【りゅうおうのおしごと! 10】 白鳥 士郎/しらび  GA文庫

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竜王、遂に小学校の教壇に立つ!「澪たち、くじゅるー先生に鍛えてもらいたいんです!」小学生の将棋大会『なにわ王将戦』で優勝を目指すJS研。しかしあいの新しい担任にJSとの同居を問題視された八一は、自らの潔白を証明するため小学校で将棋の授業を受け持つことに。一方、女流名跡リーグ進出を目指すあいの前には謎の女流棋士が立ちはだかり、そして銀子は地獄の三段リーグで孤独な戦いを始めようとしていた―。それぞれの戦場で繰り広げられる魂の激突。決意と別離の第10巻!小さな背中に翼が生えたとき、天使は自らの力で羽摶き始める!!

9巻で九頭竜八一の将棋の師匠としてのスタンスは、あいと天衣とでは全く異なっている、という趣旨のことを感想で書いた。それについては、間違っていないと思うんだけれど根本的な所で思い違いをしていたかもしれない。
天衣に対してはすでに棋士としてその魂の在り方まで完成している彼女を、その形を崩さないようにそのまま羽ばたいていけるように、大切に大切に扱っている。その成り立ちと根底に八一の将棋が存在する天衣は、いわば魂の共有者だ。
対して、あいは全く異なっている。彼女こそ、まだ何者でもない真っ白な無垢。棋士にもなっていない無形の粘土。それでいて、異形の才能が詰め込まれた可能性の爆弾、眠れる太陽。
正直、竜王であり棋士たる九頭竜八一のあの普段の真剣勝負の時のゾッとするような人外じみた恐ろしさよりも……今回垣間見せた師匠としての八一の方が、数段肌が粟立つような恐ろしさを感じたのだ。
この男は、いったい何を創り出そうとしているんだ?
禁忌に自らのめり込んでいくような、狂科学者じみた非人間的な探究心。それを、自らではなく一人の弟子を用いて顕現させようとしている。
その先に、地獄があると知りながらも。釈迦堂さんが、神鍋馬莉愛をその地獄へ導くことを当たり前のように躊躇いを覚えているのを横目に見ながら。
多くの棋士たちを、その贄として焚べ滅ぼしていくのだと理解しながらも。
この男は、なにを創り出そうとしているんだ?

桂香さんは多分棋士とだけは結婚しないだろうな。八一を間近で見ていて、家族として愛せてもその価値観だけは絶対に共有できないだろうということは、身にしみてわかっているだろうし。

今回の主役はJS研の小学生たち。彼女たちの最初は遊びの延長の感覚だった将棋へのスタンスは、いつしか真剣で本気のものへと移り変わっていたけれど、本当の棋士たちの世界はただの本気だけではその色も熱も実際には感じ取れないだろう別世界。
そこには、命と人生を賭すだけの、自身の破滅を受け入れないといけない世界。魂からその存在を将棋そのものへと作り変えていかないと、呼吸する事もままならない世界だ。
この10巻だけでも、何人もの棋士たちが絶息し、のたうち回って死に絶えていく。そんな世界に、しかしこの娘たちもまたついに、自ら足を踏み入れていくのだ。
発狂しそうな暴れくるう感情を胸に宿し、悔しい悔しいと髪を振り乱して地団駄を踏みながら。そうして、死にものぐるいで勝利を掴み取っていく。相手の心臓をえぐり出して齧り付くように、奪い取っていく。そんな戦いの渦中へと、飛び込んでいく。
小学生だろうがなんだろうが年齢なんて関係ない。その身も心も棋士に書き換え、将棋へと塗りつぶして、自ら勇んで地獄へと飛び込んでいくのだ。そこに一人ではない、戦友たちがいるとわかっているから。

これほど凄まじい世界を描きながら、しかし孤独では何もなせない、人の繋がり想いの結びつきこそが大切だと描いてみせる、この作品の凄まじさよ。
だからこそ、徹底して自分を追い込み孤独へと突き進む姉弟子銀子の集大成が、ラストシーンに繋がることになるのか。
……あれ、岳滅鬼翼さんの奨励会からの脱落と女流への転身。おなじ世界で生き、おなじように将棋の世界から追い出されるはずだった兄弟子との決別。彼女のこの巻における物語って、彼女が銀子以上の才能の持ち主だった、と語られるのと相まって、あれってもう一つの八一と銀子のアリ得た姿、でもあるんですよね。銀子が一瞬思い浮かべた、八一が奨励会を突破できずにいて自分と一緒にここにいる風景。
岳滅鬼山は、一度死に、死んだまま死にきれずに這いずり回り、そうした先にもう一度繋がりを取り戻せた。多分、彼女は幸せになれる。誰もが思い浮かべる幸せを、手に入れることが出来るはず。
でも、銀子の隣にはもう八一はおらず、将棋星人は地上を飛び越えて手の届かない大気圏の向こう側で、人外魔境の只中をさらに飛んで飛んで遥か彼方へと飛び去ろうとしている。
銀子は、奨励会三段リーグという将棋界における最も深く残酷で救いのない地獄の中で戦わなければならない。勝ち取らねば、生きていけない世界で彼女の手の中にはもうなにもない。
本当に、何もなくなってしまったのだろう。
ラストシーン、銀子が八一に自分の弱さを見せたのは初めてだったはず。どれほど傷つき弱って息も絶え絶えになってボロボロになっていても、八一の前に出れば完璧に繕っていたのに、装えていたのに。
それすらもついに出来なくなった姿に、佳境を見る。
ああ、次こそがなるほど、クライマックスだ。

シリーズ感想