【プロペラオペラ 】 犬村 小六/ 雫綺一生  ガガガ文庫

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極東の島国・日之雄。その皇家第一王女イザヤ18歳。
彼女はしかし同時に、重雷装飛行駆逐艦「井吹」の艦長である。イザヤのためなら命を投げ出す乗組員達は、全員彼女の大ファン!
そんな「井吹」に、突然イザヤの部下として乗り込んできたのは、主人公クロト。皇族傍系黒之家の息子であったクロトはイザヤとは幼なじみであったが、ある日、イザヤに対し最っ低の事件を起こして皇籍剥奪となり、家族もろとも敵国ガメリア合衆国へと逃亡したのであった。そのクロトが(どのつら下げて)なぜ今ここに!?
クロトは言い切る、「俺はガメリアを牛耳る怪物から日之雄を守るために帰ってきた」!おりしも我が国日之雄は、カネと武力で日之雄を我が物とせんとするガメリアと開戦に踏み切った。イザヤとクロトは「井吹」を駆り、超大国ガメリアの世界最強飛行艦隊に対し決戦を挑む!!
自信満々、超傲慢、頭が切れるのに加えてバカがつく努力家クロトの大驀進人生の絢爛舞台、ファン待望の犬村小六真骨頂「空戦ファンタジー戦記」が堂々開幕!!!

まさかの水雷戦隊ものである。大井さん北上さん出番ですよ!?
主人公のクロトは超自信家にして超傲慢、いわゆる俺様主人公なのだけれど順風満帆の人生ではなく、幼い頃にバカの両親のバカな所業のおかげで大逆事件に巻き込まれガメリア合衆国へと渡り、そこでまたぞろ父親の失敗と失踪から浮浪児同然の身の上から成り上がっていくという底辺と頂点を経験して苦労を味わったせいか根拠のない浮ついた自信で増長するのではなく、自分の天才な部分を努力で補強して実をちゃんと確かめて、という地に足がついた考え方や行動が身についている上に、弱い立場の人間のこともちゃんと考えられる、傍目とは裏腹の真人間になってるんですね。その上で、イザヤという幼馴染に対しても、幼い頃のいびつな見方ではない真摯で純粋な想いを抱くに至っているのである。俺様な態度からは分かりづらいのだけれど。
いや、わかりづらくはないのか。閣下閣下、なんて部下たちからはからかわれながらも慕われ懐かれてるんですよね。その態度の上から見下ろすような嫌らしいものがなく、それどころか愛嬌めいたものがあるのを、諸氏も感じているのだろう。
可愛いヤツなのである、クロトくんは。そもそも、日之雄に戻ってきたのもやべえやつに目をつけられたイザヤを守るため、彼女を渡すまいとするためなので言うてしまうと恋に健気な男なのだ。
でも、その目的でただ一軍艦の士官になる、というのはちょっと遠回りしすぎなような気もするんですよね。ぶっちゃけ、現場で一人の軍人がどうこうしようが近代国家間戦争、それも総力戦の行方を左右するなんて不可能なわけですから。彼はその不可能に挑もうとしているのだけれど、とりあえずメチャクチャ出世して例えば司令長官にまでなっても、やっぱりまずやりようがないんですよね。どうするんだろう、これホント。
そんなクロトくんとガメリアのやべえヤツに惚れられてしまっているが故に、何気に彼女傾国になってしまってるんじゃ、というメインヒロインのイザヤ。クールで誇り高くしかし優しい彼女はヒロインとしても戦場の花としても指揮官としてもとても輝かしく、彼女が艦長を務める飛行重雷装駆逐艦「井吹」の艦の雰囲気は推しのアイドルを頂いたファンクラブ艦艇みたいな感じになってて、実にアホっぽいのだけれど、そのノリのよさが十分楽しいわけである。クロトとイザヤを中心に艦内の明るいポンコツの雰囲気や、ガメリアの大艦隊に挑む戦闘シーンなど個艦単位で描かれる部分は非常に面白い。水雷戦隊の被害無視の突撃の惨状と、それでも突っ込む心意気と破壊力なんぞはまさに夜戦の華を見事に描ききっていたんじゃないでしょうか。
しかし、これを仮想戦記として見ると戦争という視点からしてもかなり大味というか古臭いんですよね。ガメリア軍人たちの差別的な横柄な態度とか、逆に日之雄側の軍人たちのやたらと精神主義なところとかは、昔の火葬戦記なんて呼ばれたものでよく見られたもので、戦記物としての程度を下げる要素でしかないんですよねえ。ハルノートをモデルにしたと思われる最後通牒なんかをはじめとする、戦争のはじまりを取り巻く歴史的なあれこれに関しても、近年になって語られてる諸説や見解と比べると二十年前くらいに隆盛を誇っていた勢い重視の仮想戦記でよく見られた構図が散見されて、なんかこう微妙な気分になってしまうわけです。ただああいうの好きな人も多かったわけで、だからこそブームにもなったわけですけれど。さて、今にそれが流行るのかどうか。

