【妖姫ノ夜 月下ニ契リテ幽世ヲ駆ケル】 渡瀬 草一郎/こぞう  電撃文庫

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大正十三年、春。少年、椚雪緒は、上京した先の夜鳴川邸にて美しき白蛇に出会う。彼女は父である八頭八尾の大蛇、「十六夜」の決めた縁談から逃れるため、妖相手に商売をする「化猫堂」へ助力を求めに来たと云う。化猫堂の店主、夜鳴川夜霧と猫のミタマ様に連れられて、雪緒は妖達の住まう「常夜之町」へ乗り込むが、そこは人の世の常識が通じぬ異境だった―!関東大震災後の横浜を舞台に、人と妖の縁を紡ぐ大正伝奇浪漫。

雪緒くんイイなあ、これはイイ主人公だなあ。前作の【ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット】のナユタもそうだったんだけれど、落ち着いた冷静で温厚で礼儀正しく品行方正な若者にも関わらず、妙な所で箍が外れているというか常識がズレているというかわりと我が道を行くタイプで周りとの差異を気にしない主人公、面白いんですよねえ。
妖怪の存在や異界となる幽世という人ならざるものを前にして、本来なら度肝を抜かれて驚き慌てふためくのが普通じゃないですか。それが雪緒くんと来たら本人それなりに驚いているつもりのようなんだけれど、傍から見るとまったく動じている風もなく平然としているように見えるんですよね。
驚くとか慌てるとか怯えるとか警戒するとか、そうでなくても何らかの反応を示すのを想像していた当の妖怪さんたちや、そちらと深く関わり合いのある夜霧さんなどは雪緒くんのあまりの平常運転ぶりに「お、おぉぅ?」となってしまうんですよね。え? そこは驚く所じゃないの!? てな感じで。白蛇の宵姫にしても、人間大の巨大な白蛇の姿で突然雪緒の部屋のベッドに潜り込んでいて、帰ってきた雪緒をばったり、というのが初顔合わせのシチュエーションだったわけですが、雪緒くんてば完全にフラットな対応でしたからね。
それどころか、逆に宵姫たち人ならざるモノたちの方が雪緒くんの真面目な顔して突然突拍子もない事を当たり前のようにやってしまう彼に「えええ……」と呆気にとられたり、度肝を抜かされてしまったりするわけで、いやどっちが人の世の常識が通じぬアレなんだろうか、と。

とはいえ、雪緒くん。決して変人とか変わり者という風情ではなくホント基本的には真面目な青年以外の何者でもなく、そんな世間の常識に疎いとかいう風でもないので、普通につきあっている分には多分気づかないんだろうけど、ほんと妙な所でボタンをかけちがえまくっているというか、えらいところで常識を履き違えている感じなんですよね。まあ、そもそもあの動じなさをまともな人といってしまうのは間違っているのだろうけど。


平安時代を舞台にした作品も手掛けている渡瀬さんの時代物ということで、またぞろ中世代の物語かとワクワクしていたのですが、まさかの大正ロマンチカ。ちょうど関東大震災の直後で都心が壊滅し復興もまだはじまろうとしているところ、という時代背景でこれがまた描写が素晴らしいんですよね。文体そのものも大正時代を意識しているのか雰囲気のある台詞回しや文章として凝っていて、そこにあの時代特有の空気感が目の裏に浮かぶような情景や風俗の描写が時代背景をダイレクトに感じさせてくれるのがまたいいんですよ。典雅な風情と地に足がついた風格のようなものを味わわせてくれる背景描写なんですよね。
平安時代のお話でのあの宮廷や京の都の描かれ方もすごかったけれど、まさに時代に合わせた情景描写なんだよなあ。
面白いことに、アヤカシたちの住まう幽世の方はまた大正時代の帝都とはちょっと雰囲気違うんですよね。あちらはあちらで文明開化の花が咲いて独特の文化が花開いているのだけれど、人の街である帝都のそれとはまた違う、人外たちが行き来する世界ということで人界以上に古きと新しきが混在している町並みになってるんですよね。ここのあやかしたちは、浮世離れしている風でもなくむしろ俗っぽい生命力を感じさせる存在たちなので、幽冥とした儚さよりもむしろ混沌とした鮮やかさを感じさせる世界観で、目の裏に浮かんでくるその賑やかさはなんとも見ているだけでも楽しかったのであります。
路面電車で乗り合わせて、猫なミタマさまにジッとガン見されてダラダラと冷や汗垂らしてる魚怪の乗客とか、行き過ぎる何でも無いワンシーンの片隅でちらっと描かれるこういう些細な描写が、作品全体の雰囲気に味わいをもたらしているんだろうなあ。こういうシーン、ほんと好き。

今回、面白いことに登場人物としては主人公の雪緒は当然としても、結構男連中が目立って存在感示していたんですよね。雪緒の下宿先のご主人であり雪緒とあやかしたちの縁を繋ぐきっかけとなる化猫堂の店主夜霧さんとか、宵姫の兄でもある蜂月さまとか。下手をするとメインヒロインの宵姫さまよりも前面に出てたような気がします。二人とも、美味しい場面も多かったですし。
とはいえ、これら一癖も二癖もあるだろう食わせ者たちを差し置いて、彼らの度肝を抜く形で実際は一番ぶっ飛んでいるのを証明してしまうのが主人公の雪緒くんなわけですけれど。
同郷で祖父の門人であったので雪緒くんの事を全部知っていた上に、さり気なく夜霧さんの事情についても察していた瀬尾さん、何気にこの人侮れないよなあ。計算の上で、夜霧さんの所に雪緒を下宿させたわけですから。
にしても、雪緒くんの正体というか素性に関してはそっち方面にはまったく想像していなかったので、詳細が明らかになった時は正直吹いたw
いやあ、でも時代からすると幕末から半世紀。ギリギリ最後発の範疇には入るのかなあ。まさに最後の「○○」なのか。
姫様に関しては家出してきた上に簡単に出歩けない状況になってしまったので、後ろに引っ込まざるを得なかったのはちとメインヒロインとしては存在感を示しきれなかったかもしれない。その分、蛇のお姫様らしい……思い込みの激しい所は十分見せていただいたので……ってか、完全にこの娘清姫系じゃねえか。無自覚ジゴロな雪緒の責任大にしても、遊郭を囲んでの口上の際に雪緒と自分の関係をホップ・ステップ・ジャンプな勢いでどんどん勝手にバージョンアップしていくのを見た日には、誰か止めろ、と。止められる人がどこにも居ねえw 
そして、化け猫か猫又なのか、猫の神様とかそんなのかと思っていたミタマさま……終始一貫して「可愛いのがお仕事」なただの猫だったじゃないですかー! ひたすら猫ムーブしつづけて癒やしを振りまき続けるミタマさま。にゃんこ可愛いなあ、もう!! 
にゃーん。にゃーん。

渡瀬草一郎作品感想