【フシノカミ 1〜辺境から始める文明再生記〜】 雨川水海/大熊まい オーバーラップノベルス

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前世らしき記憶を持つ、辺境の寒村に暮らす少年アッシュ。
豊かな生活の記憶を持つアッシュにとって、内燃機関すら存在しない中世暗黒時代並みの今世の生活は耐え難いものだった。
記憶にあるような理想の暮らしを送るためには、現状の最上級ではまったく足りない、今ここに存在しない最低限が必要だった。
アッシュが目指すのは、整備された上下水道や衛生的な住居、馬より速い移動手段で世界を繋いだという文明の再生!
そのためには、遙か昔に発達していたという、古代文明の知識が記された本を読む必要があった。
識字の教育機関を兼ねる教会すら形骸化しつつある中で、アッシュは文字を覚えて本を読み、知識を得る。
さらには、村長家の令嬢マイカをはじめとした、周囲の人々からの協力を得ながら、手始めに自らの住む村で養蜂業の再興を行い、村の発展を目指していく――!
理想の暮らしを手にするため、世界に変革をもたらす少年の軌跡を紡いだ文明復旧譚、開幕!

うはは、めっちゃ暴走してるぞ、この主人公のアッシュくん。こいつはあれだ、【ナイツ&マジック】のエルくんや【本好きの下剋上】のマインなんかと同じ人種だ。趣味に人生賭けてて、一つ一つ積み重ねていくことが楽しくて楽しくて仕方ない奴だ。大騒ぎしてはしゃぎ周りながら、周りもみんな巻き込んで世界そのものをひっくり返していってしまう奴だ。
もっとも、当初のアッシュはこの中世暗黒時代な世界に対して、無力感と絶望感に首まで浸かっていたんですよね。死が身近で、昨日まで一緒に遊んでいた同じ年頃の子供たちが次の日には簡単にいなくなってしまっている世界。それを、諦めとともに当たり前のように受け止めている村の人々。何をしてもムダで、ただ生きて死んでいくまでの日々を苦しみながら過ごすだけの生涯。
そんな世界を前に立ち尽くし、他の人達と同じように諦め切っていた彼を変えたのは、村長婦人のユイカさんが開いた朗読会でありました。
本によって紡がれる、未知の世界。誰かが書き残した記録の向う側にある、確かに在った過去。喪われていた古代の知識が、文明の残滓が、しかし決してなくなることなく言葉として、本として、受け継がれ受け取るものを待っていると気づいたとき、それを見出したとき、諦めと絶望という灰の中から不死鳥は甦る。
タイトルのフシノカミって、てっきり不死人とかアンデットとかが主人公か主題となる作品なのかと読む前は思ってたんですよね。違いました。そういう永遠ではありませんでした。
これは過去から今へ、未来へと受け継がれていく永遠。どれだけ世代を超えても死なないもの。人間の叡智の話であり、それをつないでいく本という奇跡に希望と可能性を見出した少年のお話なのでした。
そして、そんなテンションあげあげではしゃぎ回って、古代の叡智を掘り起こしていく子供のハイに感染し、便利さとか利益だとか生き残る術だという実益以上に、彼のあまりに楽しそうな姿に乗せられて一緒になってはしゃいで暴走する人の輪が広がっていく物語なのでした。
まずは、落ちぶれた古代語の研究者だった村のヤサグレ神父。才女として謳われながら何もない村落でその力を振るうすべを持たずに無力感を噛み締めていた村長婦人。そして、いつも仮面の笑顔を貼り付けていたアッシュの、心からの笑みにハートを撃ち抜かれた村長の娘マイカ。
ともすればどこまでも突っ走ってしまいそうなアッシュを、むしろ本人よりも理解し認め、手綱を引き絞りながらもこの子が存分に翼を羽ばたかせられるように導き先を示し、一緒になって同じ目線ではしゃいでくれる大人たちが居てくれることが、この物語をどんどんと足止めなしに加速させていくのである。
特にユイカさんは、アッシュが絶望を乗り越えるきっかけにもなった人で、アッシュの絶望を誰よりも理解し共有もしていた人で、彼の途方も無い可能性を一番わかってくれた人でもあるんですよね。よくまあ、こんな人がこんな限界集落にいたもんだと思います。アッシュと出会うまではユイカさんほどの人がこの村に居るのって、才能の無駄遣いの最たるものだったのでしょうけれど、アッシュを目覚めさせ、彼の後援者になったことで全部帳消しですわ。
ウェブ版では、全部主人公のアッシュ視点となっているらしいのですけれど、書籍版ではマイカ嬢とユイカさん視点のお話が結構たくさん挟まれていて、これが第三者から見るアッシュという人物を描き出すと同時に、村の様子や村民たちの姿など多角的に見ることができたおかげでアッシュ視点だけではわからなかった部分まで色々と描かれることになったんですよね。おかげで、随分と作品そのものに奥行きが出来たんじゃないでしょうか。マイカがアッシュに惹かれていく様子や、ユイカさんに煽られたりして反応してしまうところとか、メチャクチャ可愛いんだよなあ。
また、アッシュがこの文明が衰退した時代に絶望し、身近に死が当たり前に横たわる理不尽に打ち震えている様子が、ユイカさんの目から映し出されているのですけれど、彼女の目から見たからこそアッシュの原点というものが、彼の行動原理であり原動力であり、怒りであり喜びがよりはっきりと伝わってくるものがあったんですよね。この小さな少年の決然とした想いが伝わってくる。そんな彼の在り方に、自分が成すべきことを見出したユイカさんの感動であり、戦慄であり、奮い立つ想いというのがまた強烈に来るものがあったんですよね。
ウェブ版は読んでいないのですけれど、これは素晴らしい加筆部分だったんじゃないでしょうか。
一度は気に入らないと喧嘩売られて対立した同い年の子と、真正面から向き合ってお互い心の内をぶつけ合い、打ち解けた仲になる下りとかやっぱりこういうの好きだなあ、とか思わせてもらいましたし。……あと、猟師のバン兄さんはマジ寡黙な青年というジャンルのかっこよさがビシバシ出てた、うんかっこよかった。はよ結婚せい、お兄さん。

年末にご紹介いただいた作品だったのですが、期待していた以上の面白さ、楽しさでありました。ご紹介くださった方々には感謝です。次回からは村を出て、さらに大きなフィールドを縦横無尽に使い倒しそうな勢いで、次もまた楽しみ楽しみ。