ただ、この作品特有の浮遊圏という設定はすごく面白いと思うんですよね。色々と想像を羽ばたかせる余地があるのですけれど、特に航空機の価値を壊滅させたという意味ではかなり重要だと思われます。空戦ファンタジーと銘打ってますけれど、何気にこの浮遊圏のおかげで空戦における三次元要素はほぼなくなってると考えていいですし。高度1200メートル以上にあがれない、という設定は航空機の戦闘的な運用がほぼ不可能になっているという以上に、航空偵察が本来のそれよりも殆ど意味を失っている、という点だけでもえらいことなんですよね。高高度から見下ろして偵察するからこそ目標物の発見が容易になるだけに、敵艦隊の位置を探るのだけでも従来とは比べ物にならないくらい難しくなってるはず。1200メートルってたとえば時速500キロだと一番上から海面まで10秒かからず移動できてしまうので、ちょいと機首を下に向けると何秒もしないうちに上昇しないと海面に激突してしまうくらいなんですよね。こんなん、殆ど上下移動、三次元機動の自由がないので航空機の優位性がかなり失われてしまう。雷撃機あるみたいだけど、海上すれすれをツッコんできて視界的にもレーダーでも捉えにくい従来の雷撃機と異なり、こっちはいいカモじゃないですかねこれ。
さて艦隊決戦とは、お互いの艦隊が望まなければ発生し得ない、とか何とか述べていたのはどの作品だったか。1200メートル上空を浮かんでいるだけで、海上にいる艦隊とは条件も違ってくるんだろうけれど、航空偵察・追尾・攻撃もろくに出来ない状況だと色々と面倒なことになりそうだなあ。
ただ浮遊圏って想像の余地がありまくるわけで、じゃあその揚力を失う浮遊圏を射出なりロケット推進での打ち上げなりで突破して浮遊圏より上にあがれば飛行機も使えるんじゃ、とか、飛行空母からなら浮遊圏より上に射出するのも容易なんじゃ、とか。浮遊岩積んだ空雷、海上から撃ちあげても浮遊圏まであがったらそこから水平に推進して当たるんじゃ、とか色々と想像できるんですよね、面白い。浮遊圏より上にも薄いとはいえ揚力を剥離させちゃうセラス粒子があるみたいなので、浮遊圏突破しても飛行機は飛べないのかなあ。
しかし、飛行戦艦と海上戦艦の優劣って、ちょびっと書いてあったけど普通に海上戦艦の方が強そうに見えてしまう。いやこれ、浮遊体を釣ってる懸吊索が破壊されたら船体落ちちゃうわけで、相当脆いですよ。
巻末に飛行戦艦獅子丸のデザインが載ってるんですけど、主砲って左右の舷側にそれぞれ配置されてるのかー……これって前弩級戦艦じゃね? 片舷二基四門ってこれだけ砲門数少なくなると投射量ガガガ。
ってか、これだと主砲撃ったら反動で浮遊体を支点にして船体がゴンドラみたく振り回されたりしないんだろうか。それどころか、角度かなり上の方に向けて斉射したら、下に向けて負荷がかかって懸吊索破断しそうで怖いぞ!?
それに浮遊体、船体の上に位置してるんだけれどこれって戦艦同士の打ち合いだと砲弾かなり直上に近いところから降ってくるから、まず浮遊体にぶちあたってエライことになるんじゃあ。いや、本作の交戦距離って1万2000って書いてあったな。それだと海上戦艦の砲戦距離である20〜30キロくらいに比べるとだいぶ近いので成層圏まで達するような山なりでは飛んでこないのか。さらっと雑に調べてみると、落角10度くらい。ほぼ舷側装甲にぶち当たる角度である。想定される砲戦距離がこのくらいなら、浮遊体が船体に覆いかぶさっている形なのもそれほど問題ないのかしら。
でも、船体を飛び越す形で遠弾となる弾道だともろに浮遊体に当たりそう。あれって砲弾の直撃食らったらどうなるんだろう。割れるんだっけか?
ってか、1万2000って40センチ級の主砲での打ち合いだとちょっとやべえくらいノーガードの殴り合い距離じゃね!? これが基本的な砲戦距離なの? もっと装甲厚くした方がよくない? 実際もろにやべえことになってるんですが。
いやあ、この距離ならレーダー関係なしに多分かなり当たるべさ!

