が出るという未来絵図があったとしても、なるべく誰も傷つかない形で丸く収めたい、というコルの示した結論の素朴な善性にそうそう逆らえるもんじゃないんですから。周囲がそれに乗っかるなら、なおさらに。エーブ姐さんは悪党だけれど、わざわざ自分から人を不幸にしたいわけじゃあないものねえ。

エーブという共通の敵が現れたから、というわけじゃないんだろうけど、不倶戴天だった、というかミューリが一方的に警戒していたハイランドと妙に意気投合しちゃってたのは微笑ましいやら。ハイランドの孤独に対してミューリからおずおずと手を差し伸べてくれたのは、この娘の何だかんだと優しい部分が垣間見えて嬉しかった。複雑な立ち位置にある二人だけれど、これを期に良い友達になれそうで、お互い友達という相手には縁がなかったですしね、よかったんじゃないかな。

シリーズ感想