【Unnamed Memory IV 白紙よりもう一度】 古宮 九時/chibi 電撃の新文芸

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世界の謎が明かされはじめる、衝撃の《書き換え》編スタート!

「私と結婚してくれるんですか!」
「しない。どうしてそうなった」
呪いの打破を願って魔法大国トゥルダールを訪れたオスカーは、城で眠っていた一人の女を連れ帰る。解呪を申し出た彼女ティナーシャは、次期女王として圧倒的な力を持ちながら、なぜか初対面のはずの彼に強い好意を抱いているようで……。
新たになった大陸の歴史、名もなき記憶の上に、再び二人が紡ぐ一年間の物語が始まる。


はぁ〜〜……正直に言うとね、めっちゃ寂しい、切ない、胸が苦しい。だって、もうあのオスカーとティナーシャはどこにも居ないんだもの。ふたりとも、歴史の彼方に遠ざかっていってしまった。
ここに居るのは違う二人。別の二人。知らない二人。ここからはじまるオスカーとティナーシャなのである。
特にティナーシャね。全然別人なんですよ。とても、彼女は子供。幼い少女そのままなのだ。
当然だ。青き月の魔女のティナーシャは四百年の刻を余すことなく生き抜いた人だった。対して、このティナーシャは四百年眠り続け、その精神はまだ十代のそれで暗黒時代を女王として潜り抜けたとはいえそれも数年のこと。経験は乏しく歴戦とは程遠い、それ以上にオスカーと別れたあの時から彼女の心は半分止まっていて、ティナーシャの心はとても幼い、幼く脆く覚束ない。
これがあのティナーシャなのかと思わず息を殺して見守ってしまうほどに、四百年の眠りから目覚めた彼女は無邪気で臆病で拙くて、子供だった。
もちろん、聡明で時として酷薄なくらい現実的で歳以上に妖艶なかおを見せることも多く、かつて暗黒時代に名を馳せた魔女殺しの女王の異名に相応しい姿もまた彼女の本身だ。だがそれも、オスカーの前では簡単に消え失せてしまう。前のオスカーが最期まで守り続けた、小さなティナーシャそのままだ。
それでいて、このティナーシャは魔女のティナーシャと同じくらい無鉄砲で自分を大事にしない、価値を見出していない。危なっかしくて仕方ない。魔女の頃とは比べ物にならないくらい劣化した能力で、かつて達人の域にあった双剣の腕もなく近接戦闘まったく出来ない典型的魔術師になってしまっている彼女が、魔女と変わらない勢いで危険の中に飛び込んでいくのだ。
やめてよね、ほんと!
オスカーの胃がキリキリしてしまうのも無理ないよ。そもそも、今のティナーシャをオスカーは色んな意味で信頼していない、信用もしていない、なのに心配せざるを得ない。なのに、目を離すとすぐに死地に頭から滑り込んでいく。個人的感情のみならず政治的な配慮も、今トゥダールの女王候補となっているティナーシャには必要で、そういうのさっぱり考えてくれない、考えてるとは思うんだけど優先順位を明らかに間違えてる彼女は、オスカーにとって頭痛の種だ。
かつての情熱はそこにはない。甘い感情も残っていないという以前に生じていない。二人の間に横たわるのは、凄まじいまでの運命とどうしようもない断絶だ。その縁は輪を描いているのに一方通行で繋がっていない。オスカーは敏感にそのことを感じ取っているから、余計に苛立ってしまっている。
そこに、かつて奔放にして自由な魔女をあるがままに受け入れていた王の姿はない。このオスカーも、あのオスカーではないのだ。大人であり魔性ですらあった青い月の魔女をひたすら夢中に追いかけるのと違い、子供のように無邪気に接してきながらその実自分を見ていないすれ違う幼い少女とでは、オスカーも年相応にならざるを得なかったのかもしれない。かつてのオスカーも、青き月の魔女のすべてを受け止める器となるのに時間と覚悟が必要だったし、それは彼自身が追い求めたものでもあった。
鏡合わせではないけれど、幼い少女に向きあう彼もまた若き青年に過ぎないのだ。こればかりは、どれだけ聡明で賢明で王としての資質に長けていても変わらない。いや、賢い分馬鹿にも成りきれず狂気にも浸れず、より大きな括りでの正解を求めてしまうという意味で、聞き分けの良い大人として振る舞おうとしてしまっているのかもしれない。
思えば、前の二人はもっとおバカである事に積極的で、魔女はずっと狂気と執着を蓄えていた。それを御していたからこそ、大人だったのだろう。今の二人は、賢明であることに振り回されている。