その肝心のガメリア製レーダーがまた凄いんですよね。これもう、これだけ当たったら勝てないでしょ、日之雄。命中精度が化け物じみてるんだもの。ぶっちゃけ、史実のアメリカの射撃用レーダー、第二次世界大戦時代のものだとそこまで当たんなかったはず。チャフも有効ではあるけれど、それでレーダーが無意味と化すようなものではなく、一時しのぎに近いものなので、正直ここまであたる射撃管制レーダー装備されてると、勝てる要素が見当たらないんだよなあ。
水雷戦隊の必殺技である魚雷攻撃も、水中を行く通常の魚雷と違って普通に撃ち落とせるし、レーダーのお蔭で発見も容易。史実における酸素魚雷の優位性の一つだった気泡の少なさによる発見の難しさも、こっちの酸素空雷では失われているし。
……これ、戦闘で勝てる要素どれだけあるんだろう。なんか、史実の日米よりも戦力差ありそうなんだけど。
それこそクロト、その投資家としての能力の方で戦争にアプローチした方がよっぽど勝利条件確保できそうだよなあ、これ。いや、投資家としては人間性の悪辣さの面でどうしたってあの「野郎」には勝ち目薄いか。でも、国という単位への影響力の及ぼし方としては、一軍人よりもよほど出来ることは多そうなんだけど。金という力は、それこそ変に日之雄の政治権力中枢に入るよりも合衆国という国の方向性にダイレクトにアプローチできそうなものだし。そもそも合衆国どうこうしようとするよりも、あの野郎個人を狙い撃ちしてどうにか失墜させる方がだいぶ簡単そうに思える。
クロト、なんでそっち方面で勝負しようと思ったし。いやほんとにこれ、どうしたら勝ち目が見えてくるんだか本気でわかんないですよ。まあでもあの御仁、カイルも戦争で最前線で戦ってるイザヤ、日之雄の国家体制が解体されるような負け方したら、普通戦死しますよね。ってか今回の戦いでも普通なら死んでてもおかしくなかったですよね、というのをわかってるのか気にしてないのか、イザヤは死なないとでも信仰しているのか。頭おかしいキャラではありますけれど、はっちゃけてるなあ。
巡り巡って国家間戦争を出汁にしてイザヤを奪い合う三角関係という構図になっている本作ですけれど、なればこそカイルはなんか面倒くさいツンデレで本心、イザヤが好きというのをイザヤに隠すというのはこの際、余計な遠回りになってる気がするんですよね。とにもかくにもイザヤが好きという点こそが起因になってるんだから、そこを誤魔化さずにもっかいちゃんと告れ、と好みな主人公クロトくんですが、そこだけはちと不満が募っているところであります。すでに間男なカイルですけれど、そんなカイルに付き合う必要ないじゃないですか。まあ最初のアホなプロポーズがクロトにとっても引っかかる要因になっているのかもしれませんが、いい加減お互いに素直になれないカップルというのはもういいんじゃないですか、と申したい所です、はい。
そこらへんも、引っ張らずにガツンとグイグイと進展させてくれたら嬉しいなあ。

犬村小六作品感想