それでも、彼と彼女はオスカーでありティナーシャだ。一方通行であっても縁はあり、現代で繋がってしまえばその縁は双方向だ。
オスカーとティナーシャが惹かれ合うのは、運命というのがバカバカしいほど当たり前で当然で必然のことなのだ。そうだろう? そうでしょう?
でも、今の若い二人はその事実を御しきれていない。それがどうしようもなく、もどかしい。
今の二人、なかなか触れ合わないんですよ。お互いに触らない。あんなに自然に、無自覚に、猫がするりと膝の上に乗ってくるように身を任せていた二人が、心から信頼し合っていた以心伝心だった二人が、ずっと遠い距離にいる。触れられない距離で、見つめ合っている。それが本当に、切ないのだ。
同時に、あのあまりに当然のように触れ合っていた二人が、もう歴史の向こうに消えているという事実を突きつけられるようで、彼女のことを遠巻きにしているファルサスの、オスカーの部下たちの姿がまた寂しさを助長するのである。あんなにティナーシャを慕い、魔女であった彼女を認めて受け入れて、オスカーとの結婚をあんなにも喜んでくれた皆との距離が、仄かに遠いのが辛い。
それを知っているのが、読者である自分たちの側と何も語らないナークしかいないというのが、また胸を締め付ける。
ほんと、ティナーシャに前以上に懐いて構ってくれるシルヴィアが救いだ。

オスカーの時間逆行によって消えてしまった歴史はもう戻らないのだろう。3巻まで紡がれたあの物語は、もう取り戻せないのだ。もし、取り戻せたとしても、今度は今のこの歴史が消えてしまう。四百年前に滅びず、今もなお反映する魔法王国トゥダールで平和に暮らす人々の歴史が消えてしまう。あのレナートも、この歴史では苦難の人生を歩むことなく充実した人生を送った上で今トゥダールの魔法士として活躍しているのだ。トゥダールが続いた事で前の歴史よりも迫害から救われた魔法士はずっと多いのだろう。
前の歴史を取り戻すとき、今度は今続いているこの史実を天秤の上に乗せることになる。
オスカーがすべてを掛けて、ティナーシャを守ったという事実もなくなってしまう。果たして、それがティナーシャの幸せを天秤に乗せた上でのことだったのかはもう判断できないことなのだろうけど。
今の魔女ならざるティナーシャの苦しみは、かつて彼女を救ったオスカーの決断とを天秤に乗せるものではないのだろうけど。それはもう、比べてもどうしようもないものなのだから。
新しいティナーシャとオスカーの物語は、前の歴史と関係なく、今の二人によって紡がれるべきものなのだから。
でも、だからこそその事実がもどかしい。物分りの良い、王であろうとする二人がどうしようもなく、言葉にならないもやっと感があって、ぐにゃああああっ、なんかヤダもう!
前のオスカーは、ほんと凄いやつだったよ。とんでもない奴だったよ。あんなくらいグイグイ行ける男がこの場にいてくれたら、と思ってしまうのは仕方ないことだよね? 
これは未練だ。でも手放せない感情なのだ。


……って、巻末に見過ごせない宣伝が載ってるんですけど!? 
【BABEL】、この【UN】の三百年後の話であるあれ。電撃文庫で2巻で終わってしまったあの作品、電撃の新文芸でもう一度出るの!? もしかして、文庫版では止まってしまったその先まで行けるの!? ふっ、ふわぁひゃぁぁぁ!?


古宮九時作品感想